|
|
リアクション
洞穴の誓い
洞穴までの道は雪に埋もれていた。
掻き分けるそばから雪はさらさらと崩れてゆく。
「あー……そうだよな、誰もこんな雪山に好きこのんで登るわけないよなぁ……」
ここは、北海道は道央の片田舎。実家近くの山の中腹を、風森 巽(かぜもり・たつみ)は半ば雪に埋もれながら進んでいた。
雪に隠れてしまっているかも知れないと危ぶんだのだが、洞穴は白の中にぽかりと黒く口を開けている。中に踏み込んでみれば、洞穴の先はすぐに崩れて塞がっていた。
そう、あの時のままに。
姉の風森 霞はお転婆で、普段から巽、望を引き連れて実家近くの野山を遊び回っていた。
子供の頃の2歳差は大きくて、小柄だったけれどすばしっこくて活発な姉に、その頃の巽は敵わなかった。
「早く早く。こっちだよ〜」
呼びかける姉に遅れまいと、必死について行ったものだ。
そしてあの日――。
巽と霞は山中にあるこの洞窟を探検に来た。
「誰もいなかったら、ここを秘密基地にしちゃおうよ」
わくわくするような探検。けれどそれは突然断ち切られた。
震動と共に伝わる不気味な唸り。
ぱら、ぱらぱら、ばらばらばら……小さな小石が転がり落ちてくる。
何なのだろうと立ちすくんだ巽を、思いっきり姉が突き飛ばす。
弾みで巽の靴の片方が飛び、つんのめって転んでからも身体が先に滑るくらいの勢いだった。
次の瞬間。
轟音と共に土砂が崩れ落ちた。
霞に突き飛ばされた巽は土砂崩れに巻き込まれずに助かった。けれど姉は土砂に埋まり、掘り出された時には既に亡くなっていた。
姉に助けられたこと、姉を助けられなかったこと。
その場にいて何も出来なかった自分が悔しくて、悲しくて。
そんな無力な自分が腹立たしくて、ただただ強くなりたくて剣術に打ち込んだ。
けれど、それが間違いだと教えてくれたのがティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)だった。
目的もなく、ただ強さだけを求めるのは間違いだと諭され、姉を助けられなかった自分の罪を償う為に、パラミタに渡って誰かの役に立つのだとここで誓った。
同じ想いをしたくない、させたくない。それが巽がヒーローに憧れる理由であり、仮面ツァンダーソークー1としての出発点でもある。
だけど。
パラミタに渡って、今度は沢山の人に教えられた。
罪を償うために人を助けるのではないのだと。
贖罪を理由に戦うなんてのは、自分の意思を放棄しただけ、ただ逃げているのと同じなんだと。
――だから、今日巽はここに来たのだ。もう一度、姉に誓い直すために。
「もう一度誓うよ、姉さん。自分の意思で、自分で決断して、たとえそれが間違いだったとしても、前へと進んでいくことを……」
近況報告は墓ですませてきたけれど、この誓いだけはこの場所で。
巽は優しかった姉へと誓った。
その背に、
「もしやと思ったけどやっぱりここだったんだね!」
場違いなほど明るいティアの声がかけられた。
「どうして我がここにいると?」
「だって、お墓参りには昨日行ってきたし、となるとここかなって。来てみたら雪を掻き分けた跡があったから、やっぱりと思ったんだよ」
そう言うティアを見つつ、そういえばティアと契約したのもこの山にあるまた別の洞穴の中だったことを巽は思い出した。
強くなろうと山で修行をしていた巽が熊に追いかけられ、足を滑らせて落ちた穴、そこにティアが眠っていたのだ。ティアが寝ぼけて熊を光条兵器でぶん殴って吹っ飛ばしてくれたから巽は助かったものの、もうあんな状況に陥るのはこりごりだ。
結局その熊はティアに怯えてすっかり服従し、クマタローなんて名前をティアからもらってまるでペットのようになっていたっけ……。
よくよく自分はこの山の洞穴に縁があるらしいと巽は苦笑した。
「ほらタツミ、ご飯の時間に間に合わなくなるから早く帰るよ。……あれ、何これ?」
巽を促しかけたティアは崩れた土砂の下から覗いていたものを引きずり出す。
「運動靴……? 名前が書いてある……ってこれタツミの?」
はい、と髪の色を覗けば姉そっくりのティアが巽にぼろぼろになった運動靴を差し出した。
――――どこまでも歩いて行くのよ、たっちゃん。
もう、何にも囚われないで、前だけをみつめて、ね――――