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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 22 5000年の孤独と苦悩

     〜1〜

 倉庫に行き、アクアの機体を横たえる。中は、見事なほどにがらんとしていた。在庫とも呼べない未使用の新古品は地元のチーマーなどに持っていかれたのだろうか。シャッターが壊れて出入り口が閉められないのが気になったが、倉庫自体より高さのあるレッドが警備についているし不測の事態になっても恐らく対応出来るだろう。灯り等も全く設置されていないので、夜闇の中では人が居ることさえ判らないかもしれない。
「……とにかく、アクアの治療をしましょう。彼女は、まだ生きてます」
 衿栖が言い、レオンが早速作業に入る。確認した所、アクアの機晶石は光っていた。壊れたのは、器だけ。彼は、まず首部分を繋げる所から始めた。声帯部分だけでも修理出来れば話も可能かもしれない。勿論、こちらからは幾らでも話しかけられるが、眠っているのか起きているのか、かつてのファーシーのように仮死状態に陥っているのかが分からない。状態を確認するという意味でも、アクアと話がしたかった。幸い、声帯、それに連なる部分は切断されているだけで損傷はそう酷くない。
 胴体と首の間に何本もの細いコードを繋げ、レオンは衿栖に頷きかける。離れた所に置かれた首と胴というのはホラーな感じがするが、現時点では仕方が無い。
「アクア、アクア……聞こえますか?」
 だが、しばらく待っても反応はない。やはり意識が無いのか、と不安になってもう一度呼びかける。
「アクア?」「誰ですか?」
 声を発したのは、ほぼ同時だった。アクアの声には、時折ノイズが混じるようだ。警戒に満ちた、声。
「私です。あなたを修理しようとした……。あの時、アクアを追いかけた皆、集まってるわ」
 皆が一言ずつ声を掛ける中、アクアの平坦な声が揺れた。
「何も見えない……。ここは何処ですか? 私はどうなったのですか? 感覚が……ああ、手だけは少し残っています。あたたかい、掴まれているような……。……っ!」
 そこで、アクアが悲鳴を上げた気がした。空気が揺れる。
「大丈夫よ。ここに、あなたに危害を加える人は居ない。安心して」
 彼女の手を握ったルカルカが優しく言う。彼女の傷は、リジェネレーションで既にある程度回復していた。
「…………」
 アクアは沈黙する。何となく、力が抜けたような気配がした。美央が現在地の倉庫について説明する。あの現場からの距離や方角を伝えれば、彼女なら大体の位置が判るだろう。
「それを、私に信じろと?」
「……信じてもらうしかありません。今の状態では証明する術もありませんから」
 むー……、と困ったようにうなる美央の代わりに、サイレントスノーが言う。まだ魔鎧状態だ。
「残念ながら、嘘をつく理由が私達にはないのですよ」
 エッツェルも肩をすくめてみせたが、今のアクアには視力が無い。
「時間もそんなに経ってはいません。同じ日付内です。貴女は最後、胴体を貫かれて頭と脚をもぎとられました。ですが、取れた部分は回収済みですから元に戻ることも可能でしょうね」
「元に、戻る……?」
「私達は、朝までアクアを守りながら治療を続ける。治療と言っても、ここでは応急処置くらいしか出来ないけどな」
「応急処置……」
 無感情に、アクアはその単語を復唱した。レオンの言葉を継ぐように、衿栖が言う。
「だから、朝になったら、ファーシー達と合流してライナスの研究所に行きませんか? 鏖殺寺院によって内部にどんなパーツが埋め込まれているか分かりませんし、検査してもらいましょう。今の時点で機体破損はかなり酷いですが、まだ危険なパーツが残っている可能性もありますし、壊れている状態でも排除する必要がありますから」
「……? 何を、言っているのですか……?」
「さっきの奇襲で、多分、アクアの攻撃機能は殆ど動かなくなっていると思います。寺院に施された戦闘用のパーツを綺麗に除けば、造られた、当初の非武装機晶姫の姿に戻すことも出来るかもしれません。……どうですか?」
「待ってください……。理解出来ません。ファーシーと合流する? 私を守って、修理して、昔の状態に戻す……? 私は訊ねられて答えました。ファーシーと…………話したい、という意味の事を。そして私は壊されました。しかし、何故貴方達はそこまでするのです? 理由が、理解不能です。普通に考えて、貴方達は私に敵対するべきなのですよ?」
「……どんな状況でも、何かを『するべき』なんて事はないんですよアクア。あなたの憎しみは、敵対する理由にはなりません。罪人と判断するとすれば、山田をけしかけて行った事がそうなのでしょうが……あなたの歩んできた人生を、塵殺寺院によって歪められた人生を考えれば事情を酌む余地はある。私は、そう考えます。なにより、被害者であるファーシーが、あなたが罰せられるのを望まないでしょうから……」
「…………」
 アクアは、動かない身体で人形のように黙っていた。彼女の体内に工具を入れる機械的な音と、外の雑音だけが聞こえる。どれだけの間、そうしていたか。
「……それでは、私が修理……貴女達は治療というのでしたね……治療をしないでくださいと言ったら、このまま消えるのを望んだらどうするのですか?」
「…………」
 衿栖とレオン、朱里は顔を見合わせた。それぞれの意思を確認したのは、一瞬。3人を代表して、朱里が明確な口調で断言した。
「それでも、治療は続けるよ!」
「……理屈に合いません」
 納得がいかないというニュアンスの声に、衿栖は言う。
「これは、私達が勝手にやること、『望むこと』です。エゴと言われればそれまでの行為です。でも、私達は人形師なんです」
「……何ですか? それは」
「人ならざる人型の造り手。それが人形師です。だから、あなたの製造者が、アクアを最初に造った人がどんな気持ちであなたを造ったのか、私は……本人ではありませんが確証はあります。はっきりと言えます。
 決して不幸にする為に造ってはいない、幸せになって欲しい、そう思っていたはずです。あなたの製造者がこの場にいれば、必ず治療したでしょう!」
「…………これは……」
 レオンの手が止まる。体内で機晶石が点滅したのだ。だが、アクアはその後に何も言わない。そして誰も、アクアの言葉を待たなかった。次の言葉を要求しなかった。その必要性を感じなかったから。其処に彼女が居ることが分かっていたから。
「アクア、アクア、ワルイヤツ? イイ?」
「……モフタン、どうしました? あっ」
 美央の所にいたモフタンが、ばさばさっとアクアの顔の横に着地する。
「モフタン……?」
 聞き覚えの無い、人名っぽくない名前にアクアが訝しげな声を出す。するとモフタンは、いつぞやのように自らの名を連呼した。
「ガーマル、ガーマル、モフタン、モフタン!」
「……? ああ、ガーマルですか……名を変えたんですか?」
 単純に不思議に思ったらしく、アクアが聞く。
「ちがいます、ガーマル・モフタンがフルネームです。ガーマルというかっこいい名前に、モフタンと続く。これは当に名前の黄金比! ちなみに、モフタンは私がつけました」
 えっへん、と得意気に美央は言う。サイレントスノーがすかさず補足を加えた。
「美央が勝手に呼び出したのを、キバタンが受け入れただけですな」
「アクアさんは、モフタンをもふもふしたことはありますか? とても気持ちがいいです」
「ありませんが」
 アクアはそののんびりとした問いに、簡潔に即答した。多分、これまでの答えの中で一番早い。
「じゃあ、いっぱいもふもふしましょう。ライナスさんの所へ行って、無事に修理が終わったらもふもふしましょう。もふもふは正義です」
「アクア、キライ、キライ、コワイ」
「…………」
 間抜けな沈黙が倉庫内に降りた。皆が、何と言っていいものかと「……………………」となっていると、アクアが雰囲気を元に戻すようなKYな発言をした。
「そうですね、ガーマルが私に寄り付いたこともありません。もふもふもさせてくれないでしょう。ですが、それが正常な反応です。貴方達もさっさと出て行ってください。私を独りにしてください。誰かが近くに居ると落ち着かないのです。だから、放っておいてください。朽ちるまで放置しておいてください」
「アクアさん、あなたは、なぜそこまで修理を拒むのですか? まだ、何も望みを叶えていないこの状況で、その発言はいささか矛盾しているのでは? 自暴自棄になるのはまだ早いと思いますけどね」
 エッツェルが言う。そこで、望がアクアに近付いた。
「アクア様……、最初に私があなたを守ろうとした時、何故、と言いましたね。私は、一つはファーシー様が望まないだろうから、と答えました。そして、もう一つの理由ですが……」
 アクアは、ファーシーに電撃を浴びせた直後の事を思い出した。その時に向かってきたガートルードと自分の間に割って入った望が言った事。
「……あなた、本当は死にたいのではないですか?」
「…………!」
 倉庫の中に緊張が走る。その空気をものともせず、望は続ける。
「身体は別物、精神だけは同じ……あなたの言う通り、本来なら狂うか自殺してもおかしくないのにそれもない。何らかの防止機能があるのではないですか?」
「…………」
 ぼんやりと、アクアは思う。それが在ろうが無かろうが、答える義理などは無い。答える気力も沸かない。ただ、最初の言葉にだけは、死にたいのではないかという言葉にだけ……少し言葉が震えた。
「戦闘兵器に改造された事、未完成である事、ファーシー様を憎んでしまった事、そのどれもが自分自身を許せなくなったのではないですか?」
「…………」
「本当に狂っている人は、自分を狂っているとは言わないものです」
 アクアは何も言わない。だが、望の話を止めようともしない。もとより、止める事などかなわないのだが――その話が苦痛とも感じない。
「戦闘兵器だからといって戦わなければいけない理由にはならないでしょう。それを決めるのはあなた次第です。……戦闘兵器であろうと中途半端であろうと、あなたである事には変らない、という事です」
「……私は、戦闘兵器だから攻撃的だったわけではありませんよ。ただ、今回は……この、成り下がった身体を利用しようと思っただけです」
 機械じみた声で、アクアは言う。自分の声が滑稽に聞こえる。だが――
(どうあっても私は私、ですか……)
 そこに、説明は要らぬと言いつつ衿栖達が話をしている間に事情を聞いた山海経がしみじみと言う。
「5000年のぅ……ざっとわらわの2倍以上じゃの。禁書として封じられて来たわが身とでは比較にはならんだろうがの」
「……? 禁書……、魔道書ですか……」
 アクアは、声の主が誰かと考える。すぐには誰か判らなかったが、後から追いかけてきた、背の小さい少女だろうか。金髪のバカっぽい高飛車そうな方ではないだろう。
「改造とは違うがの、わらわも地図を焼失されるわ、解説文を本編扱いされるわ、適当に空想を書き込まれるわでの。だからといって、他の無事な禁書を羨む気は起きぬよ」
「…………」
「ねえ、アクア」
 ルカルカの声が聞こえてくる。
「朽ちるまで放置なんて、そんな事、私は絶対にしない。だって、あなたはまだまだ滅びないもの。身体は滅びても、石の中のあなたは滅びないもの。それなのに放置するなんて……ファーシーのような体験をさせるなんて、出来ない」
「……どういうことですか?」
「アクア、ファーシーはね、ただ眠っていたんじゃないの。途中で目覚めたの。だからこそ、魔物になりかけたのよ」
 そうして、ルカルカは話し始める。友人から聞き、自らが体験し関わった、ファーシーの過去について。