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家族がまた増えた日

 2024年12月24日。
 世間がクリスマスイブで賑わう中、朱里・ブラウ(しゅり・ぶらう)は2年前にユノを出産した空京の聖アトラーテ病院に入院していた。
『ごめんね。ユノやみんなが楽しみにしていたクリスマスパーティー、せっかく準備していたのに、出来なくなっちゃった。
 だけど、お休みをもらった分、必ず元気な子を産んでくるからね』
 そう子供達に言い、家を出てから数日経っていた。
「うう……っ。はあ……はあ……っ」
 陣痛室から分娩室へ移動し、陣痛の痛みに耐えながら朱里はその時を待っていた。
 お腹の子供が双子だということは、これまでの検診で既に判明している。
 出産経験がある分、事前の準備は慌てずに出来たけれど、一度に生まれてくる子が2人になったことで、出産時のリスクはかえって増したとも言える。
 そのため、大事を取って少し前から入院していたのだ。
 分娩台に体を固定し、その時が徐々に近づいて行く。
 出産経験があるため、何が起こるか、どのように対処すればよいか、心の準備は既にできていた。
 だけれど、1度に2人となると、相応に負担は重く非常に苦しかった。
(諦めない……例え、どれだけ時間がかかっても……最後まで、あきらめない……)
 心に言い聞かせて、朱里は耐え続けた。

「ママ、あそこにいるの? くるしいの?」
 苦しげな声は、分娩室の外にも漏れていた。
 ソファーで待つユノ・H・ブラウは不安そうに揺れる碧の目を、父親のアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)に向ける。
「ママ、頑張ってるんだ。大丈夫。きっとママはお前の弟か妹を産んで、無事戻ってくるよ」
 アインはユノに優しく微笑んだ。
 彼は毎日のようにユノを連れて、見舞いに来ていた。
 入院中は妻も子も、お互いに寂しい思いをしているだろうと思い。
 今回は幼いユノがいるため、立ちあい出産は出来ず、今はこうして分娩室の外でその時を待っていた。
 既に1人目の時と同じくらい、時間が経っている。
 アイン自身も、不安が高まっていた。
 それでもユノを不安にさせまいと、優しく落ち着いた顔を装っていた。
「ほんとに、だいじょうぶ?」
「ああ、大丈夫だ。だからそれまで、一緒に『ママ頑張って』ってお祈りをしよう」
 それは、娘に対してでもあり、自分自身への言い聞かせでもあった。
「うん!」
 ユノはぎゅっと目を閉じた。
 アインは彼女の小さな手に、自分の手を覆うように乗せて。
 目を閉じて、妻と子の無事を祈る――。
 やがて。
「おぎゃーおぎゃー」
 小さな産声がひとつ。
 そしてまた、ひとつ。
「おめでとうございます、男の子と女の子ですよ」
 助産師が顔を出して、アインたちに教えてくれた。
「やった!」
 ユノが目を輝かせる。
「やったな……」
 言葉を詰まらせながら、アインはユノを抱きしめて喜びを分かち合った。

 病室に戻った朱里は、とても疲れた様子だったが、目は輝いていて幸せそうだった。
「アイン、ユノ」
 そして、二人の顔を見た途端、満面の笑顔を浮かべた。
 これからの幸せを暗示するかのような笑みだった。
「ママー」
 ユノは朱里のもとに駆けて行き、アインも朱里の側に近づいて。
「ありがとう」
 そう声をかけて、2人で朱里の手を握りしめた。

 子供の名前は出産前から考えてあった。
 男の子なら『リヒト』、女の子なら『ルミナ』。
 どちらの意味も『光』……。
「輝かしい未来を照らす光になりますように」
 朱里は子供達を抱きながら、祈っていた。

 12月31日。
 朱里は迎えに来たアインと、ユノと、それから赤ちゃん2人を連れて、自宅へと戻った。
「明日はユノの誕生日ね。そしてお正月。
 お預けになったクリスマスの分も合わせて、みんなで盛大にお祝いしましょう」
「うん!」
 ユノは嬉しそうに家の中を歩き回る。
「新しい家族の門出を祝うために」
 朱里がアインを見上げると、アインは深く頷いて。
 小さな我が子2人を、ベッドに寝かせた。
「これから、楽しいことだけではなく、考えるべき課題は山ほどある」
 双子の男の子。
 兄のリヒト・ブラウは黒髪碧眼で、褐色の肌の地球人の男の子だった。
 パラミタにとって拒絶対象になるかどうかはまだ分からないが、念のため小型結界を持たせている。
 パラミタで不自由なく生きていくために、契約を考えることになるかもしれない。
 妹のルミナ・ブラウは、金髪碧眼、白い肌の機晶姫の女の子だった。
 姉のユノと同じように、身体の大部分が有機パーツで構成されている。
「養育、経済面、リヒトの契約のこと……。
 だからこそ、僕は父として、これまで以上に家族を大切に、幸せを守ると誓おう」
 子供たちを見守りながらアインが誓い、
「パパとママを選んでくれてありがとう。皆で楽しく暮らしていきましょうね」
 朱里が赤子と、アインに微笑みかける。
「こっちがおとーとで、こっちがいもーと」
 ユノもベッドに近づいて、リヒトとルミナを指差しながら、笑顔を浮かべていた。
 明日はきっと明るい新年を迎えられるだろう。
 そして続く未来も、辛いことも苦しいことも力を合わせて乗り越えて、明るく過ごしていくのだ――。