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ワンダフル・ティーパーティー

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ワンダフル・ティーパーティー

リアクション

「……」
 サーラに華苺に雛菊、充実した表情でお菓子作りに励んでいる彼女たちの様子を、芦原 郁乃(あはら・いくの)は眺めていた。
 どうやら彼女たちはバレンタイン以来お菓子作りにハマっていたらしい。郁乃の目から見ても以前より手際が良くなっていることが分かったし、三人とも「ぜひともお茶会に自慢料理ならぬ自慢のお菓子を食べてもらいたい」と思っているのが顔に出ている。
郁乃はといえば、そんな彼女たちの様子を眺めながら、黙々とテーブルセッティングをしている最中だ。本当はあの輪の中に入って行きたいところだが、自身の料理の腕前は誰よりもよく承知している。
 その時だ。しょうがない――そう自分に言い聞かせながらふと顔を上げた郁乃は、少し離れた場所に気になる存在を見つけた。
 それは菓子作り中の面々を遠巻きに注視しつつ、辺りをうろうろと徘徊しているリトの姿だった。料理の邪魔にならないよう調理台にこそ近寄らないものの、先程から視線はそちらへ釘付けになっている。お菓子作りに興味があるのははたから見てもよく分かった。
 そんなリトに何故だか自分と似たものを感じて、図らずも郁乃は彼女の様子をじっと見つめてしまっていた。すると向こうもその視線に気がついたのか、ふいに互いの目が合う。
(あなたもお料理ダメなんですね)
 郁乃は視線でリトに訴えかけた。
(わかる、わかるよ! みんなの輪に加わってみたいよね……ああいう女の子同士の楽しそうにしてる絵って羨ましいよね)
 恐らくリトも同じ気持ちでいるだろう。そうであって欲しい。郁乃の瞳はさらに悲壮感を増してリトを見つめている。互いに無言のままではあるが、恐らくは、きっと……。
(わたし達は分かり合えると思うの)
 明確な意思を込めて、郁乃は視線を送り続ける。
 すると、リトはゆっくりと頷きを返す――その目は確かに分かり合えると言っていた。
 思わず、二人は黙ったままグッと親指を立てる。それは新たな友情が芽生えた瞬間だった。
「リト? 何やってるんだ?」
 たまたまその場を通りがかったらしいカイが、怪訝な表情でリトに声をかける。郁乃の存在に気付いていない彼からすれば、一人でうろついていたリトが唐突にサムズアップをしたように見えて、少し不気味だった。
「共感してたのよ。それよりカイは何してるの?」
「俺は倉庫に材料取りに行くところだけど……暇なら一緒に来るか?」
 何となくリトが調理台の周囲をうろついていた理由を察して、カイはそう尋ねた。
「別に『暇』じゃないけど、行っても良いよ」
 そう言ってリトは、カイと並んで歩き出す。彼女が踵を返す際にそっと振った手と、自分に向けられた視線を郁乃は見逃さなかった。そして、その瞳は「また後でね」と言っていたように思われた。
 少しの安堵感と寂しさを感じながら、郁乃は自分の仕事に戻ろうとする。その時、後ろからふいに声をかけられた。
「あの、お姉様。これ、良かったら……」
 振り向くと、ミーナが照れ笑いを浮かべながら両手で一枚の皿を差し出している。皿の上に数種類のクッキーが乗っているのを見て、郁乃は少し驚いたが、笑顔で受け取り礼を言った。


「えーと……これと、これと……あと何か持ってけるものは……」
 カイは自分で使うものの他に妖精たちに頼まれていた粉類などを届けるため、薄暗い倉庫内を探っている。普段から倉庫の中はそこそこ整頓されていることもあって必要なものはすぐに揃ったが、茶会に必要なものが足りなくなった際に何度も往復するのは面倒だ。何か目につくものがあれば今持ち出してしまおう。そう思ったカイはしばらく周囲を見回した後で、隅の方の床に小さな取っ手が付いているのを見つける。
「何だっけ? これ……」
 何の気もなしにその取っ手を掴んで引き上げると、さほど抵抗もなく床の一部がすっぽりと外れ、大人一人が降りれる程度の穴が出現する。
 カイが下を覗き込むと、暗がりの中に薄らと並ぶ兵器類が見えた気がした。しかしそれを確認しようと身を乗り出した瞬間、暗闇の中で何かが光り、二つの瞳がこちらを見つめていることに気づいてしまう。人らしきその者の両手に、何やら頑丈な工具が握られていることにも――。
「――バレてしまったでありますか……」
「……っ!?」
 カイは思わず息をのみ、のけ反るようにして床下の穴から身を引く。彼の様子がおかしいことに気付いて、入り口付近で退屈していたリトが傍へと寄って来た。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。俺は何も見なかった」
 目ざといリトが興味本位で探ったりしないよう、カイはさっさと床を元の状態に戻す。そして中央にまとめておいた荷物を抱え上げると、何事もなかったかのように倉庫を後にした。
 床下の保管庫に居た人物はといえば――カイに姿を見られたことを対して気にしている様子もなく、むしろニヤリと不敵な笑みを浮かべて、今後の地下拡張計画の構想を練っているのだった。


「……ノダテ?」
 初めて聞く単語に、リトは怪訝な表情で首をかしげる。
 カイとともに自警団の詰所前までやって来たところ、風変わりな道具を持っている少女に出くわしたので、少し声をかけてみた。すると少女はレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)と名乗り、「みんなと一緒に野点を楽しめればと思いまして、参上しましたよぅ」と答えたのだ。
「お茶道具や野点傘等はこちらで持参しましたんで、ご心配はご無用ですよぅ」
 レティシアは朱色の傘や茶箱などを示して、のほほんとした微笑みを浮かべる。
 以外にも、彼女の話に食いついたのはリトではなくカイの方であった。
「ということはお抹茶がいただけるんですね? よし! リト、俺がどら焼きを焼いてくる間、そちらのお手伝いよろしく!」
 リトに二の句を継がせないまま、彼はそう言って詰所の中へ消えていく。
 レティシアは少々戸惑い気味のリトに野点の意味を説明しながら、ゆっくりとした所作で道具類の準備を始めた。
「つまり、外でマッチャを飲みましょうってこと? でもあれでしょ……サドウって言ったっけ? 何かお作法とか色々あって、難しいんでしょう?」
 詰所に居た数人の妖精たちと一緒に背のない長椅子を運び出し、適当な場所に設置しながらリトが尋ねる。カイがテンションを上げていたことからも野点が素敵なものらしいことは理解できたが、話を聞く限りでは気をつけるべきマナーが多くて大変そうな印象も受ける。
 レティシアは首を横に振って、作法は気にしなくて構わない、と椅子の上に緋毛氈をふわりと広げた。傍らに野点傘を立て掛ければ、一気にそれらしい雰囲気の空間が出来上がる。
「勿論ご希望とあればお教え致しますし、あちきの予備の着物で良ければ着付けのお手伝いも出来ますしねぇ」
 興味を示した二、三人の妖精たちに持参してきた着物を見せてやりながら、レティシアは言う。
「わ、綺麗だね。いつかは私も着てみたいけど、今日はもう着替えちゃったしなぁ……」
「でしたら……」
 妖精たちと一緒に着物を眺めていたリトの髪に、レティシアはそっと何かをあてがう。
「髪飾りなんてどうですかねぇ。お貸し出来ますよぅ」
「え、良いの?」
 にこりと笑ってレティシアは、秋らしい白萩の髪飾りをリトの髪に留めてやる。控え目で美しいデザインが、リトの黒髪とリボンによくマッチしていた。礼を言った後で何だか少し気恥ずかしくなったが、せっかくなのでリトは簡単な作法についても教えてもらうことにする。
 そうこうしているうちにお茶の準備はすっかり整い、程なくしてカイが甘味を持って戻って来たことから、レティシア主催の野点が開始された。