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リアクション
模擬に満たない試着で
6月のジューンブライドに向けてか、空京の様々なショップのショーウィンドウにウエディング関係の品が飾られていた。
また、写真屋やレンタル衣装、ブライダルショップではイベントを行っている店も多かった。
「あっ、あの式場は、誰でも見学できるみたい。ウエディングドレスの試着もできるらしいわ」
気づいたのは、シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)だった。
彼女は今日、友人のフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)に誘われて、空京にショッピングに訪れていた。
「せっかくだから行ってみようか。ほら、いずれ来るときのために、体験しておくのも悪くないでしょ」
自然に言えたと、フェイは内心ほっとする。
フェイとしては、買い物以上の目的があってシェリエを誘ったのだが、シェリエは気づいていないようだった。
「そうね、ちょっと覗いてみましょう」
シェリエは楽しそうに式場に向かっていく。
「良い機会だし、ドレスも着てみよう」
フェイも鼓動を高鳴らせながら、シェリエと共に入口から中へと入った。
2人はスタッフに自分達は友達だと普通に明かして、会場を案内してもらった。
どんな会場があるのか、どんなプランがあるのか。
豪華な部屋や、楽しそうなプランを聞いていると、結婚式を体験してみたくなってしまう。
「でも、相手いないからね。素敵な彼氏欲しいんだけど」
シェリエのそんな無邪気な言葉に、フェイの胸が少し苦しくなる。
「……シェリエはお相手が見つかったら、どんな結婚式にしたいの? やっぱり女の子だから、憧れとかあるよね」
「うーん、そうねぇ」
シェリエはちょっと考えて、大切な家族のことを思い浮かべた。
「小さな教会で、身内だけで……でも、わいわいやりたいな」
「そっか、いいよね、そういうのも」
「フェイはどんな結婚式にしたいの?」
「私は……」
フェイはちらりとシェリエを見て、それからちょっと視線を逸らして微笑しながら言う。
「こだわりはないかな。世界で一番好きな人が隣にいて、将来を誓い合う。それだけで十分幸せだから。
……もっとも、私の場合その機会は来ないかもしれないけど」
「なんでー。あー……フェイちょっと消極的だものね。よし、垢抜けたドレス来てみよう! もうちょっと肌も出した方が魅力的だわ」
「えっ」
驚いているフェイの腕を引っ張って、シェリエはフェイをドレス試着会会場へと連れて行った。
「私はいい。私はいいの。ドレスはシェリエが着て、ね? 私はそう、こっちのタキシードが着たいな。ほら、片方が男役の方が雰囲気出るからね」
「嫌ならしょうがないか?。それじゃ、代わりに明るいドレス来てみましょうか! ……あ、でもやっぱり、フェイにはこういうのが似合いそう」
シェリエは沢山のドレスの中から、薄い桃色のフリルのスカートのドレスを選んだ。
「そうかな……」
「とにかくこれ、着てみるね」
スタッフに手伝ってもらって、シェリエはドレスに着替えはじめた。
その間に、フェイはタキシードに着替えていく。
華やかなドレスを着たい気持ちよりも――ドレスを着たシェリエの隣に友ではない別の立場でいたい気持ちの方が、ずっと勝っていた。
(同性だとわかっていても、私はシェリエが好き)
その気持ちに気付いてから、もう随分と経った。
思いを伝えて、決着をつけなければいけないとも思っている。
わかっているのに、未だに告白せず、こうして友人という立場を利用してこんな風に恋人ごっこに興じてしまっている。
(そんな卑怯な私に、幸せなんて……)
「着替えたわ。どうかな?」
着替え終えたシェリエが衝立の後ろから現れた。
「あ……」
慌てて顔を上げて彼女を見たフェイは、小さく口を開けたまましばらく放心してしまった。
「フェイ? どうかした? やっぱりドレス着たくなった?」
優雅にシェリエはくるりと回ってみせた。
「シェリエ……凄く、綺麗。なんだか、感動で目頭が熱くなるくらい、に」
顔を赤く染めながら、フェイはそう言ってそっと手を差し出した。
「ん? バージンロードの練習?」
くすっと笑って、シェリエはフェイに腕を絡めて、歩き出す。
数歩、歩いた後。
急に立ち止まって、フェイはシェリエと向かい合った。
「どうしたの?」
不思議そうな顔をするシェリエをまっすぐ、じっと見つめて。
ゆっくりと呼吸をして息を整えると、フェイはシェリエに言いたくなってしまった言葉を、口に出していく――。
「シェリエ・ディオニウス。私、フェイ・カーライズは生涯あなたと共に生きることを誓います」
「……えっ?」
驚いているシェリエの手をとって、フェイは彼女の手の甲にキスをした。
「な、ななななな……な」
真っ赤になって、シェリエは手を引っ込める。
「ふふっ」
フェイは悪戯気に笑って、シェリエから離れた。
「それっぽい雰囲気体験出来たでしょ?」
「う……うううん。でもちょっとやりすぎ。ドキドキしたわ」
「そう? 楽しめたようでよかったわ」
赤い顔のシェリエを前に、フェイは平静を装い微笑みを浮かべた。
これが……。
本当の気持ちを伝えることができないフェイの、今の精一杯、だった。