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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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砕音


 空京大学医学部研究棟。
 エリュシオン帝国から特使に指名された砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)が倒れた、と知らせが入り、彼の友人や教導団員がその様子を見に集まっていた。
「いやー、面目ない」
 イスに座って点滴を受けながら、エリュシオン帝国から特使に指名された砕音が頭を下げる。
「砕音、まだあんま動くな」
 空大の医学部学生で、砕音のフィアンセでもあるラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が彼の肩を抑える。ヘタに頭を下げて、その勢いで床に落ちられてはたまらない。
「帝国行きに支障はないとみて、よろしいか?」
 教導団中尉クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が尋ねる。
「ああ、寝たきり生活が長かったから、まだ体が順応してないだけらしい。ぼちぼちリハビリしながら、体調を整えるよ」
「そういう訳だから、もう心配はねぇよ」
 ラルクが教導団員に「帰れ」と言わんばかりに、怖い顔で言う。ラルクも帝国行きには同行するし、砕音の一番近くで護るつもりだ。
 砕音が苦笑して、肩に置かれたフィアンセの手に自分の手を重ねる。
「まぁまぁ、教導団も任務があるからな。おかげで、どこぞの怪しい情報部員が関わってくる事もないんだから」
 ラルクが嘆息する。
「お前は色んな奴に狙われてるからなァ」
 クレアが思ったとおり、砕音も自身の立場を理解しているようだ。
(『敵に回さないかぎりは、きっちり護衛の仕事をする』くらいのことは理解しているか)
 また砕音はクレアが名乗った際に「部下が世話になった」と言っており、おそらくメアリから彼女の事を聞いていたようだ。
 同じく教導団員の源 鉄心(みなもと・てっしん)は、砕音に「ご不便をおかけします」と穏やかに礼を言う。それとなく西側の緊張を伝える必要もないようだ。
 砕音は困ったように笑う。
「いやいや、空大のアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)学長が、俺に『なんなら帝国に亡命してもいい』って勢いだからな。そんな話をしていて……」

 砕音は、アクリトと話していて倒れた時の事を話した。
 要約すると、こういう経緯だったらしい。(セリフ適当)

学長「必ずしも帝国から戻ってくる必要はない」
砕音「ははは、フィアンセが西ロイガーの俺に何を言ってるんですか」
学長「婚約が気になるなら解除する手もあるだろう」
砕音「がーん!!!」(ばったり)


 顛末を聞いた天音が笑う。
「さしづめ『ラルクと別かれたら死んじゃう病』の重症患者だね」
「なんだ、その病名……」
「なら『ラルクといちゃいちゃしないと死んじゃう病』という名前の方が良かったかい?」
「……」
 ラルクは(そーいや、倒れた後、砕音の目が泣いた後みてぇに腫れてたな)と思う。
「砕音、お前がシャンバラに帰るにしろエリュシオンに残るにしろ俺が絶対守ってやるからな。傍にいてやるからな。だから、安心しろ」
 そう言ってラルクは、砕音をぎゅっと抱きしめる。
「ラルク……ありがとう」
 砕音は彼の胸に顔を埋める。が、ちろーりとクレアと鉄心を見た。
「護衛って、まさか部屋まで一緒で見守るとか……?」
「ターゲットを常に視界内に置くレベルでの護衛は、言いつかっていない」
 クレアの答えに、砕音は安心したようだ。
 鉄心は灰大尉に、砕音が倒れた理由を報告する事にした。これで砕音に対する印象を『裏切りの危険度は低い』という方向に持っていけそうだ。
 砕音はふぅと息をついて、こぼす。
「シーカー学長も知識の保存を重視しての事なんだろうけど……俺に対する寛容さの何割かでも、蒼空学園とその生徒に向けて欲しい」
 しかし教導団員が安心したのもつかの間、黒崎 天音(くろさき・あまね)がまた燃料になりかねない発言をする。
「だけど、身の安全だけ考えるのなら……エリュシオンも悪くないのかもね」
「このご時世で、安全なんて意味がないような……」
 砕音は遠い目だ。
 教導団員が天音に注意を向けたのを察してか、それともシャンバラの民として思う所もあったのか、天音のパートナーとドラゴニュートのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がぽつりと言った。
「エリュシオンでは我らが『飼育』されているという話を聞いたが……あまり良い気分ではなく感じるのは何故だろうな。龍騎士の発言は不快ではなかったのだが」
 砕音がブルーズに応える。
「基本的に龍騎士は神だからな。一口にドラゴンと言っても、その中の種族はいくつもあって、違いも大きい。
 例えばキツネと言っても、アカギツネとホッキョクギツネ、フェネックではまったく違うようなものだ。
 ただ現在のパラミタの生物の分類体型が必ずしも正しいとは限らず、ハリネズミとハリモグラぐらい違う生物を、同じようにドラゴンと呼んでいる可能性だってある……」
 皆がぽかんとしながら聞いているのを察し、砕音はブルーズに言った。
「と言う訳で、今日の宿題は動物図鑑の確認だ」
「…………」
 沈黙するブルーズに、天音が殊更にっこりと笑う。
「ちゃんと宿題はやらないとね?」
 砕音はなんとなく、点滴中の自分の腕を指して説明する。
「ただパラミタのドラゴンは、この世界の防衛機構──人体で言ったら白血球だからな。
 パラミタにとって異物の地球人がパートナー契約だの結界だので浮遊大陸の『免疫』をすり抜けて入り込んでいるのには、警戒感を抱く者も多いだろう。
 龍と共に在る龍騎士や、その龍騎士によって護られるエリュシオン帝国が、地球との融和政策を取るシャンバラに対抗するのも当然だな」
 天音は聞きそびれていた事を聞く良い機会だと、砕音に尋ねる。
「パラミタが地球人を拒む理由って何だい? これもドラゴンが、君なら分かりやすく教えられるだろうと言っていたよ」
「人体の例えで言うと、その辺りにあるコップやら紙やら薬品を体内に入れるようなものかな。腹を壊したりケガしたり、場合によっては死ぬこともある。だから排除しようとする。
 まあ、ボルトやらシリコンやらペースメーカーを埋め込んでいる人はいる訳で……シャンバラは体を治そうと思って、そういう物を埋め込んだ、というところだろう。
 だが実は、それら器具が汚染されていたり、長い目で見ると体に悪い素材が使われていて、体に悪影響を及ぼすんじゃないか……そもそも安全かどうかを検証した上で埋め込んだ訳でもなく、体全体から見たら患部もろとも切除してしまった方が良いんじゃないか、というのが今のパラミタの情況だな」
 すると、護衛(監視)役であった教導団の鉄心が砕音に聞いた。
「患部であるシャンバラに、生き残る道はないんですか?」
「特に確かめなかったが、埋め込んだ物は悪いものじゃなかったので大丈夫、となればな。ただ、それを証明する方法は思いつかないが。地球人本人に害意や悪意がなかろうと、そこにいるというだけでパラミタに異常を引き起こす可能性があるのは変わりない。
 もっとも、状態の悪いシャンバラにとっては、確かめているヒマもなく、とにかく埋め込まなければ再生の道はなかったんだからな。パラミタ全体や他国から見れば、シャンバラが滅んでも……シャンバラの大地がなくなって、そこにいたあらゆる生命が滅んだとしても、たいした問題はないが、シャンバラ人にとっては大問題どころの話じゃないからな。そう言って、他国の理解を求めるしかないだろう」
 鉄心は説明を聞きながら
(これで、砕音さんはシャンバラの未来も考えている、と報告できるな)
 と安心していた。

「おっ、もう点滴が終わるな。あと数時間は体調が安定するまで横になってた方がいい」
 ラルクが点滴の容器をのぞき、病室のベッドまで運ぶ為に車イスを準備する。本当は姫だっこで運びたいところだが、廊下では学生の目があるからと砕音が恥ずかしがるので、ここは車イスを使う。
 情況をわきまえて口に出す事はなかったが、ラルクは砕音の為ならロイヤルガードをやめてもいいとすら思っていた。
(こいつは何時でもパラミタの事を考えてるはずだ。だったら俺は信じるだけだ!
 砕音がエリュシオンに残るって言うんだったら俺も残る! たとえ、他のロイヤルガード達と戦うことになろうともな)
 ラルクは砕音を病室まで車イスで連れていくと、抱き上げる。
(それによ……また、大切な家族を失っちまうのは勘弁だしな……)
 ベッドに移す代わりに抱きしめられ、砕音は不思議そうな顔をする。それからラルクの顔を見つめ、軽く唇をあわせた。