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【DarkAge】エデンの贄

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【DarkAge】エデンの贄
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リアクション


●Wanderers

 解答から書く。エデン下方の突入口から砦に入ったのはルカルカたち本隊だったが、すでにこのときには、先行部隊が外壁にとりつき、爆弾の設置を行っていたのである。
 先行の二部隊は同ルートをたどりつつも、ルカルカと同じ出入り口をくぐらず、離れた外壁にとりついて一時間前から潜伏していた。
 本来の計画ならば、先行部隊が爆破を行いこれを陽動として、混乱状態のエデン内に本隊が突入するはずだった。しかし一定時間が経過したため、ダリルが事前準備していた『プランB』に従って、爆破陽動部隊……すなわち、レジーヌ・ベルナディスのチーム、アルクラント・ジェニアスのチームの双方は本隊の合図を待たずに行動を開始したのだった。
「穴が開きました……!」
 レジーヌは外壁から内側に飛び込んだ。これも事前に調べてあったのだ。外壁には数カ所弱い部分があり、充分な火薬があれば吹き飛ばして侵入口を開けることができると。
 しかしレジーヌが着地するより早く、勢いをつけて飛び込んだエリーズ・バスティードが、加速ブースターの力を借りていち早く内部に入り、着地と同時に眼前のクランジを斬り倒していた。量産型だ、エリーズに首を刎ねられて、抵抗らしい抵抗もできないまま沈黙していた。
「レジーヌ様。安全を確保しました」
 エリーズは感情のこもらぬ目でレジーヌを振り返った。
「OK。エリーズ、手際イイネ、気に入っタよ」
 ガシャンと騒々しい音を立ててレジーヌに続いたのは、クランジξ(クシー)だった。
 今回は、レジーヌ、エリーズ、そしてクシーの三人でひとつのチームなのだ。
 それにしてもエリーズとクシーは、なんとも対称的と言えた。クシーは髪を蛍光ピンクに染め、おまけにブルーのワンポイントまで入れているのに対し、エリーズは上品な淡いブロンドをツインテールにしている。クシーはなんだか噛み付きそうな表情だが、エリーズは無感動で冷めた目をしている。
 実は今日に至るまで、エリーズとレジーヌがクシーと行動を共にしたことはほとんどなかった。エキセントリックな言動の多い彼女を、なんとなくレジーヌが敬遠したせいもあろう。また、比較的物静かな二人との接触を、がさつで騒がしいクシーが避けたということもありえる。
「おっしゃっている意味がよくわかりませんが」
「ま、仲良くシよう、っテことサ。同じ、レジスタンスの機晶姫同士ってコとデ」
 クシーは右手を指しだした。
「……レジーヌ様?」
 エリーズはレジーヌを振り返り、彼女がうなずくのを確認してからクシーの手を握った。
 それから三人はしばし耳を澄ませる。大きな爆発が起こったはずなのに、この場所に殺到するクランジの姿はなかった。
「他の場所が忙しいノカ、ここガよっぽど来ニクい場所なノか……」
「とにかく移動しましょう。情報を集めているので、目指すべき方向はある程度わかります」
「かといって大慌てスるのもナ。よし、慌テズ急ゴう」
 急ぎ足で歩きながら、クシーがふと問うた。
「そう言エば、どうシてエリーズは、レジスタンスに入ッタ?」
「二級市民としての道を選ばズに、ということですか?」
「そウ」
 今訊かなくても、と言うのは良くも悪くも常人の行動だろう。だがあいにくとクシーは、気になったらいつでもどこでも訊かずにはおれぬ性分であったし、レジーヌもどこであれ真面目に応じる性分だった。
 道を急ぎながら二人は言葉を交わした。
「教導団としテの誇り、トいうやつカ?」
「いえ……。その、まったく違うというわけではありませんが……。団長の死で教導団が機能を失ったとき、私は心が折れかけました。ですが、人々を守りたいという気持ちがそれに打ち勝ったということもあります。それに……」
「そレに?」
「エリーズが、励ましてくれたんです。今のようになる前に……」
 レジスタンスが組織される直前のことだ。人々を守るため戦っていたレジーヌは、塵殺寺院を乗っ取ろうとする第三勢力『クランジ』との激しい戦闘に巻き込まれた。このときエリーズは、クランジο(オミクロン)から頭部に刀傷を受け、半死半生に至ったのだった。
 レジーヌの腕に抱かれたエリーズは、半ば目を閉じた状態でこう呟いた。
「なんでこんな風になっちゃったのかな。前みたいに機晶姫と人は仲良くできないのかな。私たちみたいにさ」
 それが、かつてのエリーズの最後の言葉になった。
 処置を受け、レジーヌは一命を取りとめた。しかしそれ以来、現在のように感情を欠損した戦う機械のようになってしまった。
「それでもワタシは希望を捨てない。エリーズはきっと元に戻るはず……その日が来るまで一生懸命生きるって決めたんです。信じる道をゆくことを決意したんです……これで、質問の答えになるでしょうか」
「そう……カ。なんトいうカ、Sorry、悪いコト、訊いちゃっタカモね」
「クシーさんがレジスタンスに参加した理由は?」
「表向きは、オミクロンのしているコトが気に入らなイから、ってイウコトにしてル……けど参っタね、嘘つケないナ、レジーヌのそんナ話聞いチャ」
 本当ハ、とクシーは言いかけたが、そこまでだった。
「大量の敵が近づいてくる気配を感じます。多数が相手でこちらは三人、このままでは不利となるでしょう」
 エリーズがこう告げたからである。
 敵をやり過ごせる場所、あるいはルートを探して、三人は視線をさまよわせた。

 一方、アルクラント・ジェニアスら四人はどうなっただろうか。
 少し時間を巻き戻そう。すなわち、爆破を行う寸前に。
「どうやら、ついに時がきたようだよ、爺様、アッシュ、ペトラ」
 彼らは飛空艇の中にいた。四人が入れば精一杯の小型機だ。爆弾を外壁に取り付け、少し下降して爆風が届かない位置で静止している。
 あとはスイッチを押せば完了だ。爆破開始時刻まで、あと数分。
「……今ならやり直しがきく。今なら、爆破を中止して地上まで逃げ戻れば……これまでのように二級市民としてやっていける」
 クラフト・ジェニアスが黙ってアルクラントの言葉を聞いていた。クラフトはそこにいるだけで、ただ、口を真一文字にして腕組みしているだけで、冬の荒波に打たれる巌のような存在感があった。
 百年、生きてきた人間。それがクラフトだ。かつての『天地・R・蔵人』、彼は太平洋戦争を知り、戦後の混沌期を生き抜き、日本が復興する道筋をたどり、パラミタの登場をその目で目撃した。彼の重みは、歴史の重みだ。
 アルクラントが沈黙するのを待って、クラフトは閑かに告げた。鎮守の森に鐘の音がひとつ、低くしみわたるように響く……そんな印象のある声だった。
「アル坊よ、それは本心か」
 叱るような口調ではなかった。むしろ優しさが感じられた。
「怖いか?」
「俺は……そうだな、爺様。なんとも言えない。怖いような気もする。ようやくこの日が来たと晴れ晴れする気持ちもある。レジスタンスの仲間が覚悟を決めているときにこんな複雑な気持ちであることを、すまないとも思っている」
 アルクラントは言葉こそ選んでいたが、隠さず心境を明かした。それを聞いて老人は、わずかに目を細めていた。
「そうかい。正直な、俺も怖かったんだよ」
 えっ、とアルクラントは訊き返した。
「なにせこの長生きのくたばりぞこないだ、俺の人生、自分より若いのがどんどん逝くのを見るばかりだった。ついにはアル坊、お前も先にいなくなっちまうんじゃないか、って気がしてた。だからこんなの空の上……」
 クラフトは窓の外、濃い灰色の雲を眺めた。
「……あの戦後の東京で見た、あの希望に満ちた世界であっても……こんな所にはいってほしくなかった。まあ、今さらこれを言っても、仕方がない、か」
 そして老人は、視線を曾孫に戻した。
「なあ、アル坊。昔、言ったことあったよな。
 恐れることを恐れるな。
 本当に恐れなければいけないのは立ち止まることだ、って」
 クラフトは少し伸びをした。
「俺はな、そんなことを言いながら……立ち止まっちまったんだよ。歳のせいかね。よくないよな、ホント」
 そう言いながら彼は苦笑いして、トントンと自分の肩を叩いている。何十年もそうしてきたように。何十年もそうやって、彼は並の若者以上の豪腕を振るってきたのだ。今日も、そうすることになるだろう。
「進み続けろ、アル坊。それがお前のすべき唯一のことだ」
「判った」
 このとき左腕を上げ、腕時計を確認したのはアシュトール・エメラルダだった。
「まだ時間あるな。先に礼を言っておきたいな。みんなに」
 作戦が始まったらそんな時間ないだろうから、と笑って彼は言う。
「アルクにペトラよ、俺はさ、お前らに感謝してるんだよ。忘れないうちに言っておく。だってそうだろう? あのまま地上にいたらきっと死んでた。まあ、現実は甘くなかったけどよ、憧れてた、空の上の大陸……パラミタにだって来れたんだ」
 アシュトールの目はどこを見ているのだろう。
 かつて空軍パイロットとして大空に舞い、凍てつく空気の中コンマ数秒の戦いを繰り広げた日々を、ホームビデオを鑑賞しているように見ている……そんな風に見えた。
「今はフロンティアって感じじゃないけどさ。ここだってきっといつか希望を取り戻せると思うんだよな。誰だって未来を信じる。俺だって信じる。きっとクランジたちもそうだったんだ。
 ただ、やり方を間違えただけでな」
 アシュトールにクランジへの恨みはない。もちろん、敵として認識はしている。このエデンを陥落させなければならない、そう理解もしている。だが、種として根絶やしにする……というまでの憎悪はなかった。軌道修正に手を貸したい――そんな風にすら思っていた。
 アシュトールは操縦席から振り返った。
「アルクよ、お前さ、勉強できるだろ? バカだけど」
「俺がか? 買いかぶりすぎだ」
「いいや、いい意味で『バカ』だし、いい意味で『勉強できる』だ。夢があって知恵もある。度胸は、もうちょいつけたほうがいいがな」
「素直にその言葉はもらっておくよ」
 結構、と言ってアシュトールは言った。
「そんなお前らだったらさ、きっともっといいやりかたを見つけて伝えられると思うんだよ」
 そろそろだな、と言ってアシュトールは前に向き直ると操縦桿を握り直した。
 アルクラントは爆破スイッチに指を乗せた。
 ――もっといいやりかた、か……。
 これは、それを見つけるための第一歩だ、そう思うことにする。
 クラフトが目を閉じた。
 アシュトールが深呼吸した。
 そしてアルクラントは、指にゆっくりと力をかけていく。
 そんなアルクラントの横顔を眺めながら、ペトラは思った。
 ――マスター、恐れることはない。あなたには僕が付いてる。
 クランジの時代が始まってから、ペトラは自分の役割を考えるようになった。
 ――この身は戦うために創られた。そう、敵を屠るためにね。
 そう認識している。ペトラは、自分が戦闘用機晶姫であることを否定しない。
 クランジの哀しさは、彼女たちがその『役割』を見失っていることにある――そうペトラは考えている。
 ――戦うために創られた。同じ様な生い立ちなのにクランジたちは、なぜ支配なんて方法を望むんだろう? 僕はマスターと出会い、共にあることを正しいと思ったのに……。
 クランジが力と恐怖をたくみに用いて支配を行うこと、それにペトラは疑問を感じずにはおれないのだ。
 ――彼女たちは力と恐怖で人を支配することで、なにを手に入れようとしているんだろう?
 爆発が起こった。