|
|
リアクション
■おくりおくられ
朱里がルカルカと真一郎にかけより、言葉を贈る。
「きっとこれからも、二人で力を合わせて国と家庭を守ってゆける、幸せな夫婦になれると思うわ。頑張ってね。
今後のこと……たとえば将来子どもが出来た時とか、何か相談事があったら何でもいってね。私でよければお手伝いするわ」
「ありがとう、朱里。でも朱里こそ困ったことあったら言ってね。ルカも精一杯協力するから」
「ええ、その時はお願いね」
ルカと朱里が話している横では、アインと真一郎が握手をしていた。
「今日は本当にありがとうございます。料理、とても美味しかったです」
「こちらこそ。素晴らしい席に招待してくれてありがとう。朱里も言っているが、僕たちにできることがあったらいつでも言ってくれ」
「はい。ルカも言ってますが、オレたちにできることがあったら、精一杯協力させていただきます」
「ありがとう……良い旅を」
「はい」
ルカルカと真一郎が、旅行へと向かうため出口へ一歩足を踏み出すと、会場に飾られた草花が急激に茎を伸ばし、青い葉を生い茂らせ、蕾を太らせて、美しい花を咲かせた。
「どうやら植物達からのお祝いみたいだね」
見送りに来たエースがにこっと笑って言う。隣のリリアも「素敵でしょ?」とウィンクをした。
式場の花々を飾ったのはエースとリリアだが、実は草花の祝福というサプライズを用意していたのだ。
(花や木々からの祝辞をルカルカ達は言葉として聞けないけれど、舞う花びらや新緑の爽やかさでそれをルカルカ達に伝えてあげたい)
「みんなも、2人におめでとう、だって」
「わぁっ素敵! 嬉しいな、ありがとう」
「ありがとうございます」
2人はそんな思いを受け取り、植物達に笑顔で礼を言った。するとさらに喜ぶように植物達が増えていく。
「どういたしまして。2人の幸せを祝えたことを、こちらこそ感謝するよ」
そんな花々が咲き誇る中を、新郎新婦が歩く。
「…………」
そんな2人の姿に、涼司は無言で目を細めた。友の幸福な未来を想像できた喜びと、何かを失ったような寂しさが複雑に絡み合い、無言でいたというよりも言葉が出てこなかったのだ。
そういう感情は今までにも何度かあったのだが、慣れるものではない。
ただ
「……なんだ、その……おめでとう」
照れくささが混じった、少しぶっきらぼうな声だったが、ルカには正確に伝わった。
「涼司、ありがと」
「まずは、結婚おめでとうございます!」
「うむ。おめでとうなのじゃ」
そう花束を渡すのはザカコ。隣にはアーデルハイトもいる。
「ありがとう!」
「アーデルハイトさんも、忙しい中ありがとうございます」
「2人が幸せそうで何よりですよ。っと、そう言えば気になっていたのですが、姓はどうするんですか?」
ザカコが首を傾げると、2人は改姓はしない、と言った。それにザカコは安堵したような残念なような、微妙な顔をした。
「ルー真一郎とか、昔どこかで聞いた芸人みたいな名前になるのかと思っちゃいましたよ」
「あははっ。さすがにそれはないよ」
「あ、それと大丈夫だとは思いますが、夫婦ゲンカには気を付けて下さいね鷹村さん。ケンカで新居が消滅とか冗談でなくありそうですし」
冗談交じりだが、喧嘩が起きればありえそうな話ではあった。互いにそれだけの実力は持っている。
「そういえば新居はどうするのかしら?」
ふと思いついた、と理沙が尋ねた。たしかに今まで新居の話は出ていない。
「ん?今ルカが住んでるヒラニプラ郊外の屋敷に同居してもいいんだけど、パートナーも居るしどうしようかな。
敷地の中に一件家を建てても良いし迷うよね」
「ふふ、そうですね。旅行中に時間はたくさんありますし、お2人でたくさん話し合って決めるのも素敵ですね」
「新居が決まったら教えてよ! 遊びに行くから!」
「もっちろん!」
「ルカ達も夫婦別姓なのだね。お互いの家の名前を尊重するのはとても良い事だよ」
「そうね。私たちも別姓だし」
「お互いが同列であるという意識の表れでもあるだろうし」
2人の意思を尊重する言葉に、少し安堵したように2人は微笑んだ。
それからルカルカはハッとして赤い輝石のネックレスを外した。式が始まる前にメシエが渡していたのだ。
「あ、メシエ。借り物のネックレスありがとう」
「いや。君たちには世話になったからね。それくらいお安い御用だよ」
「2人とも、気をつけてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「うん。あ、タルトすっごくおいしかった。またお店に食べに行くね」
「またお伺いします」
「ぜひ。猫たちと一緒にお待ちしてます」
「しかし結婚って本当にいいものですよ。俺も結婚してからさらに妻が好きになりましたし」
「それは……そうかもしれませんね」
ルースの言葉に、真一郎が頷く。式を挙げてみて、こみ上げてくる想いがあったのだ。
「新婚旅行。お2人なら大丈夫とは思いますが、お気をつけて」
「少し離れます。その間のことは、よろしくお願いします」
「はい、任せてください」
しっかりと握手をしあう。そんな2人の肩を、ウォーレンが叩いた。
「鷹村! おめでとう!」
「ありがとうございます、ウォーレン」
「いやぁ世界一周だなんて! さっすがスケールでっかいな♪ 新婚旅行のさ、話いっぱい、後で聞きたいな」
「それはオレも聞きたいですね」
「もちろんです。その時はたくさん聞いてください」
「ああ! 何はともかく、たのしんできてくれよな」
あんた等が笑っている姿が、俺は大好きなんだから。
ウォーレンのそんなまっすぐな言葉に、ふいに真一郎は目頭を押さえた。涙はなんとかこらえたものの、言葉も出てこなかった。今までこらえていたのが一気にやってきたのだ。
震える真一郎の肩を、ウォーレン、ルースが優しく叩く。真一郎が言葉をこぼす。
「ありが、とう」
あなたたちが友人になってくれて、良かった。
一方でジュノは、不思議な心地で新婦を見た。ジュノは女性が苦手なのだが、こうして改めてルカルカを見ても恐怖心を覚えなかったのだ。
「……握手して頂いてもかまいませんか?」
迷った末に尋ねる。ルカルカは少し驚いた後、嬉しげに頷いた。
「もちろんよ!」
「ありがとうございます」
緊張しながらの握手は、何事もなく簡単に完了した。いつの間にか、性別関係なく、彼女を仲間と思えるようになっていたのだ。
そのことを自覚すれば、照れくささと嬉しさがこみ上げる。
「何時までも力強く、お幸せに」
「ええ、ありがとう」
彼にしては珍しい、心からの優しい微笑みを浮かべ、祝辞を贈った。
「ルカ、今日はおめでとな! 式のビデオは編集して贈るから、待っててくれよ」
「まあ質は俺が保証しよう」
「ありがとう、ジヴォート、ドブーツ! 楽しみだね、真一郎さん」
「ええ。本当に」
「新居が決まったらここに連絡してくれ。そこへ送る」
ドブーツが名刺を真一郎に渡す。その横では、ジヴォートとセレスティアーナが照れる土星くんを無理やり引きずってきていた。
「土星くんからも贈り物があるんだぞ」
「あ、そのまえにこれ。あたしたちから」
「え、なになに? あけていい?」
「いいぞ!」
目を輝かせ、理子から手渡された箱を開けると、中には2つの湯飲みがあった。夫婦茶碗ならぬ夫婦湯のみらしい。
2人が日本人だからということだろう。
「あっ、そうそう。父さんから預かってたんだった。これ」
ジヴォートが思い出して渡した箱は、真一郎が受け取り開く。中には品の良いシンプルなティーセット(白磁に花の模様が入っている)があった。カップにはルカルカと真一郎のイニシャルが小さく入っており、サイズも2人に合わせて作られている。オーダーメイドなのだろう。
「わぁっ綺麗。ありがとう。イキモさんにもお礼を言っておいてね」
「ああ」
皆が次々に渡して行く中、土星くんは少し躊躇しているようだったが、視線を浴びてやけくそ気味にソレを突き出した。
青い布と赤い布地のそれには、『お守り』とやや歪な文字で書かれてある。どうもお手製らしい。
『わしだけやのうて、みんなで一針ずつ縫ったんや』
「そっか……うん。嬉しい」
「みなさん、本当にありがとうございます。大事にします」
「ルカルカさん、おめでとう!」
「おめでとう」
「歌菜! 羽純! もうっびっくりしたよ。2人が給仕してたから」
知らされていなかったらしく、ルカルカは本当に驚いた様子だった。歌菜と羽純がサプライズ成功だと笑う。
実は給仕だけでなく、照明やBGMも担当していたのだが、それは言わなくても良いことだろう。
「ふふっごめんなさい」
「サプライズ成功、だな」
「ええ、大成功ですよ」
「歌菜、途中で一度こけそうになってたし」
「えっ! 見てたの?」
「……ああ、あの時は少し危なかったな」
「うぅ」
「あははっ冗談だよ」
「もうっ」
「プレゼントもありがとうございます」
2人からの贈り物はバスタオルと、バスローブ、石けんやシャンプー、入浴剤などのセットだった。
「ああ。バスタイムぐらいはゆっくり身体を癒してくれ」
「ええ、今日早速使わせてもらおうかな」
大切そうにプレゼントを撫でた仕草に、歌菜と羽純は良かったと安堵の息を吐き出した。
「今日は来ていただいてありがとうございます」
ルカルカと真一郎は、じっと佇む鋭峰、雲長、英照に頭を下げた。
「いや。むしろこのような式に呼んでもらって感謝している」
「あらためて祝いを述べよう。貴殿らの未来の幸福を願う」
「そうだな……しかしこれからも任務はくる。帰ってくる時には、しっかりと気を引き締めて置くように」
「はい。暫し旅行で空けますが、帰還後は通常任務に戻ります」
「今後ともよろしくお願いします」
贈られる言葉は少ない。しかし2人には充分すぎた。
「んじゃ、そろそろ行くか?」
垂が右手でくいっと、ラグナロクとその横に立つ愛機(鵺)を示した。途中まで鵺でエスコートするようだ。これが彼女なりの祝い方なのだろう。
ちなみにラグナロクの運転はダリルが行う。
「しっかし、かなり飲ませたつもりなのに、真一郎は全然酔ってないな」
「あはは。顔には出ないタチですケドちゃんと酔ってますよ」
式終わりでたくさん飲ませられた真一郎が笑う。そう言われてから改めて観察すると、たしかに普段よりぼんやりしてそうだった。
だがそれでも足取りはしっかりしており、式の出席者を振り返った時は顔が引き締まった。今日ココに集まってくれた人たち全員の顔を一人ずつ見て行く。
「のこったウチのかぞくはまかせといて、いちねんくらいりょこういっておいでー」
パートナーからの言葉に微笑み返しつつ、全員に頭を下げた。
「お祝い、叱咤激励も頂きまだまだ未熟な二人ではありますが……二人は変わらぬ努力で精一杯頑張ってゆくつもりであります。
これからもどうか温かく見守っていただければ幸いです」
「今日は本当に有難うございました。
私達は皆さんに見守られて、皆さんと共に地球とシャンバラで生きてこられて、幸せです。
行ってきます!」
そうして2人は、たくさんの祝福を受けながら、「パラミタ全土を踏破する」夢の実現に向けて旅立って行った。
* * *
咲き誇る花の中を歩き去って行ったルカルカを見送り、クエスがため息を吐き出した。
「結婚式は憧れですか?」
サイアスがそんな彼女に気づいて微笑みかけると、クエスは彼の服をぎゅっと掴んだ。
「好きな人となら……好きな人となら。サイアス」
幸せそうな友人を見て、クエスの心に迫るものがあったらしい。
しかしそれは、サイアスも同じだった。
(私とて五年間、伏せていた想いがある)
サイアスは一度青い目を閉じてから、強い光を持って再び彼女を見つめ返した。
「しかし家を捨てる必要はない。
戦います。……許されるまで」
「サイアス……うん。私も、一緒に」
植物達が伸びて、2人を周囲の目から隠すように覆う中、2人は抱きしめあい、口付けを交わした。
花達がそんな2人を祝福すように、風に身を踊らせていた。
* * *
祝砲とカラフルな煙幕が見える。
「行ったか。どうにも派手だな、ルカのやることは」
見晴らしのいいレストランから、ラグナロクが去っているのを見送って淵が笑った。隣に立つカルキノスはあっけらかんとしたもので
「ま、めでてぇしいいんじゃね?」
と言うが『戦艦停泊の許可を取った俺の苦労を考えろよ』と通信でダリルから反論があった。そのBGM? にルカルカの声も聞こえたが、詳細は聞き取れない。
入国許可の手続きなど、かなり奔走していたダリルの姿を知っている淵としては、苦笑しかない。
「ダリル。本っ当にお疲れ様」
『まあパラミタ全土の踏破は、ルカの夢だからな』
「それを実現させちゃう所がルカだよなあ」
実行力、実現力にはいつも感心する。
カルキは、そこで思い出したように通信の向こうに居るだろう真一郎に声をかける。
「旅行先で竜族の集落を見かけたら教えてくれな」
了解の返事が来たことに満足し、カルキノスは窓に背を向けた。残った彼らには、まだ仕事が在るのだ。
「今日は集まってくれてありがとな!」
「ルカも俺達も心から感謝する」
「ここからは二次会だ。フランクな料理も酒もバンバン出るんで楽しんでいってくれ」
「帰りに引き出物を受け取るのも忘れないで欲しい」
「中身はオタノシミだぜ!」
どうやら、祝いの場は、第二ラウンドに突入するようだった。
その日、レストランにはずっととある言葉が響いていた。
『結婚、おめでとう!』