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リアクション
【5】無明長夜……7
「……大尉には二度も殴られるし、隊には溝ができるし、ホント今回の探索行はロクなもんじゃないぜ」
国頭 武尊(くにがみ・たける)はパキポキと肩を鳴らしながら言う。
教導から放校されたオレが言うのも何だが、士官とか士官候補生は、もうちょっと気配りした方が良いんじゃね?
まぁ別に、オレはオレで好きにやれるから構わないけどな。
とりあえず、ここはオレの凄さを大尉や教導連中に再認識させるいい機会だ。
「不浄妃をぶっ倒してヴァラーウォンドを回収してやらぁ!」
火炎放射器を起動すると噴き出る炎に不敵に笑った。
「消し炭になるまでキッチリ焼いてやるから覚悟しやがれ!!」
汚物も消毒する勢いで火炎を浴びせかける。前回同様、炎に対して霧は発生しない。
「はっはっはっ! コイツを喰らってる間は霧は発生できまいっ!」
高らかに笑う武尊だが一個思い違いをしていた。
霧の発生を阻害する目的で炎を浴びせているわけだが、仲間が放つ光輝攻撃は普通に霧で防御されている。
「!?」
炎で霧が発生しないのは炎のダメージよりも再生速度が上回っているからである。
つまり防御する必要がないからである。なので別に炎が霧の発生を阻害してるわけではないのだ。
しかし彼の攻撃が完全に意味がないわけではない。炎の勢いで発生した霧を散らすぐらいには役立っている。
「しょ、消極的に結果オーライ!」
そんな彼を見つめる影がひとつ。
「国頭武尊……。ヤツの放校処分はまだ解除されていねぇ筈だが……」
先遣隊から参戦のケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)少尉はぼやくように言った。
「しかし、放校中の人間の手まで借りねばならんほど、状況は厳しいということか……」
「おらおらおららーっ!!」
その傍らにいるのは神矢 美悠(かみや・みゆう)。
不浄妃の足を止めるため、焔のフラワシによる火炎攻撃をその脚にドカドカと叩き込んでいる。
しかし、そもそも頑強なキョンシー、炎では決定打を与えられない上に、再生の早さもあって成果は上がらない。
「くっそー! 止められ……うわああっ!!」
不意に腕を振り払った不浄妃。とっさに粘体のフラワシで防御するが勢い余って吹き飛ばされた。
すかさず飛び出したケーニッヒは美悠の肩を抱いて壁に叩き付けられる前に助ける。
「危ないところだったな。怪我はねぇか?」
「なんとか。直撃を食らっていたら危ないとこだった。認めたくないけど、あたしのフラワシじゃびくともしない」
「そのようだな。とにかく動きを止めねぇことにはアレを狙えないんだが……」
ケーニッヒは背中に刺さったヴァラーウォンドに目をやった。
「皆、ここが正念場よ! ウォンドを国に持ち帰ろう! ニルヴァーナの門を開き国と民を救う為に!」
「うおおおおおおおおお!!」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)中尉の上げた声が、隊員たちの戦意を高揚させる。
「行くわよっ!!」
ルカルカは掌を前方に向けるや光の閃刃を放った。無数の刃が降り注ぐ……しかし無論それを霧が許すはずもない。
ひとつひとつの威力は小さいため、なんなく刃は弾かれてしまう。だが、それは読み通り。
「霧を誘発させる……! 皆、畳み掛けるわよっ!」
「うおりゃああああ!!」
続き、不浄妃に突撃するのはアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)。
けれども目標は不浄妃ではなくその周囲に漂う黒い霧そのもの。必殺のライトブリンガーを空を斬るように放つ。
「!?」
剣は空中で止まった。
ものすごい反発力で発光する刃が押し返されてしまう……と、身体の小さなアンゲロは弾かれてしまった。
「ちっくしょうー……、ならこいつはどうだ!」
そう言って放り投げたのは光精の指輪。音もなく不浄妃の身体を跳ねた指輪はコロコロとその身体の上を転がる。
勿論、こうして投げつけたからにはただの指輪ではない。
遠く離れた場所から天津 麻衣(あまつ・まい)は式神の術で指輪を遠隔操作する。
そして零距離からの閃光。不浄妃の穢れた肌を焼く。しかし指輪からの攻撃では威力に乏しい。
「オオオ……!!」
わずかにたじろいだものの、すぐに反撃の光条兵器を発動させる。
「来るわよっ!!」
「へっ! そう何度も同じ技を食らうかよ!」
発射される匕首をアンゲロは守りを固め防御する。
ルカルカを守るのは夏侯 淵(かこう・えん)。飛来する攻撃を大剣の腹ですべて受け切る。
後方でタイミングを見計らっていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に首を傾けて合図を送った。
「今だ、ダリル! 大技のあとはあのデカブツも動きが鈍る!」
「私が突破口を開くわ……!」
「頼む!」
残影を引き連れながらルカルカはレーザーナギナタをくるくる左右に振り回し間合いを詰めた。
仲間たちの攻撃に呼吸を合わせ、龍飛翔突の渾身の突きを怪物の方に叩き込む。
まばゆい光の中、噴き出すのは真っ黒な穢れ。改心の一撃に叩き切られた不浄妃の右腕が壁に叩き付けられる。
その刹那を逃さず、ダリルは疾風のように不浄妃の身体を駆け上がった。
「王国の剣として、ブライドオブヴァラーウォンド……回収させてもらう!!」
不浄妃との接触は毒に触れるようなものだ。背中に付けられた無数の傷から穢れが漏れている。
十分な対策をしてきたダリルですらも目眩を覚えるほどだ。
「長く時間はかけられないな……!」
退魔の符をヴァラーウォンドの周囲に貼付けるとレーザーマインゴーシュを根元に突き立てる。
「悪霊退散!」
次の瞬間、不浄妃の身体から大量の穢れが飛び散った。
ダリルは短剣を掴んだまま、背中に刺さったヴァラーウォンドをずるずると引き抜く……!
とその時だった。
「!?」
短剣を刺した部分を中心に不浄妃の背中に亀裂が走った。
支流を無数に持つ大河のように縦横無尽に走ったその傷跡から、凄まじい量の穢れが噴き出した。
「ぐああ……っ!!」
不意を突かれたダリルは意識が飛んだ。背中から崩れるように剥がれ落ちる。
と、彼と入れ替わるように、今度は武尊が背中に飛び乗った。
「うおおおおっ! ここはオレに任せとけぇ!!」
ウォンドを力の限り引っ張る……ずるずる……とまたすこしだけ抜ける。
けれどもやはり穢れには耐えきれず、ものの数十秒で昏倒、ドサリと床に転がった。
「どいつもこいつも頼りねぇな……! ここは我が教導団の意地を見せてやる……!!」
続いて今度はケーニッヒが背中に張り付いた。
「もう随分暴れただろうが。そろそろ死体は眠る時間だ。こいつを食らえっ!!」
ウォンドに魔力を流し込む。
常人ならばひと吹きで昏倒しかねない穢れを一身に受けつつ、全魔力を流し込んで本来の力の覚醒を促す。
刹那、ウォンドが光を放った。その形状……月牙産に相応しい月光のごとき青白い光を放つ。
「オオオオオオ……!!!」
不浄妃の絶叫に伴って、背中に走った亀裂は更に複雑に広がった。
「ぐううう……!! こ、ここかまでか……!」
全魔力を注ぎ込んだケーニッヒはそこを離れる。
ウォンドはあとすこしで抜けそうだった。しかし魔力を使い果たした大量の穢れを浴びた彼に挑む力はない。
「あとすこしだってのに、ちくしょう……」
「冥府の茨よ、来いっ!」
その時、ガクンと不浄妃の身体が沈んだ。
暴れる怪物の前に立ちはだかるのは、仏頂面の魔術師リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)である。
奈落の鉄鎖で動きを封じると、傍らのパートナーに目を向ける。
「今だ、ユノ」
「うん」
花妖精ユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)は戦乱の絆を結びつけたトマホークを放った。
サイコキネシスで軌道を操作しトマホークを2、3周、不浄妃の身体を縛り上げた。
「ここはリリたちにお任せなのだよ」
「いいよっ、ララちゃん!」
「いざ、参る……!」
麗人ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)はエペを胸の前に構え、それから華麗なステップで不浄妃の背後をとった。
随分ダメージを受けた所為だろう、先ほどまでの再生速度はなくなり、一時的に再生が止まっている。
ララは剣をウォンドの根元に突き刺した。
「魂をも切り裂け! ライトブリンガー!」
言葉と同時にまばゆい閃光を剣が放つ。
「オオオオオオオオ!!」
ガクガクと揺れる背中でバランスをとり、その肉ごとウォンドをえぐり出す……!
「く……っ!?」
噴き出す穢れの量も尋常ではない。
なんとか持ちこたえ、最後まで肉を切り裂いたところでララはふっと意識が遠のいた。
ブースターを点火し離脱を図るが途中で失速し落下してしまう。
「ララ!」
あわてて駆けつけたリリはヒールで負傷を癒す。
「すまぬ、ララ。リリの読みが浅かったのだ」
「ウ、ウォンドは……?」
「!?」
リリははっと不浄妃を見た。
「ユノ、ウォンドはどこに消えた?」
「え、ええと……。さっき転がってその辺に落ちたような……あ、あそこ!」
肉ごとえぐり出されたウォンドは床に転がっていた。
肉は本体から切り離されたせいか不気味な煙を上げて消失。ヴァラーウォンドだけがそこに残っている。
「……ようやく巡り会えたな」
竜人カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)はウォンドを拾い上げた。
ケーニッヒの注ぎ込んだ魔力に反応して、ぼんやりとした光を心臓が脈打つように放ち続けている。
一方、不浄妃はぐるるるる……と唸りながら、カルキノスの手にある秘宝を空洞のような目で見つめている。
「視力はないっつっても、こうして見られると背筋が凍るぜ。けどな、そんな目で見られても渡すわけにゃいかねぇ」
くるくるとウォンドを回すと胸の前に構えた。
「はあああああっ!!」
強烈な白光に杖は包まれた。それは浄化の光。
更にフェニックスを召還し、その炎で杖に残った穢れ、そして不浄妃の魂を焼き払う。
「オオオオ……!!」
ウォンドに取り憑く不浄妃にとってこれは本体を直接攻撃されているに等しい
苦悶の表情を浮かべたかと思いきや、その目を見開き、凄まじい速さでカルキノスに突進した。
「がっ!?」
カルキノスはとっさに反応しきれず、床を跳ねながら転がった。
そして、ヴァラーウォンドはと言うと、天井近くに上がりくるくる舞っている。