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リアクション
花のワルツ
お揃いのピンクのロマンチックチュチュが、花びらのように揺れる。
アップにした髪にはシニヨンに沿うように白い花飾りをつけて。
バランセ、アラベスク、シャッセ、ソテ、ジュテ……。
落ち着いて、丁寧に。
けれど一番大切なのは、舞台に出る前に先生がかけてくれた言葉通り。
――楽しんでいらっしゃい。
この緊張感も晴れやかさも、すべて楽しんでしまうこと。
小林 恵那(こばやし・えな)が夏に帰省した時、習っていたバレエ教室の稽古場に行ったら、今回の発表会の練習をしていた。そこで先生や仲間に、少しでも出てみないかと誘われたのだ。
今はパラミタという違う場所に住んでいる恵那だから、バレエの皆と1つのものを作り上げるということはなかなかできない。年に数度、帰省した時に顔を覗かせるだけが精一杯だと思っていた。けれど、普段地球にいない自分のことを慮って、先生と仲間たちはこうして恵那が発表会に参加できる機会を作ってくれた。
出る演目は『くるみ割り人形』の花のワルツ。隅っこの群舞だけれど、群舞なだけに合わない動きは目立ってしまう。
夏に来た時に振り付けを覚えて、パラミタにいる間もずっと練習してきたけれど、いざ合わせようとするとやはりタイミングが違う。それをこの数日の稽古で合わせ、本番に臨んだのだ。
予想以上に大変だった。けれどとても楽しかった。
「恵那、凄く楽しそうに踊ってたね。私もまた恵那と踊れて楽しかったよ」
そう言ってくれた友だち、
「小林さん、良かったですよ」
頷いてくれた先生。
みんなみんな有り難くて、何も言えなくなった恵那はただただ感謝の念をこめて頭を下げたのだった。
「姉ちゃんお疲れ」
楽屋を訪ねてきた弟の小林 謙也に声をかけられ、恵那は目を見開いた。これまで、バレエの発表会を見に来ないかと誘っても、そんなの興味ないと断り続けていたのに。
「謙ちゃん見に来てくれたのね、嬉しい。初めてだよね」
「カメラ係だよ。婆ちゃんも来たがってたけど、さすがに歳だからな」
ああそれで、と納得している恵那を謙也は頭のてっぺんから足の先まで眺めた。
「なんかヒラヒラしてるし、化粧濃いし凄いな」
「舞台用のお化粧だもの。遠くから見るためのものだから、近くで見ると怖いよね」
ドーランを塗った上にファンデーションをしっかり伸ばし、粉をはたいた上にアイメイク、ノーズシャドー、チークもびっくりするくらい入っている。
目を大きく見せる為に、アイラインは目でないところに入っているし、瞼がだるくなりそうなつけまつげも実際のまつげから5ミリくらいは上に貼ってある。間近でみたらギャグのような化粧だ。
「……舞台で見たときは馬子にも衣装で綺麗だったような気がしたのに」
「馬子にも衣装、は余計でしょ。でも綺麗に見えたなら良かった」
「失敗とかしなくて良かったよ。姉ちゃんのことだから、すっ転ぶんじゃないかと思ったぜ」
「出番は少しだったからね。でも、皆、一緒に練習したときより数段上手になってて、私が失敗して迷惑かけちゃいけない、ってドキドキしちゃった」
舞台は魔物。普段はまったくしないような失敗をしたり、予想外のことが起きたりするもの。けれど今回は無事に演目を終えられたことに恵那はほっと胸をなで下ろす。
「そういや、出てないときって何してたの? 随分早くから準備に入ってたよな」
「練習もしたけど、大半は裏方よ。子供たちのお化粧とか衣装着替えさせたりで結構バタバタしてたの」
「そうだったんだ……あ、友だちが呼んでるぜ。写真な、カメラは席に置いてきたけど、携帯でいいなら撮ってやろうか」
「ほんと? じゃあ皆に言ってくるね」
身を翻して友だちを呼びに行く恵那を眺め、謙也は呟く。
「思い出は多い方が楽しいもんな」
共に過ごしていた時は興味がなかったけれど、離れてからは姉が好きで一生懸命練習してたものを見るのも良いかと思うようになった。またすぐパラミタに戻る姉だけれど、地球にいる間にできるだけ多くの思い出を作っていって欲しい。
同じように派手メイクをしている友だちを引っ張って戻ってくる姉へと、謙也は携帯のカメラを向けるのだった。