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リアクション
お餅はいくつ?
契約者の能力をもってしても、これに拉致されると抵抗できない魔性の器具があるのをご存じだろうか。
そのものの形は概ね四角。正方形のものが多いようだが長方形のものも勿論ある。円形のものも存在するが、四角のものの方が遙かに多い。
その四角の四隅に脚が生えた形が基本だが、これだけでは用を成さない。
ふっくらした専用の布団を掛けた上に、布団のずれを防ぐ為、またその上をテーブルとして使用する為に重めの天板を載せる。
もうお解りだろうか。
そう、その魔性の器具の名は……ザ・コタツ!
ってことで、お正月に鎌倉にある実家に帰省した浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は両手足を突っ込み、天板に突っ伏す形でコタツに収まったまま、動く気力を無くしていたのだった。
「翡翠〜、ミカン取ってーな」
ここは浅葱 琥珀(あさぎ・こはく)にとっても久々の我が家。普段のものぐさ加減に加えて完全にだらけきった琥珀は、うつ伏せにコタツにもぐりこんだコタツムリ状態で翡翠に頼む。
この家は翡翠の養母、琥珀の実母が所有していた武家屋敷。風情がある家なのだが、広いためか冬は暖房をつけてもなかなか暖かくならない。従って、自然と皆がコタツに集まってきてしまうのだ。
「はいはい、行きますよー」
コタツの上に置いた籠の中には定番の山盛りミカン。その中の1つを取って翡翠が投げると、琥珀は器用に受けてするするとミカンの皮をむき出した。
「代わりにリモコン取って下さい」
「リモコン?」
「そこにあるでしょう?」
確かに、翡翠の指した所にリモコンが転がっていた。けれど、手を伸ばしてみてもわずかに届かない。ちょっと起きてコタツから出ればすぐの所なのだけれど。
ぬくぬくぽかぽか。
コタツの魔性に囚われている琥珀は意地でも出まいと画策する。
片手でしっかりコタツの脚を確保。その対角線の脚は自分の片足で絡め取ると、片手片足を使ってコタツごとの匍匐前進を開始する。
ずっ……ずずっ……。
これならばコタツから出なくて済む。と思いきや。
「ちょっと、やめて下さい」
コタツの中から伸びてきた翡翠の足に、ぽんと蹴られてしまった。
「横着しないの。ちょっと立っていけば済むことなんだから」
そんな2人の様子を、同じくコタツに入っている北条 円(ほうじょう・まどか)が苦笑しながら軽くいさめる。
昔一時期、この実家で過ごしたことがあるから、円にとっても勝手知ったる他人の家。だから円もここでは自分の家のようにくつろいではいるけれど、元々円の性格は几帳面。
コタツの中に両手足こそ突っ込んでいるものの、翡翠のように突っ伏したり、琥珀のように寝ころんだりはせず、しっかり座った姿勢でいた。
そこに、厨房からアリシア・クリケット(ありしあ・くりけっと)の尋ねる声がかけられる。
「お雑煮のお餅はいくつ?」
日本家屋に入るの自体が初めてだったアリシアは、珍しそうに畳に触れたり、障子を開け閉てしたりと物珍しく動き回っていた所為で、コタツの魔力に囚われずに済んでいる。今も、コタツの虜囚の3人を横目に、嬉々として厨房でお雑煮作り。私服の上に割烹着をつけて立ち働くアリシアの姿は、まるで一家の主婦のようだ。
「4個や。おつゆ多めに入れてなー」
「私は5個お願いね」
琥珀と円が多めなのに対し、翡翠の頼んだ数は控えめの2個。
「あんちゃん、いっぱい食べへんとおっきぃなれんでー?」
すぐさまからかってくる琥珀の足を、翡翠はコタツの中でキック。
「何するんやー!」
兄には負けていられないと琥珀も蹴り返す。
その足を翡翠はがしっと捕まえると、こちょこちょとくすぐった。
琥珀はけらけら笑いながら、翡翠をふりほどこうとコタツの中で身をよじらせる。
目には目を歯には歯を、の応酬はどんどんエスカレートしてゆき、がたんがたんとコタツが揺れる。
途中まではこれも兄妹のコミュニケーションだと微笑ましく見守っていた円だが、それが自分にも被害を及ぼし始めるとそうも言ってられなくなる。
「もうやめなさい」
軽く注意してみるも、そんなのは全く兄妹の耳に届かない。
遂には。
「いい加減にしなさい!」
大音響の円の雷が落ちた。
翡翠と琥珀は慌てて蹴りあっていた足を引っ込める。
「あぅ」
そこにちょうどお雑煮を運んできたアリシアは、びっくりして落としそうになったお盆を慌てて持ち直し、コタツの上に置く。
「お雑煮出来たよ」
お餅は、翡翠が2つ、アリシア3つ、琥珀が4つで円が5つ。何気に円が一番多いのにはツッコミを入れてはならないお約束。
「アリシアは3つで足りるの?」
いつも大量に食べているのにと尋ねる円に、アリシアはうんと頷いた。
「まずは3つで、後は替え玉するからいいよ」
「お餅の替え玉、ですか」
聞いたことのない言葉に翡翠は首を傾げた。けれど皆で楽しく食べられれば良いのだから、と気にしないことにする。
「いただきます」
4人はコタツを囲んで手を合わせると、湯気のたつ雑煮をふぅふぅと食べ始めた。