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王子様と紅葉と私

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王子様と紅葉と私
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 人気のない山道を、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が歩いていた。
 秋休みが取れたゆかりとマリエッタ。
 教導団情報科大尉として多忙な日々を送っていたゆかりの提案で、穴場の温泉があると聞いた地に二人は温泉旅行に来ていた。
 だが、どう見ても周囲は山奥の秘境の地、温泉宿などある気配もない。
「本当にこれであってるの?」
 ヒラニプラから既に三時間近く歩いている。
 歩いても歩いても目的地に辿り着かず、いよいよマリエッタが周囲を見回して呟いた。
「さあ……」
 気の抜けたような声で返事をするゆかりに肩を落とし、マリエッタは山道を歩き続けた。
 そんな、半ば冒険旅行のような登山を続けた二人が建物を見つけたのは、すっかり両膝はがくがくして筋肉もだいぶ痛くなってきた頃だった。
「やっぱり合ってたわね」
 表情の晴れたゆかりが宿に入る。
 今日の宿泊客は、ゆかりとマリエッタだけだという、
「え、露天風呂も貸し切り同然ってこと?」
 疲れ切っていたマリエッタの表情も、一気に晴れる。
 とにかく汗を流そうと、ゆかりとマリエッタは荷物を置くのもそこそこに、案内された露天風呂へと向かった。
「凄い……!」
 露天風呂の周囲は、一面の赤。
 紅葉した木々の葉に彩られた露天風呂は、思わず言葉を失うほどの美しさだった。
 澄み切った空を見上げれば、降り注ぐような星空の美しさも容易に想像できた。
「ああっ……」
 身体の芯まで染みる温泉の温かさ、水に濡れる心地よさに、思わずゆかりが艶っぽい声を出した。
「はぁ……温かい……」
 マリエッタもすっかり全身が緩み切ったように小さく呟いた。
 ゆかりはそっと目を瞑り、疲れが身体から溶けて流れ出していくような快感に浸った。
「苦労してここまで来たかいがあるわね、ここの温泉は」
 そう思うと同時に(こんなに疲れていたっけ?)と自問しながら、湯の温かさに身を任せる。
「適度な運動どころか苦行に近かったけどね……あー」
 マリエッタも肩まですっぽり温泉に浸かると、頭上を見上げた。
 舞い散る紅葉と澄んだ青空の対比を目に焼きつかせて、瞼を閉じた。
 ゆかりとマリエッタはお互いに肩を寄せ合い、疲れが抜け出て蕩けてしまいそうな感触に身を委ねた。
「…………」
 ゆかりが瞼を開くと、隣のマリエッタはウトウトと眠ってしまいそうだ。
 マリエッタの頭が、ゆかりの肩に触れる。
 ゆかりはマリエッタを起こさないように視線を紅葉に向けた。
 美しく舞い散る紅葉をぼんやりと見つめながら、ゆかりも瞼を下ろした。



「さむくなってきたね」
「そうですわね」
 天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)と、結奈の家でお家デートをしていた。
 二人は暖かな部屋にたくさんお菓子を用意して、恋愛映画を見ている。
「けれど、こうしていると暖かいですわ」
 結奈を膝の上に乗せているイングリットは、映画に視線を向けながら結奈の手をそっと握った。
「えへへ、あったかいね」
 結奈もお菓子に手を伸ばしながら、幸せそうに笑う。
 画面の中には、ヒロインがキスをするロマンチックな場面が映っている。
「いんぐりっとちゃん、ちゅーしよ」
 結奈におねだりする。
 イングリットは画面から目を離して、結奈にそっとキスをする。
「ふふ」
 映画のシーンと自分たちが重なり、思わず笑みを零すイングリット。
 結奈も笑顔を向けて、もう一度イングリットにキスをした。
「暖かいですわね」
「そうだねー」
 それからも結奈とイングリットは、時折いちゃいちゃしながら映画を見ていたのだった。



 ヒラニプラの山々の初霜、初冠雪のニュースが入ってくるようになる頃。
 董 蓮華(ただす・れんげ)は自由な時間に、金 鋭峰(じん・るいふぉん)の元へ差し入れに向かっていた。
「失礼致します……」
 蓮華が入室すると、鋭鋒は静かに視線を送った。
「差し入れをお持ちしました」
 蓮華が持って来たのは、草加煎餅と淹れたての日本茶だ。
 煎茶と共に渡して、蓮華は一歩下がり鋭鋒を見つめた。
 こうして、今以上に鋭鋒と同じ時間を共有できたらどれほど嬉しいだろうか。
 鋭鋒の手伝いをできたら嬉しい。
 けれど、どこまでならしても良いのかが分からない。
「あの……」
 蓮華は勇気を出して、鋭鋒に尋ねた。
「お手伝いさせてくださいませんか、何でもいいんです……」
 非番の日に、鋭鋒の仕事をお手伝いする。
 決裁済みの書類を文書室に持っていく。
 次の予定のために上着の埃を取る……。
「こうして、差し入れをお持ちしたり、お茶を淹れたり、してもよろしいですか……?」
 お茶を飲みながら蓮華の申し出を黙って聞いていた鋭鋒は、、ふっと視線を手元に落とした。
「そのくらいなら構わない」
 鋭鋒の言葉を聞いて、蓮華の表情が晴れる。
 小さく咳払いをして、鋭鋒は草加煎餅に手を伸ばした。
「そういえば、里帰りしたそうだな」
「はい。私の故郷である北京を、スティンガーたちに紹介してきました」
「その時の話でも聞かせてくれ」
 蓮華は中国の様子を話した。
 鋭鋒は黙って、蓮華の話を聞いていた。
「……懐かしむべきものが無いわけでもないが、面倒なことが多い」
 鋭鋒は蓮華の話を聞きながら、ゆったりと休息を取った。
 蓮華にとっても、鋭鋒が寛げる時間を作れたことを嬉しく思うのだった。