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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

リアクション

 味方の砲撃で敵竜兵の陣形が崩れ、相互に連携を取ることが困難になる瞬間を狙って、涼介の駆る『ソーサルナイト』が装備したマジックブレードとマジックソードでワイバーンやドラゴンの翼を狙い、戦闘続行不可能へと追い込んでいく。
「くっ……たとえ援護砲撃があるからといって、近接戦では我ら龍騎士、決して引けをとらん!」
 砲撃の薄くなったのを狙って、二騎のワイバーンがソーサルナイトに近接戦を挑む。
「クレア、マジックチャージャーの起動を!」
「マジックチャージャー起動、いつでもいけるよ、おにいちゃん!」
 両側から挟み込むように襲いかかるワイバーンに対し、涼介は近接兵装の特徴であるマジックチャージャーを起動させ、一時的に得られた加速で片側のワイバーンへ斬りかかる。
「なっ――」
 兜の奥に、驚愕に歪む表情を残して、搭乗するワイバーンの翼を断ち切られた龍騎士が地上に落下していく。もう片方の龍騎士は、爆発的な加速力を発揮したアルマインを目の当たりにして、太刀打ち出来ないと判断したらしく後退していった。
「今のような使い方を時折混ぜていけば、敵に対してもしばらくの間、優位に立てるかも知れないな。魔力消費は激しくなるが、聖霊の加護を施すことで連続使用も可能と判明したし」
 敵を退け、一息ついた涼介が口にする。『聖霊の力』の効果は本来意図したものではなく、魔力補給に使えないかと試してみたところ、マジックチャージャーの魔力回復量が跳ね上がったことから判明したものであった。アルマインの魔力総量は回復しないものの、個々の武装の魔力回復量を上げることが出来るようである。
 これは、敵にとってみれば、突然予期せぬ行動を起こされることに繋がるため、使い方次第ではより大きな効果を見込める。瞬間的に加速する、瞬間的に威力が上がるという効果は、それが分かっていれば対策のとりようがあるが、分からない限りは敵は常に不意を打たれるし、味方は意図した瞬間に不意を打てる。それは敵の積極的な行動を阻害することに繋がり、結果としてウィール支城の防衛に寄与することになるのだ。
『涼介さん、聞こえますか?』
 そこに、司令部からの通信が入る。声から通信の相手を察知した涼介が答える。
「セリシアさん、お疲れさまです。どうしましたか?」
『はい、アーデルハイトさんと皆さんのおかげで、アルマインの支援装備を遠隔操作で動かし、ウィール支城に戻らずとも魔力の補給が出来るようになりました。魔力を補給したくなったら、こちらの方に連絡を下さいね』
「ほう、それは凄い。分かりました、その時はお世話になります」
 頑張ってください、と言い残して、セリシアの通信が切れる。
「これだけの支援があるんだ、私達はきっと、この戦いに勝つことが出来る」
 涼介の言葉に、クレアとエイボンがそれぞれ、頷いて応える。

 ……しかし、状況は確実に、イルミンスールの危機へと傾いていた。
 その第一歩は、ウィール支城に向かっていたはずの雪だるま王国の主力部隊が、敵歩兵部隊に捕捉されたという報告から始まった――。

●ウィール支城と雪だるま王国の中間点

「隊長、敵主力部隊への包囲を完了しました」
 報告を受けたゴルドンが、うむ、と頷く。
「ひとまず足は止めた、か。……彼らには同胞を救ってもらった恩もある、出来れば投降という形を取ってもらいたいが……」
 ゴルドンが、誰にも聞こえないようにぽつり、と自らの思いを吐露する。
 しかし、目の前の敵は同時に、多くの同胞を戦闘不能に陥れ、決して元通りにはならない傷を与えた者たちでもある。今後、一滴の血も流さずに戦闘を終えることは、兵士達の士気に多大な影響を与えかねない。
 憎き者を自らの手で倒す、人間は意識無意識に関わらず、そういった状況を渇望していることがままある。
「少しずつ包囲網を狭めろ。突っ込んで余計な被害を出すな。我らの目標はあくまで、ウィール支城の占領だということを忘れるな」
「ハッ、徹底させます」
 命令を伝えるため、伝令が敬礼をして駆け去っていく――。

「近付くんじゃないわよ!」
 カヤノの放った氷塊が龍騎士の最前列で炸裂し、進軍が鈍る。が、それも他の龍騎士が補い合うことで、再び元の進軍速度を取り戻していく。
「あーもー! しつこいったらないわね!」
「落ち着けよカヤノ、氷の精霊があんまカッカすっと、溶けちまうぞ?」
「落ち着けって、あんたね――」
 キッ、と睨みつけるようにウィルネストを見つめるカヤノが、その表情に浮かぶ普段のおちゃらけたものでない、至極真剣な様子に押し黙る。
 当然ウィルネストも、エリュシオンうざい爆発しろと思っていたし、これが一人であれば後先かまわず突っ込んでいただろう。
 しかし、人は自分より持っている度合いの大きい者がいると、その度合いを抑える方向にシフトすることが多い。この場合、ウィルネストよりも突っ込んで行きやすいカヤノがいることで、ウィルネストは流れ、カヤノの抑え役に回っていた。
(お前が死んだらパートナー共々倒れる……ま、そのことをウィルが分かってるとも思えんが、ともかく今はカヤノがいることで無鉄砲振りが抑えられているか。……それよりも、この状況をなんとかするのを考えねばな)
 突っ込んでいこうとすれば持ってきたバットで容赦なく気絶させるつもりだったヨヤが、ひとまずその考えを仕舞い、状況を打開するための方策を思案する。

「あっちゃー、すっかり囲まれちゃったわね。敵は私達の動きを読んでいたのかしら?」
『そんな感じがするねー。……で、実際どうするの、主殿? このままだとボク達、ジリ貧だよ?』
 矢を射掛けて牽制する唯乃に、ミネが頭の中で語りかける。
「そうね……敵が命の保証をしてくれるっていうなら、素直に投降するのもアリかなって思うけど。カヤノもメイルーンもいるし、私も死ぬわけにはいかないしね」
 氷結の精霊長であるカヤノと、氷雪の洞穴の守護者であるメイルーンを失う結果になれば、氷結属性に類する精霊の多くは活動の拠点を失うことになりかねない。また、唯乃はニーズヘッグの契約者でもある。ここで唯乃が死ねば、ウィール支城に向かっているはずのニーズヘッグに大きな影響を与えるのは避けられない。
 しかし、どう見ても前方の敵龍騎士は、こちらを殺す気満々にしか見えない。ディテクトエビルが反応することからも、概ね間違いなさそうである。
「ということだから、死なない程度に無茶するしかないのよね!」
 言い放ち、唯乃が再び矢を射掛けて敵の動きを牽制する。

「ボクが頑張ってあいつらを止めるよ、だからフブちゃんとエウちゃんは――」
「いいえ、私は既にメイルーンさんと契約を果たした身。眠りにつく時は共に、ですな」
「私は最期まで、二人の警備を続けるわよ。それが私の今の役目だもの」
 せめて二人だけでも逃げて、と言おうとしたメイルーンを、吹笛とエウリーズが制する。
「フブちゃん、エウちゃん……」
 言葉は嬉しい、だけどこの場所にいたら……という感情を含んだメイルーンの表情を見、吹笛が口を開く。
「そのような顔は、締め括りには相応しくありませんな。結果がどう転ぼうとも、笑顔でいることが大切です」
 そして吹笛は、聞く者に幸せを呼び起こす歌を口ずさむ――。

 依頼の品をお届けです
 奇跡一件確かに配達
 お代の笑顔惜しまずに
 安い買物だったでしょう?

 容赦ない運命
 疑問や不満ありますか?
 そんな時は用命を
 私が吹雪で掻き乱す

 氷雪の魔法屋
 ヒロイック・サーガに花を添える
 凍えるお客様
 あなたを春へ送り出す

 「時下益々ご盛栄の……」
 違う 気持ちが籠らない
 「これからもよろしく」


「チッ、マズイな。どこも均等に数を揃えてやがる」
 身軽さを生かし、周囲の様子を見てきたマイトが、朔とルイの元に戻り、状況を報告する。
 ゴルドンは第一歩兵中隊の内、輜重兵小隊を除いた四五〇名を自ら率い、残る二中隊からも同様に輜重兵小隊を除いた九〇〇名を三つに分け、正方形状に配置していた。
 これにより、雪だるま王国の主力部隊はどこに向かおうとしても、最低六〇〇名からの攻撃を受けることになる(正方形の角の部分に向かおうとした場合が、最も迎撃を少なく抑えられる。一辺に直接向かおうとすれば、その一辺と両脇の二辺から攻撃されることになるからである)。もし司令官であるゴルドンの元に向かうともなれば、一〇〇〇名以上の敵龍騎士を相手せねばならない。
 それはいくら雪だるま王国の精鋭を集めた主力部隊であっても、不可能に近かった。
(進むもならず、退くもならず、か。
 ……申し訳ございません女王陛下、これが最後の奉公になること、どうかお赦しください)
 この場に美央がいなかったことを唯一の救いとして、朔が玉砕の覚悟を固める。
(私は最期まで諦めませんよ! ニーズヘッグさんとも約束したのです、この戦いが終わったら共に秘蔵の五〇〇〇年もののワインを飲み交わすと。
 互いに無事にイルミンスールに、イナテミスに戻ってくると誓ったのです。誰も犠牲にならず、犠牲にせず戻ってくると、誓ったのです!)
 段々と絶望的な雰囲気が漂う中、しかしルイはここで折れてはならぬとばかりに、強く、強く意思を抱いて敵集団に立ち向かわんとする。

『ごめんなさい、エリザベート校長! 雪だるま王国からこっちに向かっていた主力部隊が、敵歩兵部隊に捕まりました!』
「えぇ!? ど、どうするんですかぁ!?」
『おおよその位置はこっちでも把握していますので、まずはお伝えします。その上で、出来るなら皆さんを助けてください!』
「わ、分かりましたぁ、やってみますぅ」
 ウィール支城に向かっていたニーズヘッグの背上で、エリザベートがそのウィール支城にスタンバイしていたタニアから緊急事態を告げられ、慌てた様子で携帯を仕舞う。
「ニーズヘッグ、位置が分かりますか?」
『ちょっと待ってろ、確かオレとの契約者が二人いたよな。そいつの気配を感じとりゃ……』
 しばらくの間、焦がれるような沈黙が続いた後、ニーズヘッグが言葉を発する。
『見つけたぜ。……ヤベェな、周りそこらじゅう敵だらけだ。完全に囲まれちまってる』
「なんとかならないんですかぁ!?」
『いくらオレでも、全部は仕留め切れねぇ。……ああ勘違いするなよ、殺すつもりはねぇからな。頼まれてもいんだし、テメェらも望んじゃいねぇだろ?』
 ニーズヘッグの言葉を、今が非常事態であることは理解しつつも、皆、否定することは出来ない。
『だったら、一箇所を集中攻撃して、そこから奴らを逃がすしかねぇ。ま、奴らがオレらのやろうとしてることを察するかどうかは知らねぇけどな』
「連絡は取れないんですかぁ!?」
『取ったらバレちまうかもしれねぇだろが。……チッ、こんな時にラタトスクの野郎がくっちゃべってたことが役に立つなんてな。感謝はしねぇぞ?
 ニーズヘッグは地下にいて知らなかったが、ラタトスクとフレースヴェルグはエリュシオン内の数多の戦争を見聞きしてきており、そこで起きたアレコレをラタトスクが面白可笑しそうにニーズヘッグに話していたのだ。
『とにかく、やるんならその案しかねぇ。しかもそれをやった場合、ウィール支城へ向かうのが遅れる。支城が落とされちゃ意味ねぇんだろ?』
「それはそうですが……だからといって、行かないわけにはいきませぇん!」
 エリザベートの意見に、明確に反対できる者はいなかった。
『決まりだな。ウィール支城の奴らには伝えとけ、遅れるってな』
 言って、ニーズヘッグがウィール支城への進路を変え、主力部隊救出に向かう。その間、背上の者たちはウィール支城に到着が遅れることを伝える。
『分かった、こっちは何とか持ち堪えるわ! あと、美央ちゃんにも伝えておくから!』

 そして、主力部隊の危機は、雪だるま王国周囲で監視を続けていた美央の知るところとなる――。