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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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【南条 託: 迎える幸福】


 季節は変わり始めた。
 しゃらしゃらと流れる人工の小川、その側に咲く花々を揺らす風も、少し前に比べ随分と柔らかくなっている。
 ともすれば眠ってしまいそうな暖かさの中、薄く口角を上げながら、南條 託(なんじょう・たく)は穏やかな景色に身を委ねていた。
 彼が公園のベンチで待っているのは、彼の最愛の妻南條 琴乃(なんじょう・ことの)だ。
 今日は互いに所用が有った為、此処で待ち合わせしようという話になっているのだが、どうやら託の方が早く着いてしまったらしい。
(……こういうふうに待ってるのって、まるで恋人のときに戻ったみたいだねぇ)
 ふと瞳を閉じてみれば、彼女との幾つもの日々が瞼の裏に蘇ってくる。
 二人、桜並木を歩いた日。余りの可愛らしさに思わず頬に口付けて、驚きに目を丸くしていた彼女の顔を思い出し、くすりと笑いが漏れてしまう。
(あの時は待ってる時間も楽しかったねぇ)
 ――あの時。と頭の中で呟いてみるが、勿論今だって楽しいことの連続だ。
 彼女との関係は、託に何時も新鮮な感情を教えてくれる。喜びも驚きも、悲しみや怒りさえも受け取れることに感謝したいくらいだ。
 しかし今だけは、自分が感じている気持ちを推し量れないでいた。
 こんなことは初めてで、ただただ胸をドキドキさせることしか出来ない。心の中に引っかかりが有り、今の時間を上手に楽しむ事が出来ないのだ。
 彼女はもうそろそろ来る頃だろうか。この後自分は、どういう感情を持つのだろうか。
 約束の目印にした時計をふと見上げれば、分針がかちりと音をたて、鐘が時刻を告げ出した。
 キーン、コーンと全ての音色が響き終わると、丁度タイミングを合わせた様に、明るい声が耳に飛び込んでくる。
「託――!」
 名を呼ばれ立ち上がり、振り返るよりも前に託は彼女を呼んだ。
「琴乃」と、そう呼ばれただけで、彼女はふわりと微笑んで此方へ駆け寄ろうとする。
「――あ」
 託が思わず声を上げてしまったのに、琴乃はハッとして足を止め、ゆっくりと彼のもとへ歩いて行った。
「ご免待ったよね?」
「ううん、今来たところだよ」
 定番の台詞を言い合って、どちらともなく伸ばした手で、大切な温もりを握り合う。
 何時ぞや彼女からプレゼントされた想いが詰まった月のブレスレットが、託の腕で陽光にきらりと輝いた。


 
「今日は公園でのんびりでもしようか?」
 今きたところと言いなら、実は十分以上はベンチに腰掛けていた為、託はこの日の暖かさをその身で実感している。
 散歩するには丁度いい気候だと思うし、人混みは避けたかった。今は、否、これからは……だろうか。
 兎に角託の提案に琴乃が頷いた為、二人は手を繋いだままゆっくりと歩き出す。
 ここは公園と言っても遊具が置いてあるような小さな場所ではなく、野外ステージやバーベキュー広場まであるような自然公園で、敷地はかなり広い為、ゆったりと時間を過ごす事が出来そうだ。
 ジョギングをする人々が横をすり抜ける時、睦まじい二人に挨拶してくれた。
 こんにちはと答えて、ちょっとだけくすぐったい気持ちになりながら、託と琴乃は顔を見合わせ笑い合った。
「……こうしてるとなんだか、恋人に戻ったみたいだねぇ」
「そうだね。
 なんだか新鮮。何時も気分は恋人同士のままだけど」
 悪戯っぽく言う琴乃はくすくすと声を忍ばせ笑い、託の腕にぴったりくっついた。
「公園って子供の頃は沢山行ったけど、段々機会が無くなるよね」
「そうだねぇ。
 中高生の時なんて特にそうだったような……」
「でも不思議よね。大人になると逆にこうやって、遊びにくるようになるんだもん。
 私ね。託と両想いになれて、お付き合いして、デートで久しぶりに公園に行った時、子供の頃とは違うような感じがしたの」
「そうなの?」
「うん、何時も緊張してたから! 二人っきりなんだもん」
 告白に頬を僅かに染めて、琴乃は立ち止まる。
 それから託の両手を取り、彼の顔を見上げて……、そして視線を下ろしてしまった。それこそ緊張しているのだろう。
 沈黙の後、漸くぽつりと小さな声を紡ぎだす。
「…………これからはまた、違う感じがするのかな……」
 その言葉に託が口を開きかけると、テン、テンとバウンドしながら、ボールが二人の足下に転がった。
「すみません!」
 手を勢いよく振りながら合図して、30代くらいの男性がこちらへ駆けてくる。
 託がボールを拾い上げてやると、男性は感謝を口にしながら笑顔でボールを受け取って「ほら!」と後ろへ促した。
 父親から遅れて走ってきた小さな少年が、慌ててちょこんと頭を下げる。
「ばいばい」
 と、琴乃が手を振ったのに「ばいばーい!」と元気の良い声で答え、親子は芝生の広場へ戻って行った。
「可愛いね。
 パパと一緒にキャッチボールかな?」
 琴乃の声を隣に聞きながら、託も視線は向こうに向いたままだ。
 父親に抱き上げられた少年を出迎えているのは母親だろう。三人の笑い声が響いてきて、こちらまでほんわかした気持ちにさせられる。
「うん、仲の良い家族って感じだねぇ」
 そう答えて、託は何かを覚悟したように息を吐き、琴乃へ振り返った。
「琴乃は、子供は好きかい?
 僕は、結構好きなんだよねぇ。
 とっても可愛いし、守ってあげたくなる感じがするしねぇ。
 ……それが琴乃との子なら尚更可愛いだろうし……」
 琴乃の目を見て、苦笑いをしながら託は言う。
「うん、既に親バカになる自信があるよ」
「……託」
 呼び掛けるだけが精一杯なのだろうか、彼女からそれ以上の言葉は無いが、瞳が優しい微笑みに象られている。
 ああ、だからきっとこの先に待っている感情は、とてつもない暖かさを与えてくれるのだろう。
 そう思い、託も琴乃へ微笑んで返しながら、ゆっくりと大事に言葉を紡いだ。
「……結果、どうだった?」
「うん。
 お医者さんが、私も、この子も問題無いって」
 こくりと頷いて、琴乃は両手で自分の腹部を包み込んだ。
 そこに、新しい命が宿っている。
「……そっか」



 何となくぎこちなかった散歩だったが、それからは緊張が途切れたのか、堰を切ったように琴乃は話し始めた。
 バッグから超音波検診で撮った写真を託に渡し、医者から教わったものをあれやこれやと事細かに説明してくれる。その様子がとても楽しそうで、託も彼女につられる様に腹の底からわくわく感が生まれてくるのを感じていた。
「これが胎のう、中のこのちっちゃい影が私達の赤ちゃんだよ。
 もっと大きくなったら3Dの写真が撮れて、それで見ると顔立ちまで分かるんだって!
 パパとママ、どっち似かぁ? 楽しみだよね」
「うん、とても楽しみだねぇ」
「それでね、次の検診の時には映像も撮れるから、ディスクを持ってきて下さいって言われたの。
 託も忘れないでね?」
「うんうん。忘れない。
 新しい命が出来たんだから、僕も、もう少ししっかりしないとねぇ」
 公園を歩きながら言葉を交わす二人の笑顔は途切れ無い。
 手を繋ぎ合う託と琴乃の真ん中に小さな掌が加わるのは、そう遠く無い未来だろうと考えれば、沸き上がる幸福に胸が躍るのだった。