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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【5】無明長夜……8


「オオオオオオオオッ!!!」
 不浄妃は残る一本の腕をヴァラーウォンドに伸ばした。
 空洞を思わせる暗い瞳はすがるように天を見つめ、だらしなく開いた口元は歪み、どこか笑っているようにも見えた。
 それも束の間、すぐさま表情は苦悶に変わる。
 流星の如き伊勢敦の飛び蹴りが、激しく彼女の顔面を打った。
 大きく揺らいだ身体に、すかさず光を放つ蹴打の連撃、追い討ちをかける。
「冷たい身体だ。折角の乙女の柔肌が台無しだね」
 降り下ろされる腕を軽やかにかわしていく。
「本当に君はこんな身体になりたかったのか? 次に生まれる時はもうすこし思慮深くなるんだね」
 身体の捻りを蹴り足に乗せ、一気に蹴り抜いた。
「オオオオオ……!」
「そんな声で泣くんじゃねぇ。てめぇの招いた結果だ。しっかり受け止めな」
 無音歩行でアキュート・クリッパーは不浄妃の周囲に張り付く。
 降り下ろされる拳を回避。巻き上がる土煙に紛れ、両手の刃を一閃させる。
 不浄妃の腕に一文字に線が走り、穢れが勢いよく噴き出した。
「一発じゃ足りねぇか」
 口の端を歪めた彼は、筋力のみで身体を回転させると、その勢いで腕に回転斬りを叩き込む。
 深々と通った剣は最後の腕も奪い去る。不浄妃は憤怒とも苦悶ともつかぬ絶叫を上げた。
 その前に、樹月刀真が立つ。
 その気配、重心、肌を通して感じる空気から、不浄妃の動きの先を行く。これぞ百戦錬磨のなせる技。
 ふと息を止め、間合いを詰めるや、その腕を怪物の口の中に突っ込んだ。
 噛み切ろうとする不浄妃を月夜の放った光弾が阻止する。
「させないわ……!!」
 ラスターハンドガンの透過効果を使用し、正確に口元を狙った銃撃に敵はたじろいだ。
 そして刀真が動く。
「終わりだ……顕現せよ、黒の剣!!」
 不浄妃の口内で光条兵器『黒の剣』を顕在化させるとそのまま斬り下がり、腰元まで一気に斬り裂く。
 されどそこに内蔵はなくただ黒い穢れだけが噴き上がった。
「人の闇か……」


「行くぞ、小龍! 今こそ我らが悲願を果たす時!」
「はっ! 王龍道場の無念、晴らしましょうぞ!」
 白龍と九龍は肩を並べ不浄妃を見やる。護符を手に二人は構えた。
「オレたちにも手伝わせてくれ」
 隻腕の少年日比谷 皐月(ひびや・さつき)は言った。
「おまえは……」
「昨日もそう言っただろ。男な二言はねー。最後まで義理は通す」
「道術のことを教えて頂きましたし、対価は支払わねばなりませんから。お手伝いさせて頂きます」
 雨宮 七日(あめみや・なのか)も同意する。
「逆説、対価以上の働きをすらつもりは有りませんが」
「おいおい、ケチくさいこと言うなよ」
「ビジネスライクなのは皐月と違って馬鹿ではないからです」
「へぇ……ってどう意味だ!」
「その意味すらもわからないほど馬鹿なのですか」
「まぁまぁそのぐらいに」
 薔薇学の鬼院 尋人(きいん・ひろと)は二人をなだめる。
「……早川から事情は聞いてるよ。オレもあんた達を手伝う。決着を着けるのを見届けさせてくれ」
「……物好きな奴らだな」
 九龍は目を細め尋人を見た。
「ただ不浄妃を倒せばいいってもんじゃないだろ。決着は誰かの手で着けるものじゃない。自分の手で着けるものだ」
「よくわかってるじゃないか」
 五人は不浄妃に目を向ける。
 そして、一斉に走り出した。
 敵は床に落ちたウォンドを求め、傷付いた身体で這いながら進む。
 九龍はすかさず護符を放った。ちょうど不浄妃とウォンドの間で静止した無数の護符は結界を生み出す。
「五行結界! 急急如律令!」
 見えない壁にぶち当たり、不浄妃の動きが止まった。
 と、不意にその首がこちらに向いた。
「光条兵器が来るぞ! 全員、攻撃に備えよ!」
「いや、おまえは備えなくていい」
 皐月の言葉に白龍は振り返る。
「仲間の傷はオレの恥って言ったろ。オレがなんとかする、おまえは攻撃だけ考えろ」
「……わかった」
 過ごした時間は短いが信頼に時間は関係ない。
 次の瞬間、空中に解き放たれる無数の匕首。皐月は氷蒼白蓮の棺を前方に展開。降り注ぐ刃から白龍を護る。
 そして、やや後方にいる九龍と尋人も自ら盾を手に護った。
「!?」
例外はねーよ。目的を同じくする全ての人間がオレの仲間だ
「…………」
「すまない。けどすぐに借りは返すよ」
 尋人は先頭に飛び出し、バニッシュで牽制。大分穢れを失った彼女はまともに黒い霧を発生させることもできない。
 握りしめる『黒の儀礼剣』に光を込め一閃、光刃が怪物の胸に十字を刻む。
「オオオオオ!!」
「決着は近そうだ……! おい、怪物! 敵はそっちだけじゃねぇぞ!!」
 皐月はオートバリアの聖気を身に纏い、不浄妃の注意を引く。
 七日も放ったレイスで気を引こうと……するのだが、幽霊は不浄妃には感知出来ない上に攻撃も期待出来なかった。
「おい、やる気あんのか、七日!」
「失礼。チョイスを誤りました……。では、こちらで」
 今度は掌から放った光弾で、不浄妃の肉体を吹き飛ばす。
「師兄!」
「ああ!」
 白龍と九龍は舞うように道袍の裾を払った。裾から飛び出した無数の護符が不浄妃の全身を覆うように貼り付いた。
 二人はまったく同じ印を空に切る。
悪霊退散! 急急如律令!!
 放たれた言葉とともに、不浄妃の身体から黒い霧が弾き出された。
 内包するすべての穢れを失った彼女は、絞りカスも残さず目の前から消滅した。


「……あとはこちらの処理ですね」
 国頭武尊のパートナーシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)は転がるウォンドを手に取った。
 ひやりと冷たい柄から、そこに潜む邪気がかすかに感じとれる。実体を失ってもまだ不浄妃の魂魄はここにある。
 邪悪な意志を完全に絶つため、シーリルは武器の聖化を施した。
 すると杖はガタガタと震え始めた。しかし震えるばかりで一向に取り憑いた魂が出てくる気配はない。
「生半可な方法では取り除けませんか……では!」
 正面にウォンドを構えると意識を集中し体内に格納する。
「うぐ……!」
 胸元を押さえ付けるような酷く歪んだ悪意に思わず嗚咽をもらす。
 しかし、彼女は耐える。自らの額に五芒星の護符を貼り、封印の書に記された破邪の印を結ぶ。
ノウマクサマンダバザラダンカン、悪霊退散!!
 自身を寄り代としたコンロン道術の伝統的キョンシー退治法だ。
 その瞬間、シーリルの身体から黒い霧が弾き出された。霧はやがて塵に代わり、闇の中に消えた。
 幾千の時を生きた恐るべき伝説の怪物はここに完全に消滅したのだった……。