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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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リアクション



アスコルド大帝

 使節団一行が、それぞれ仕事を始めると、にわかに騒ぎはじめる者がいる。
「ヒャッハー! 性帝陛下と大帝が対決するって聞いたぜ!
 性帝砕音陛下を帝国までエスコートするぜぇ〜」
 誰あろう性帝砕音軍南 鮪(みなみ・まぐろ)だ。
 当の砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)はぽかんとしている。
「アスコルド大帝に謁見なんて無理じゃないか?」
 しかし白輝精が言う。
「さっき宮殿に、あなたが行くって伝えたわよ」
「……あ?」
「性帝砕音軍が大帝に会うって、そのモヒカンが言ってたから、特使として何か用事でもあるのかと思って」
 白輝精が鮪を指す。
「……」
 性帝砕音軍は砕音の指揮で動いている訳ではないのだが、事情を知らない者にはよく分からない事だ。
「だったら、いい機会だ。大帝にじかにお土産を渡しに行くか」
 砕音は「供物」として持ってきた箱を出してくる。中身は、いわゆるホームプラネタリウムだ。砕音の手製で、電気ではなく機晶石で動き、また映し出すのはパラミタの星々だ。
 もっとも使節団メンバーの多くは、そんなバラエティショップにありそうな品を、パラミタ最大最強の国家エリュシオン帝国の皇帝への供物として良いのだろうか、と疑問に思っていた。
「私も行くわ!」
 使節団西側代表のテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)も砕音に同行しようとする。
 しかし白輝精がテティスを止めた。
「待ちなさい。あなたは行っては駄目」
「えっ……どうして?!」
 白輝精は改まった調子で、彼女に説明する。
「帝国における十二星華計画って知ってる?
 選帝神にして七龍騎士のカンテミール公が進める計画よ。手に入ったシャンバラの十二星華を洗脳してシャンバラに送り込んだ計画。でもティセラたちの洗脳が溶けて計画は失敗した……と思われていたわ」
 白輝精の言葉尻に、テティスは眉をひそめる。
「どういう事?」
「帝国でも、計画を失敗させたカンテミールがなぜ失脚しないのか噂になっていたけれど……実は、十二星華計画はまだ終わっていないようなのよ」
「なんですって?!」
 テティスは色めき立つが、白輝精は肩をすくめる。
「ただ、計画が何を目指しているかとか、くわしい事は知らないし、私でも教えてももらえないのよね。
 とにかく十二星華のあなたを大帝の御前に出す事は、危険だと思うわ。あの半分機械のおっさんをつけあがらせる気はないし」
 テティスはきょとんとする。
「半分が機械って?」
「カンテミール公って、そうなのよ。かわいい女の子たちに何か企んでるなんて、とんだロリコン変態だわ」
 白輝精としては、カンテミール公の計画があるからと帝国が旧鏖殺寺院への協力を渋った経緯がある為、彼の事は良く思っていないようだ。
 テティスは使節団東側代表高原 瀬蓮(たかはら・せれん)や他のメンバーに、代わりに砕音に同行してくれるよう頼んだ。
 瀬蓮は彼女の頼みを引き受ける。
「うん、いいよ。瀬蓮は前に修学旅行でも、アイリスのお父さんに会ってるから大丈夫!」

「ドルンドルンドルン」
 大型バイク型機晶姫ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)が砕音の前に現れる。
 安全に砕音を運ぶ為に、自分が彼を乗せて行くと主張しているのだ。
「宮殿になら、テレポートで飛ばしてあげるわよ?」
 白輝精が言うと、性帝としての自負があるハーリーは「ドルルルル」と不機嫌な唸りを上げる。しかし砕音は白輝精の申し出を断った。
「じかに帝都を歩いた方が土地勘がつくからな」
「ドルルンドルン」
 メモリープロジェクターで帝都内の様子を記録するつもりのハーリーは喜んだ。
 砕音を座席に乗せると、腹に響くエンジン音を巻き起こす。
「どけどけェ〜性帝陛下のお通りだぜ! 世紀の対決! 性帝VS大帝! エリュシオン世紀末大決戦だぁ〜!」
 鮪が蛮声をあげて、一行の先頭を行く。

 帝国の地理を可能な限り覚えたいと考えていた赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)も、一行に同行する。一人で見に行くより、大勢で行った方が目立たないだろう。
(いつか、ここに戦いに来るかもしれません)
 そう考えて目印になる目標物を探していると、子供を連れた妊婦とすれ違う。生まれてくる妹の名前は何にするか、母子で楽しげに話している。
 いたたまれなくなって霜月が目をそらすと、その先では公園で家族づれや恋人どうしが思い思いにすごしている。
 残酷なまでに、帝都は豊かで、そこに住む人々は幸せそうだった。

 宮殿に到着した使節団一行は、エリュシオンの大帝アスコルドの前に案内された。
 怪異に包まれた大帝は、一行を睥睨する。
「女王の見舞いに来た汝らが、我に謁見とは何用か?」
 用、と言われて砕音は困る。とりあえず鮪を大帝の前に押した。
 鮪は大帝に向かって、傲然と語り始める。
「ヒャッハァ〜! 流石大帝と名乗るだけはあるぜ、性帝陛下の価値を少しは判っているようだなァ〜
 この南鮪、四天王やロイヤルガードなんてぇちっちぇえサラリーマンな立場を超えて大荒野に影響力──パンツ業界的に──を持つ男だぜ。手を組んで損は無いと思うぜ!」
 大帝は珍獣を見る目で鮪を見ているが、彼は大帝が自分の話に聞きほれているのだと思いこむ。
「まだあるぜ! この国のパンツ事情だァ〜! 大事な大事な愛娘の下着事情に気を使えないようじゃ一流の帝とは言えねえからなァ〜。下は大事だぜ下はよォ〜? 下々の民から下着に至るまで大事だって天下人で魔王な信長のおっさんも言ってたしよォ〜!」
 鮪に名前を出されて、第六天魔王織田 信長(おだ・のぶなが)が口を挟む。
「誤解しないでもらおう。こやつとは他人ぞ。
 おぬし、化け物のごとき量の目だが、選帝する力もその目か?」
 大帝は無数の眼を、ぎょろりと動かした。
「選帝を行なうのは選帝神。我は彼らによって選ばれた者よ。
 また、この怪異があったがために皇帝に成ったのではない」
 大帝が答えていると、その前に一同をかき分けて種モミの塔の精 たねもみじいさん(たねもみのとうのせい・たねもみじいさん)が飛び出し、土下座した。
「大帝殿! ここ帝都ユグドラシルに、新たな種モミの塔の建設をお願いいたしたい!  今日より明日なんじゃ、この地の明日の為にも必要なんじゃ! わしは種モミを巻いて命をはぐくむ大切さを帝都でも広めたいのじゃ」
 大帝は、震えながら懇願する老人を見下ろす。
「我がエリュシオンの国土は、パラミタ随一の豊かさを誇る。我が国の穀物とその生産開発事業は、他国の追随を許すものではない。
 だが自国の農業を支援し、我が国で学びたいというのであれば、好きな場所に土地や建物を買おうと、借りようと好きにするがいい」
 要は、種モミの塔をエリュシオンの法律に従って建設したり開設するのは自由だが、特に支援もしない、という事だろう。
 鮪がたねもみじいさんをぶぎゅっと踏みつけ、ふたたび大帝に宣言する。
「その気があるなら、帝国に力を貸してやってもいいぜぇ〜。帝都ユグドラシルのパンツ界を世紀末パンツ界とし盛り上げるのだ! ヒャッハ〜」
 大帝は動じた様子もなく聞いた。
「辺境の蛮族が、帝国に力を貸すとは如何なる事か?」
 それまで鮪に任せていた砕音が、ようやく前に出る。
「そのお言葉、大帝陛下はお若い方ですのでご存知かどうかは存じませんが、五千年前を知るシャンバラ人に対しては失笑を誘いかねませんのでご注意させていただきます。
 帝国が殊更以上にシャンバラを蛮族扱いするのは、五千年前に大陸の覇者として君臨していた古王国シャンバラに対する、第二国の恐怖や不安、嫉妬に裏打ちされたもの。あるいはパラミタを滅ぼしかねないテクノロジーとも結託したシャンバラへの、本能的な恐怖ゆえでしょうか」
 大帝は無数の眼で砕音を見すえる。
「フ……汝は、さしづめ裏切者の宇宙人か」
「宇宙人に知り合いはいないので、裏切るも何も……。
 そうそう、宇宙で思い出しました、大帝への贈り物を持参いたしました。お納めください」
 砕音は持ってきた手製のホームプラネタリウムを差し出す。
 厚いカーテンを引いて室内を暗くすると、機械をオンにした。壁や天井に美しい星空が映し出される。
 大帝の護衛騎士も使節団の生徒も、微妙な表情だ。綺麗ではあるが……。
 大帝は何も言わず、ホームプラネタリウムを手に取った。映し出される星空が流れ出し、よく言えば「星空を飛んでいるような」光景になる。
 アスコルド大帝はおかしげに笑うと、表情を改める。
「素晴らしい技術だ。汝の行動はエリュシオンに道を指し示した。特使砕音よ、今後も帝国の為に尽力せぬか?」
 同行する西側生徒たちが、ハッと身を固くする。しかし砕音は言った。
「まだシャンバラで授業したい事もございます。大帝陛下がおっしゃるならば宇宙人の痕跡も、かの地で捜索させていただきましょう」
「ならば留めはせん。その方が我にとっても良き結果となろう。
 しかし白輝精の愛国心を確認しようと考えたのが、このような結果になるとはな」
 大帝は満足げな笑みを浮かべる。彼は女王への『眼』の埋め込みを任せる事で、白輝精の忠誠心を計ろうとしていたようだ。
 周囲の者は二人の会話に、ほっとしながらも何の事か分からないという顔をしている。
 砕音は懐から一通の手紙を出した。
「それから使節団に託された女王陛下への手紙の中に、アルコルド大帝宛ての手紙がまぎれておりました。お渡ししておきます」
 それは雷電の精霊チチ・メイリーフ(ちち・めいりーふ)タタ・メイリーフ(たた・めいりーふ)が書いた手紙だった。
 大帝は一瞥して言った。
「我が名は、シャンバラの子供にも浸透したか」
 大帝が手紙を見ている間、砕音がヒマそうだと思ったのか、瀬蓮がさっきから気になっていた事を小声で尋ねる。
「先生、この綺麗な星は何ていうの?」
 瀬蓮は無邪気な笑顔で、壁に映る星を指す。そのとたん、その星がズームアップされ、光り輝く古代文字が現れた。
 瀬蓮は「わあ、きれい!」と喜ぶが、大帝と砕音は唖然として、それを見ていた。
「高原……おまえ……」
「?」
 青ざめた砕音のつぶやきに、瀬蓮はきょとんとする。
 突然、大帝がおかしくて堪らないという風に笑い始めた。
「そうか……そうか……! 我は実に運が良い! 探し求めずとも、我はすでに求める者を手に入れていたのだな!」
 アスコルドは笑いながら、瀬蓮に言った。
「これからもアイリスを……我が娘をよろしく頼むぞ」
「はい!」
 瀬蓮は元気よく返事をした。