リアクション
* 「瀬蓮、大丈夫か?」 6人の先頭を走る山葉 涼司(やまは・りょうじ)が背後を振り返る。 こちらも6人の最後尾を、何とか遅れまいと付いていく高原 瀬蓮(たかはら・せれん)は、うん、笑顔でと頷く。 「アイリスだって頑張ってるんだもん、これくらい平気だよ」 「無理せずに、辛かったら言ってくれ」 ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)が気遣えば、王 大鋸(わん・だーじゅ)がスピードを緩め、瀬蓮の横で豪快に笑った。 「平気だよなぁ、まだ始まってもいねぇんだぜ! こんなところで倒れるわけにゃいかねぇよなぁ! ……ま、倒れても俺が背負ってやるからよ、安心しな」 「うん、ありがとう」 「……見えたわ。バリケードよ。既に巨大スポーンとの戦いは始まってるようね」 李 梅琳(り・めいりん)の視線の先には、簡易なバリケードと、国軍・空京警察の人間が居並んでいる。バリケードの内側には、盾を構えて並ぶイコンたちがいた。 そして更に先。ビルの合間からちらちらと見えるイコンの影。彼らが構える銃や剣は本来アイリスに向けられたものであったが、皮肉にも今は、巨大なスポーンの塊との戦闘を繰り広げていると聞いている。 聖アトラーテ病院と周辺地区は今や戦場と化していた。 だがバリケードの手前には、カラフルな制服の手に手に剣や杖を持ち、鎧を纏う大勢の少年少女たちの姿があった。瀬蓮たちの願いを聞き届け、アイリスや地区内に取り残された人々を救うために集まった学生たちだ。 瀬蓮の顔を認めると、生徒達は次々に6人を守るように集まってくる。口々に大丈夫?、とか、絶対に守る、とか、励ましの言葉をかけてくれた。 「こんなに集まってくれるなんて……ありがとう!」 瀬蓮はぺこりと頭を下げる。それを嬉しげに見ながら、山葉が促した。 「じゃあ、早速行こうぜ。礼ならあとでたっぷりできる」 瀬蓮たちは、国軍の兵士にバリケードを開けてもらった隙間から中へと流れ込み、乗り越え飛び越えしていった。 「シャクティ化……シャクティって、何でしょうね?」 バリケードの内側で、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は彼らの背を見送っていた。病弱で、彼自身の体力も運動能力も一般人並みだという。とても今回のハードな作戦にはついてはいけないと判断していた。 彼が問いかけたのは、近遠のパートナー三人だ。彼女たちは一般的な契約者ではあるが、近遠なりの「考え」を助けるために残っている。「考え」とは思索そのものだ。 「シャクティとは、サンスクリット語で……力、じゃな。創造の働きとか、宇宙を動かしている力とか……そんな意味、じゃったかと」 答えたのは【分御魂】 天之御中主大神(わけみたま・あめのみなかのぬしのかみ)だった。近遠は頷く。 「へぇ〜、そうなんですか? ヒンドゥー教の教義と関係していると聞いたことはありますが……」 「これでも一応、東洋魔術学科の職員じゃからのう……もっとも、専攻は神道・祝詞で、マントラは管轄外なんじゃが」 「いえいえ、参考になりましたよ。多少意味は変わっている可能性はあるにしても、それが昔、パラミタを経由して地球に伝えられた……という事でしょうから、似た意味として考察対象にはなります」 天之御中主大神へと礼を言う近遠に、剣の花嫁アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が声を掛ける。 「アルティアは、イレイザーとか、イレイザー・スポーンとかの、『イレイザー』が気になるのでございます」 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)もアルティアに頷くと、近遠を見上げて、 「近遠ちゃん、『インテグラル』は、どういう意味ですの?」 「インテグラルは、全体とか、総体とか、完全って意味だったかと。イレイザーは、多分……消すモノ、ですね」 こくこくとユーリカは頭を上下させて、 「なるほど〜そういう意味ですのね。それで、実際……対処法として、どうするつもりでいますの?」 「そうですね……ポータラカの方には、何か伝わっている……んでしょうけれど、教えて貰えないでしょうしね」 「ダメ元でも、一応当たってみる価値はあると思いますわよ? 教えて貰えればラッキーですわ」 「それなら、そちらはアルティアが当たってみるのでございます」 『シャクティ化、及びインテグラルとは何なのか? 如何なる現象が、其処で起こっているのか?』 『虚空より現れたイレイザー・スポーンとは、一体、どんなモノなのか? 如何なる原理・現象に由って、現われ・在るのか?』 近遠たちにとっての疑問、謎とはそれだった。だが先にアルティアが聞こうとしても、聞くべき相手は近くにはいない。 近遠は手近な、既に避難が済み閑散としたビル前のベンチに腰を下ろして、科学技術や機晶技術について、持てる知識を総動員して考察しようとした。勿論、本格的な研究には人員、時間も設備も予算も必要だったから、今知っている範囲でのものに留まる。 しかし地球の最先端技術については、地球上にスポーンが現れたという話は未だ聞かないし、機晶技術との関係もないように思える。スポーンがいったいどういうものなのか、検討がつかない。 「シャクティ化とはシャクティになることですよね。ポータラカの人が肉体を捨てた事に意味があるのなら、変質は肉体からで……精神は無事なんでしょうか?」 「大ババ様の様な、スペアボディに魂を移して……って事ですの?」 ユーリカが意外な言葉に眉を潜める。大ババ様とは勿論、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)のことだ。 「まぁ、存在そのものが変質するんならダメなんでしょうけれど、そうでなければ或いは?と」 「アレは、かなり出鱈目ですわよ? そもそもスペアの身体だって、どうするつもり……ですの?」 「まぁ、最悪の場合……ですよ。まずは、これがどんな現象なのか?突き止めてから……です、何事も」 「それもそうですわね。なら、あたしは……そちらの方で動ける準備だけ、しておきますわ」 そう言ってはみたものの。ユーリカだって、どうやってスペアの体を用意するのか、そもそもできるのかも分からない。今からアーデルハイトの助言を得ようとしても、その間にアイリスはシャクティとなってしまうだろう。 * (何処かで誰かが助けを求めるなら! 俺はソレを見捨てない! たとえ無限の敵がいようと斬り開く! アイリス、お前を助ける為に瀬蓮達が今行くぜ。だからちょっとだけ待っていろ) 巨大な鬼刀が、空間を薙ぐ。 魂剛のコックピットから、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はインテグラル・スポーンの群れが両断されるのを見ていた。 引きちぎられたスポーンたちは、その体を宙に舞わせたかと思うと雲散霧消する。そして避けたスポーンたちは魂剛を乗せた機晶馬・イコンホースの四肢を這い上がろうとして、踏みつぶされた。 「唯斗! ルカ達からのデータが来た! 少しだけ移動するぞ! このままだと他の守備隊を巻き込む!」 同乗するエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の声に、唯斗はああ、と頷き、一旦納刀し、イコンホース・黒帝の馬首を巡らせる。 大通りをバリケードの方へ走り戻るとやがて、バリケードの側に、友人のルカルカ・ルー(るかるか・るー)や瀬蓮たちの姿がまもなく下方に見えてきた。 唯斗は声を張り上げた。 「やっと来たか山葉ァ!」 その声に契約者たちは立ち止まって鬼鎧を見上げた。 「良いか、時間が無いのは解ってる。だから最短距離を最速で行くぞ! 安心しとけ、絶対に道を届かせる! ちょっと揺れるから瀬蓮をちゃんと守ってろよ」 鬼鎧はイコンホースから飛び降りると、背中のマントを取り外して道に広げた。舞い上がる土埃から顔を庇いながら、山葉が叫ぶ。 「待て、もしかしてこれで運ぶつもりか!?」 「そうだ、腰に固定する。エナジーバーストでイコンホースの黒帝ごと包むバリアを発生させ、病院までの道を一直線に突貫する!」 確かに唯斗の操縦技術であれば、かなりの速度が出る。病院まで一直線だろう。だが……山葉は首を振る。 「ちょっと待て……悪いが、瀬蓮が耐えられそうにない」 たとえ機体の損傷を最小限に抑えても、イコン、それもイコンホースの速度ともなれば、相当揺さぶられ、風圧だけでもかなりのものだろう。まだ体力があり、一般的な契約者としても強いと言っていい山葉ならともかく、瀬蓮は強がっているものの重病人だった。 とはいえ、病院までの道のりは遠い。そこまで走らせるのも酷に思えた、その時。 「皆さん、こちらに乗って下さい!」 スピーカーを通した少年の声が聞こえて、山葉たちが振り返ると、一体の無骨なパワードスーツが傍に立っていた。すぐ横には大きなトラックが止まっている。 「瀬蓮さんも、契約者の皆さんも。まだ乗れます」 「ああ。瀬蓮、乗るぞ」 「……うん」 唯斗は、山葉に促されて口元を苦しそうに抑える瀬蓮が開いたトラックの後部から乗り込むのを見届けると、 「分かった。お前らの帰り道は此処で確保しとくからさっさとアイリス助けて帰って来い」 唯斗は山葉に声を掛けると、黒帝に飛び乗り、大通りをこちらへと流れてくるスポーンの群れに突っ込んでいった。 「黒帝! 邪魔する全てを踏み砕き駆けろ!」 エクスが良く通る声で通りに向けて叫ぶ。 「スポーン如きが何万匹集まろうとも! わらわと唯斗と魂剛にかなうと思うな! 我等は悪を断つ剣! 切なる願いの希望! 奇跡の担い手! 格が違うと知れ!」 鬼刀から放たれる神速の斬撃が、通りのスポーンを薙ぎ払っていく。 |
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