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空を観ようよ

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この蒼空で、素敵を探そう

 2022年2月。
 一緒にパラミタに行って名を上げよう、などと豪語していた友人の死より1カ月ほど経ったある日。
 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は、1人で空京を訪れていた。
 自分自身、何かを為そうとか、そういう明確ない意思はなかった。
 ただ、誘われるままになんとなく、行ってみようと、そんな気分だった。
「まあ、魔法がある世界といえど、町並みは普通……かな?」
 観光をするのもいいだろう。
 何かあてがあるわけでもないのだから。
 そう思いながら、歩きはじめた矢先のことだった。
「おっとと、失礼」
「あっ……あ、ごめんなさい……前見てなくて……」
 アルクラントは、女性とぶつかってしまった。
「大丈夫……?」
 よろめいた彼女が、振り向いてアルクラントを見た。
 彼女の顔は――涙でぬれていた。
(うげっ、ちょっとぶつかっただけなのに泣いてる!?)
「あわわ、すみませんすみません」
 ぺこぺこと頭を下げるアルクラント。
「大丈夫、ですから……すいませんでした……」
 彼女は細い声でそう言うと、すうっとその場から離れた。
(あら、行っちゃった……)
 直ぐに彼女は道を曲がってしまい、その背はもう見えなかった。
(……ううん、なんで泣いてたんだろうな)
 少なくても自分のせいではない。
 彼女は、とても悲しそうな目をしていたから。
(ま、縁があればまた会えるでしょ)
 そんな風に思いながら、アルクラントはその日は、空京をぶらぶらして過ごした。

 翌日。
 アルクラントは、再び空京駅へとやってきた。
 駅を利用するためではなく、ただ通りかかっただけだった。
(泣いてたけど、美人だったな。また会えたら……)
 昨日会った女性のことを思い出しながら歩いていたら。
「おおう、失礼」
「っと、すいません」
 また人にぶつかってしまった。
「……っと、昨日の……」
「あ……」
 相手はなんと、昨日の彼女。
 昨日ぶつかった場所のすぐそばで、アルクラントは彼女と再会したのだった。
「昨日の方……ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げてまた立ち去ろうとした彼女を、アルクラントは「待って」と呼びとめていた。
「はい、何か……?」
 不思議そうな目で自分を見る彼女は、やはりとても可愛かった。
 優しそうで、純粋そうで、スタイルも良い。
 とても魅力的な女性だった。
「あ、いやその……用事って訳では……いや、違うな」
 大きく息をついて、自分を落ち着かせて続ける。
「俺……じゃなかった、私はアルクラント・ジュニアス。
 不躾ながら、もしご迷惑でなければ……この街を、案内してもらえないかな?」
「えっ、どうして私?」
(……なんだこりゃ。俺、こんな事言えるタイプだったっけ?
 言っちまったものは仕方ない。押せ! 押すんだ、私よ!)
 内心ばくばく鼓動を高鳴らせながら、アルクラントは続ける。
「悲しそうな顔をした女性を放っておけない。それが理由には、なりませんか?」
 アルクラントがそう言うと女性は眉を寄せて少し不審げな顔でアルクラントを見た。
(……うっわ、気障ったらしい)
 内心、おたおたしていると、女性がふっと顔を和らげた。
「いいですよ、それくらい。
 私、シルフィア・レーンって言います。よろしくね」
「よろしくお願いします、シルフィアさん」
 ――そうしてアルクラントはシルフィアに空京を案内してもらった。
 街に興味がないわけではなかったが、やはり街のことよりも、シルフィアの事が気になって。
 彼女を元気づけようと、アルクラントは彼女と沢山話をした。

 シルフィアは昨日、父と母の姿を追い、空京駅近くに来ていた。
 父と母の突然の死から一ヶ月経っていて、落ち着いたつもりだったけれど。
 ふいに、両親と歩いた日々を思い出して、涙してしまっていた。
 辛くなるってわかっているのに、今日も同じ場所に来てしまっていた。
 何やってるんだろう、私……。
 沈んだ気持ちでいた時に、アルクラントに会ったのだ。
 彼は精悍な体つきで、目が優しく、温和そうな人だった。
 少し迷ったけれど、悪い人ではなさそうだったので、シルフィアは案内をすることにした。

「いやはや、突然のお願いだったのにありがとう、シルフィアさん」
「ふふ、喋り方とか、仕草とか、ちょこちょこ演技っぽいけど……かっこつけ?」
「え?」
 ぎくりとして、アルクラントは苦笑する。
「そうでもないさ。こっちばかり楽しんで悪かったね。できる事なら……明日も、また会いたい。駄目かな?」
 付け焼刃な演技で、紳士風を装いながら、アルクラントが尋ねると、シルフィアはくすくすと笑みを浮かべた。
「やっぱり演技っぽい。あ、もうさん付けとかしなくていいわよ。
 私も、アル君、って呼んでいいかな?」
「勿論」
「うん、それじゃ、また……明日ね」
「また明日、よろしく頼むよ」
 手を振って、2人は別れた。
 この日はまだ、シルフィアの住所も知らなかったが……。

 更に翌日。空京に来て3日目。
「おはよ、アル君」
「来てくれたのか、シルフィア」
 朝、空京駅の近くで待つアルクラントの前に、シルフィアは笑顔で現れた。
 そして昨日と同じように、並んで街へと歩き出す。
「そうだ、アル君はなんでパラミタに来たの?
 理由、聞かせて欲しいな」
 歩きながら、今日はシルフィアから問いかけてきた。
「ああ、私……の、話か。ま、色々あってね……」
 思いを巡らせ、どう話すか迷いながら、アルクラントは口を開いた。
「このパラミタの地で、名を上げる。
 そう、心に……決めているんだ。これが、私の夢だ」
「夢、か。いいな、そういうの……ステキだよね」
「だが、ここで何かを……そう、素敵な何かを。見つけられるのか。
 自分一人で……歩き出せるのだろうか?」
 アルクラントの声と表情から、シルフィアは彼の不安を感じ取った。
(そうだね、不安だよね。でも……私も……そういう生き方、してみたいな……)
 シルフィアは自分の思いに、こくんと頷いた。
(ううん、してみたい、じゃなくて。してみよう)
 心の中で決めて、まっすぐにアルクラントを見る。
「ねえ、アル君は何が怖いの?」
 シルフィアのその問いに、アルクラントは恐怖を感じていることに気付く。
 怯えていることに……。
「この未知の世界で、自分に何かができるのか?
 そもそも、一歩を踏み出すことができるのか?
 怖くて怖くて、仕方がない」
「そうだね。
 私も……怖いけど。2人なら、きっと出来るんじゃないかな」
 シルフィアは震える手を差し出した。
 アルクラントも、同じように震えている手を、シルフィアに重ねた。
「この街に、来てよかった。
 ……君は、一緒に夢を見てくれるのか?」
「うん」

 地球人と。守護天使。
 2人が出会ったことは、偶然ではなかった。

 繋ぎあった途端、二人の震えは止まり、勇気が湧いてきた。

「部屋ならあいてるし、うちにおいでよ。
 女1人だと無用心だし……」
「えっ」
 年頃の女性と一つ屋根の下。
 しかも他に住人はいない。
 更に相手はとても魅力的……。
 ばくばくアルクラントの心臓が高鳴った。
「何よりも、私たちは、パートナー。でしょ?」
 にこっと微笑んで、シルフィアは首をかしげた。
「あ、いや、その……これから、よろしく。シルフィア」
 軽く顔を赤らめながら、アルクラントは頭を下げた。
「よろしく、アル君」
 2人の手はまだ繋がれていて。
 温かい力が、互いに流れ込んでいた。

 そしてアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)シルフィア・ジェニアス(しるふぃあ・じぇにあす)
 2人の物語が、始まった――。