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始まりの日に

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始まりの日に
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 そんな、またも一波乱あったような、そうでもなかったような一幕の後、兎に角会場は庭から室内へと移された。
 式は家族と友人同士で楽しむものという文化的な意識が強いためか、ハインリヒの親戚の殆どは残りの時間は皆で過ごすようにと帰路へついている。
 そうは言っても50人程の招待客が収容出来る部屋がある事に、陣はやっぱり微妙な顔だ。
「もう何もつっこまねえ……」
「それは困った。俺はこれから酒を飲んで、お前とベルクの頭を大いに悩ませる予定なのに」
 後ろからの返しに振り向くと、アレクが翠とサリアを連れて立っている。
「相変わらずだな」
「保護者の二人が『お取り込み中』なんだ」
 アレクがそっと示した先では、ミリアとスノゥが仲良く手を繋ぎ、笑顔を向け合い、頬擦りする睦まじい光景が繰り広げられていた。こういう場だから、カップルは当てられるものがあるのだろう。あの様子では翠とサリアに目が行く筈も無い。
「アレク、その増殖しつづける妹達が嫁に行ったらどうするんだ?」
 ふいの質問に、アレクが目を僅かに大きくする。
「いや、ジゼルの様子見てるとさ、お前はどうするんだろうと思ってな」
 アレクは視線を翠とサリア、それからティエンや舞花らへくるくると移し、真面目な顔になる。
「まだ後数年は可愛い妹達で居てくれるだろうし。
 兄妹の絆というのは、永遠だからな!」
 えへん! とばかりに鼻息を吐かれて、陣はがくりと肩を落とす。それを満足そうに見てから、アレクはもう一度話し始めた。
「壮太と紺侍の事は素直に祝福する。
 紺侍は壮太の弱いところも駄目なところも理解してるみたいだ。彼も繊細なようだけど、だからこそ相手の気持ちを察して支えてくれる人間だとも思う。壮太も紺侍を大切に出来るだろう。
 二人が結婚する事で今より幸せになって、心の平安が得られるのなら、俺は嬉しいし、それを望むよ。
 ミリツァは……どうだろうな。ああして何時迄も俺に甘えていたいと思っていてくれるなら、兄冥利に尽きるんだけど……
 相手を見つけた後が想像もつかないよ」
 アレクはそう言って、ふっと息を吐き出した。
「そう言う陣はどうなんだ?」
「俺? ティエンが嫁に行ったら……」
 陣の視線はぼんやりと友人達と話すティエンへ向いている。彼女が誰かの唯一の人になって花嫁になる瞬間を想像して、陣はアレクの気持ちを得心したように眉を下げた。
「……そうだな、その時は一緒に飲んでくれるか?」
「ああ。あんなに可愛い妹が手を離れるのはキツいだろうな」
 陣とアレクが笑うのを、翠とサリアが不思議そうに見上げている。


「兄タロウ殿、こちらのパンもなかなか美味である」
「これ、チョコがはいってるのがおいしい! チョコはあまいのにおいしくてえらいって、アレクがいってた!」
 公太郎と兄タロウの小動物コンビがテーブルでやり取りをしているのを、トゥリンがじっと見つめているところへ、ハインリヒの甥と姪がやってきた。
「Was machen Sie?(あなたは何をしてるんですか?)
「“Watching”?(見てるの?)
 くるりと振り返ったトゥリンは、質問を察して「Observe(観察)」と答えた。質問した子供達はトゥリンよりも幾つか年下らしく、兄に訳されたトゥリンの答えが年上らしく難しい答えだったことにきゃっきゃと喜んでいる。
「兄タロウ殿、我が輩達は子供に大人気の様子!」
「かわいいからな。しかたない、サービスしてやるぜ。
 Hey kids! Do you wanna hang out us?(*おい、あそんでやろうか?)
 兄タロウの呼びかけに子供達が喜びの悲鳴を上げて集まっていくのを、京子はうずうずしながら見ていた。
「ギュってしたい! ぎゅー!」
「ちょっと京子ちゃん酔ってる?」
 覗き込んだ顔がほんのり赤く染まっているのに、真はあららと姿勢を正した。彼女は良いが、自分の方は酒癖が悪い――周囲の人へプロレス技をかけまくったりしてしまうのだ――から、飲み過ぎないように気をつけなければ。
「そういえば篠原さんは――」
 同行者のパートナー篠原 太陽(しのはら・たいよう)を会場の中で探した真は、彼が東條 厳竜斎(とうじょう・げんりゅうさい)らと居るのを見つける。
 その様子を見ていると、真は映像が重なるような不思議な感覚を覚えた。
(……何だろう、既視感が……?)
 もしかして自分は既に酔っているのだろうか。いけないと頭の後ろをかいて、真はウェイターから水を受け取った。


「……何の偶然だ?」
 とは太陽の第一声だった。
 その場に集まった厳竜斎、宗也、鈴倉 紫(すずくら・ゆかり)の顔を見て、彼等はそれぞれの反応を示す。これは自分のパートナーの策略なのだろうか。
「……何の因果だ、未来人が集まったとは」
 眉を顰めるその反応とは裏腹に、厳竜斎は「おもしれえ!」と両手を打って皆を引っぱりアレクの前へ連れ立って行った。
「どうも、改めて……篠原太陽だ」
 太陽の月並みな挨拶を無視するようなかたちで、厳竜斎はアレクの背中を叩くようにしながら皆へ向かい合わせにさせる。
「これ、アレク」
「で椎名くん。
 瀬島、縁ちゃん。まあ見りゃわかるか」
 余りに急なぶっちゃけに宗也は「なんだ、もうばらしちまうのかよ」と肩をすくめ、太陽は「おい東條……!」と口を挟みかけて嘆息する。この面子が揃ってしまって、今更誤摩化すも無かったかと思い直したのだ。
「改めて自己紹介、椎名真の複数ある未来の一人だ」
「知ってるよ」
 アレクはけろりと答えた。
「前にジゼルを助けてくれた時に、真が二人居たからな。
 壮太と縁ちゃんも居るのは知らなかった」
 向き直ったアレクの顔に、紫は不思議な気分でいた。紫の居た世界でアレクはニュースでしか見ないような遠い人物だったのだ。 
「へー『私』はこんな有名人とお近づきになってるのねぇ……」
 紫はアレクを上から下まで興味深げに見て、
「まー『私達』と遊んでいただいてるってことは、愉快な御仁とおもっていいかねぇ?」縁を思わせるような笑みを見せた。
「こっちの世界の俺が緩んだツラしてんのは、紺侍もだけど、あんたの影響も大きいんだろうなぁ」
 宗也もアレクを見ながら、感想のようなものを言う。
「褒めてるなら有り難う。
 でも年上にそんなに覗き込まれると、俺も困っちゃうよ?」
 アレクの答えに、縁は「ミロシェヴィッチ氏楽しいなぁ」と宗也と笑い出している。
 いつか何処かで見たような光景に、太陽は首の後ろへ手をやった。
「まったく、腐れ縁とは時を超えてもあるものとは……
 しかし……こうも違う世界からで老けた奴もいるな」
 太陽の視線は無意識に紫へ向けられていたのだが、当然皆気がついていた。
 すかさず紫のヒールが太陽の足の甲へ向かって穿たれる。
 かつん、ではなく、ぶすり。だ。
「ごめんなさい許してください痛いです」
「だ が 断 る」
 にやあと笑われて、太陽の気難しく寄って居た眉が苦悶に下がった。悶絶する顔は今の真と相違ない。
「同じなのか違うのか良く分からない……」
 アレクが漏らした声を拾って、厳竜斎は言う。
「こっちの「俺」が中々くっつかねえのもそうだし
 まあでもあんたと仲良くなるのだけは一緒だわ、アレク。
 結局俺は首獲り損ねたけどよ」
 厳竜斎は笑いながら目の前の青年を見て、その先に『友人のアレク』を見つめ懐かしむ。
「首獲りたかったなあ
 冥途の土産に首くれよ」
「お前が欲しいのは爺への情で貰えるような軽いものじゃねぇだろ?」
 くっと唇を歪めて笑うそれは、アレクがカガチと刀を交える時に見せているものだ。この世界で『爺』になってからは、厳竜斎が見るのは始めての懐かしい顔だった。
「俺もう行くな。
 『壮太』とは昼にちょっと会ったけど、『カガチ』と『真』と『縁ちゃん』とあんまり話せてないんだよ」
 くるりと背を向けたアレクの言葉に、四人は顔を見合わせて笑い出す。 
「これからもよろしくな『おにーちゃん』」
 宗也が背中に掛けて来た声に、アレクは眉を上げた。
「俺も随分年上の弟が出来たな」

 アレクが居なくなってからも、彼等の話は続いていた。
 彼等の中にそれぞれある『かつて』のように、酒と言葉を交わしながらの同窓会は終わらない。
「――鬼いさん体調崩しちまってこれなかったね。
 こっちの俺んとこのより相当無茶してるからなあ。俺ンとこのより早死にしそう。
 こっちはイレギュラー多すぎるねえ、この結婚もそうだし。
 こうやって別世界の四人が揃っちまうのもそう」
 厳竜斎の話を聞きながら、太陽は思う。
(私にもこういう未来があったのかもしれない)と。
 口にしているのはハーブティーだが、何時の間にか彼の作られたような小難しい口調も真と近いフランクなものへと変わっていた。
 足の痛みが地味に堪えながらも、友人達が飲み比べをするのを囃子たて、笑い合う。
「カガチ、壮太、佐々良さん……あぁ、今日は久々に楽しい良い日だ
 「結婚おめでとう」と、今なら素直な気持ちでいえそうだ」
 呟いた時、太陽の顔は柔らかい笑みで綻んでいた。
 真のもとへ戻る時は、この笑顔も普段通りの『篠原太陽』へ戻るのだろうし、厳竜斎も爺に、紫は近寄り難い女に、宗也は何か拗らせたようなやさぐれた男になってしまうのだが、それまでの短い時間を、彼等は時計を巻き戻したように懐かしい日々に浸るのだった。