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リアクション
亡き妻に捧ぐ花
寂しい……。
皆川 陽(みなかわ・よう)が里帰りしてしまった為に、家はひっそりと静まりかえっている。
早く帰ってこないかとカレンダーを眺めてみるけれど、出かけたばかりの陽が帰ってくるのはまだまだ先のことだ。
どうして里帰りなんて習慣があるんだろう。
少々恨めしい気分になった後、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)はふと思う。昔自分が住んでいた辺りはどうなっているのだろうか、と。
5000年前。シャンバラ王国の騎士として生きていた頃、テディの屋敷は旧シャンバラ王都の一角にあった。
変わってしまった周囲の風景に戸惑いながらも、記憶を頼りに自分の屋敷が建っていたと思われる辺りに行ってみたが、やはりというか、そこには何も残っていなかった。
恐らくこの辺りが門、あの辺りが玄関で……そんな風に在りし日の屋敷を描き出しているうちに、テディは過去の追憶に引き込まれていった。
最初に妻のマリエッタ・アルタヴィスタに会ったのは何歳の時のことだったろう。
親同士の約束で、生まれた時からテディに嫁すことが決まっていたマリエッタは、結婚前も親に連れられてアルタヴィスタ家を何度か訪れていた。
綺麗な金髪のロングヘアを肩に掛からせて、いつも静かに微笑していた。
彼女と将来結婚するのだと言われても、ああそうかと思っただけだった。テディにとっての結婚は、好き嫌いでするものではなかったから。
14歳で元服したテディに、マリエッタは12歳で嫁いできた。
恋愛したのでもないから、燃えるような恋はなかった。けれど、一緒になってからの自分たちには、確かに愛はあったと思う。
「テオドア様」
優しく呼びかけてくるマリエッタの声は優しかった。
腕にかけられた細い指の感触さえも、目を閉じれば蘇る気がする。
けれど共に暮らしたのは1年ほど。
テディは騎士として戦場に出……そしてあの儚げな人を残して、テディは戦死してしまった……。
繊細な人だったけれど、堪え忍ぶ強さも持っていたマリエッタだけれど、テディの戦死の報を受けた時はきっと泣いただろう。
それくらいテディを愛してくれた人だった。
――必ず帰ってくる。
マリエッタの生きているうちには果たせなかった約束。
遅くなってしまったけれど、今それを果たそう。
「ただいま、マリエッタ」
屋敷があったと思しき辺りに、テディは妻の好きだった花を手向けた。繊細な見た目なのに冬の寒さに耐えて咲く、まさにマリエッタのような花を。
何千年も前に死んでしまっているはずの彼女だけれど、花を捧げる今だけは、テディとしてでなく、彼女の呼んでくれたテオドアとして。
「……忘れてないよ」
今は陽によって与えられた二度目の生を生きているけれど、マリエッタとの思い出は深く胸に刻まれている。
どれだけ生きても、何度生きても過去は決してなくならない。
人が生きている限り、過去は限りなく積み重なってゆくものだから――。