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リアクション
弟いぢり
京都行きの新幹線。
車窓から見える冬枯れの景色に、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は今年も紅葉を見逃してしまったことを思う。
道中の手持ちぶさたを紛らわせるように、亜璃珠は携帯メールをチェックしていった。
中身の多くは、地球にいる学友の年の瀬の挨拶だ。差出人の性格や付き合いを表すように、中には丁寧に地球の現状を知らせてくれているものもあり、会わなくなってから随分経つのに未だに当時のあだ名、『御前様』と呼ぶフレンドリーなものもあり、と読んでいて飽きない。
日本の百合園女学院に通っていた頃の亜璃珠は猫っかぶりで、少なくとも表面上は今のように誰彼構わず手を出したりしない、ただの『気が強くて厳格な人』だった。御前様というのは、そこからついたあだ名だったりする。
ただ……それはやはり表面上、であって、昔唾をつけた子はちゃんと存在していて、年の瀬の挨拶メールにまじってその子たちからの『その手』の連絡もあったりする。
(ま、新年まで昔の女の尻を追いかける卑しいのは放っておくとして……)
あっさりとその手のメールを無視すると、でも、と亜璃珠は自分のブラウスの開いた胸元を見やった。思い返せば、パラミタにきて随分と大胆になった気がする。そう言えば、駅でも胸元に注がれる視線が多かった、と今更ながらに思い出し、亜璃珠はふふっと笑みをこぼした。
亜璃珠の実家は京都に建つ豪邸だけれど、立地の割に和風情緒は少なく近代的な造りになっている。
帰った時は両親共に海外を飛び回っていて不在だったが、今年は家族で初詣に行く予定になっているから、年が変わる前には帰ってくるはずだ。
お帰りなさいませと頭を下げてくる使用人に挨拶を返しながら、亜璃珠は一通り部屋を回り歩いた。幾つか新しくなっているものはあるけれど、概ね大きな変化は見られない。
それを確認し終えると、亜璃珠は弟の崩城 大悟の部屋に行った。
「あ、お帰り」
ベッドに寝転がって写真雑誌を眺めていた大悟が、入ってきた亜璃珠に気づいて起きあがった。
ただいまと軽く答えながら見回した弟の部屋は、相変わらず風景写真で溢れている。春夏秋冬、あちこちを回って撮ってきたらしき写真の数々に、人物のものはない。
(これはまだ浮いた話はなさそうね)
そんなことを考えて苦笑しつつ、亜璃珠は大悟が話してくれる家族の様子等の話に耳を傾けた。
「御神楽環菜のことがあってからはこっちの情勢も安定しなくて、父さんも母さんも忙しそうなんだ。年末からは家にいるように予定を組んでいたんだけど、そうも言ってられなくてさ。けど、初詣に間に合うように大車輪で仕事を片づけてくる、って飛び出してったから、もうそろそろ戻って来るんじゃないかな」
「別の世界とは言っても、パラミタと地球は無関係ではいられないものね」
私も頑張らないと、と亜璃珠が言えば、それなんだけど、と大悟は話し出す。
「俺、パラミタ進出を最終目的に、魔術を学ぶためにヨーロッパに留学しようと思ってるんだ。俺も姉さんみたいに、家のためにやれることやってみたいんだ……。それに、海外の風景も見たいし」
「写真に撮るために?」
「うん。いつか……父さんたちが仕事中に何気なく通り過ぎている景色は実はこんなに綺麗なんだ、っていうのを見せつけてやりたいんだ」
カメラ小僧な弟は、マイペースな両親と気の強い姉に挟まれて育った苦労性。尻に敷かれるタイプだと思っていたけれど、彼は彼なりに自分の意志を固めているらしい。
その成長は姉として嬉しいのだけれど。
「そっか、留学したらしばらく会えなくなるのね」
それじゃあ、と亜璃珠は大悟に言った。
「2つお願いごと。1つは……私の写真を撮って頂戴、とびきり綺麗にね。現像はあなたと私の2人分」
風景写真ばっかり撮っている弟へ、愛情をこめたお願い。
「そしてもう1つは……」
折角だからの遊び心で、亜璃珠は大悟をベッドに押し倒した。
「な、何するんだよ」
「ふふ。あなたの初めて貰ってあげるわ」
「ちょ、冗談。待てって……」
焦って全力で抵抗する弟に、亜璃珠はにっこりと余裕で笑いかける。
「大丈夫、お父様が帰るまでには終わらせるから♪」
「だ、誰か……ぎょえええーっ! うっぎゃあああああ!」
大悟の悲鳴が年の瀬の邸内に響き渡った――。