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リアクション
〜2〜
「病院では悪かった。許してくれ」
ライスが謝ると、チェリーは首をゆっくりと振った。
「責められるのは、仕方ない……と、思う……」
山田太郎について触れられた時は確かな怒りを感じたが、だからこそ、彼の怒りの理由も今の彼女は納得できる。『お前にもパートナー、いるんだろ』という言葉は、暫く忘れられそうにはない。
「「…………」」
お互いに次の言葉を発さないまま妙な沈黙が流れ、それを払拭するようにライスは聞く。
「ところで、何かあったのか? 雰囲気からして、退院祝いとかでもなさそうだし」
「ああ、実は……」
チェリーは彼と、集まってくれた皆に改めて話をする。アクアからの電話、その内容について。
「でも、こんなにすぐ、来てくれるなんて……」
戸惑っているのか、チェリーの瞳が揺れている。連絡を受けて、即決で飛び出してきた菫が言う。彼女の表情からは、一分の迷いも感じられない。
「もう、心配しなくたって、手を貸すわよ。だって、放っておけないじゃない」
「チェリーが助けを求めているのなら、俺は無条件で何時だって何処だって駆けつけるさ。乙女のキスにゃ、それだけの価値がある」
なに言ってるんだか、とジョウが呆れる気配が伝わってきたが、トライブは気にしない。前みたいに、居場所が無いとか、私なんかが、なんて悲しい事をこれ以上言わせたくなかった。
「あ、ああ……」
僅かに目を見開いて俯くチェリー。どことなく桃色オーラを漂わせる彼女に、ヴァルが堂々とした声で言う。
「チェリー、もう大丈夫だ」
聞く者が安心するような、暖かく自信のある声でヴァルは続ける。
「よく頼ってくれた。誰かを頼る事は、決して恥ずべきことでも負い目に感じることでもない。弱さを認めた上で、自分の意思で行動に移る。それは、勇気が要る行為なんだよ」
そして、大きな手をチェリーの頭にぽんと乗せ、撫でた。『君を見守る人間がいる』、ということを印象付けるように、優しく。
「帝王……」
ん、と、チェリーは一瞬気持ち良さそうに目を閉じて、それから見返してきた。彼女が動こうというのなら、ヴァルは尽くせる力を出し切ろうと思っていた。ちなみに、彼女は未だに彼の本名を『帝王』だと思っている。その認識は、多分今後も変わらないだろう。
「動く時には、冒険屋として動いてもらうがな」
「冒険屋?」
手を離すヴァルの言葉に、彼女は数度瞬きをした。
「言っただろう、うちはいつだって人手不足だって。何、そう難しいことじゃない。俺達の規律は”依頼者の笑顔を守ること”。それだけだ。手段は、“己の中の信念に聞くだけ”。君自身もまた、そのために何をすべきかを考えて動いてくれ」
己が真に何を望み、どうしたいのか考えてほしい。
その意味を込めて特技の指導で話し続けるヴァルに、キリカが内心でツッコミを入れる。
(そんな規律、ありませんよね。その前に、冒険屋には規律なんてありませんよね)
メンバーの行動を制限してしまうという理由で、特に規律は存在しない。ヴァルが言った事は、彼がチェリーのためについた、優しい嘘である。
依頼者の笑顔を守る。依頼者とは、彼女自身。自分に問いかける行為を通じ、彼はチェリーに、自立した自我を持ってもらいたかった。
(……アクアは、チェリーの居場所を奪うだろう。それが、彼女が最も恐れるカードだと知っているから。だからこそ、負けるな、居場所を自分で作るんだ)
――誰かへの依存ではなく、自立を。
「…………」
少し難し過ぎたか、何を思ってか獣人の少女は黙ってしまう。
「で、チェリーはどうしたいんだ? 色々選択肢はあると思うけど、どういう風に動きたいと思っているんだ?」
「……私は……」
正悟に訊かれ、チェリーは皆を見回した。逡巡している。まだ気後れが残っているようだ。彼女が何かを言う前に、その迷いを断ち切るように、正悟は言う。
「俺達は、チェリーが嫌がってもついて行くからな?」
「…………!」
「そうよ! あたしもついて行くわ!」
菫も勢いよく、断言する。嬉しい。すごく嬉しいけれど、理解出来ない。どうして――
「どうしてだ……。危険かも、何が起こるか分からないんだぞ……?」
「友達だからに決まってるでしょ!」
間髪入れずに、菫は答える。
「危険とかそんなこと、チェリーは気にしなくていいの。これは、あたしが勝手に決めたことなんだから」
「理由に関しては、有って無いようなもんだ。それに、一応パートナーロストの件もあるし病みあがりだし、付き添いというか護衛役は必要だろ?」
「オレも協力する。今回の事件の片がつくまで、チェリーに従うと約束するぜ!」
正悟が言い、ライスも協力を申し出た。話の内容から、彼女自身に問題を起こす気が無いことがわかったからだ。
「護衛でも何でもするから、遠慮すんなよ!」
「チェリーさん」
エミリアも、彼女に優しく声を掛ける。
「さっきも言ったように、私達はもう家族なの。だから、あなたのしたい事や背負う物があるなら一緒に持ちましょ?」
「…………」
チェリーは、呆然としたように彼等を見ていた。初めての経験。暖かい言葉。それは、ちょっと前までいた所とは別世界で。夢のような幻のような、それでも確かな現実で。
ホントウの事だから、受け入れて。素直に受け入れていいんだよ、と誰かがそう言ったような。
やがて、チェリーは口を開いた。
「……私は、ライナス達が無事であるのかどうかが、知りたい……。完全に安全になる所まで見届けたいし、ガーマルが研究所に着いたかどうかも気になる」
それを聞くと、正悟はこれまでより軽い調子で言った。
「ま、とりあえずやるべきことがあるならとっとと終わらせて、帰って皆で飯でも食おうぜ」
最短で研究所に行くにはどうすればいいか。移った話題に対して初めに口を開いたのは、イルミンスール魔法学校の生徒である菫だった。
「エリザベート校長にお願いしてみるっていうのはどう? テレポートを使えば、早く研究所まで行けるわ」
その提案に、皆は顔を見合わせた。確かに、一番安全で早い。何しろ、移動時間は一瞬だ。だが、一つ気がかりな点もある。
「でも、この件では直接関わりが無いし、同意してくれるかしら」
パビェーダがそれについて言うと、菫は携帯電話を取り出した。
「校長なら、きちんと話せば協力してくれると思うわ。話してみる価値はあるんじゃないかな。ちょっと、学校に相談してみるよ」
イルミンスールの電話番号を押し、応対した職員に一通り事情を説明する。その上で校長に代わってほしいと伝えると、エリザベートは蒼空学園に行ったという答えが返ってきた。菫はそう皆に報告し、相談の結果、彼等は蒼空学園に向かうことになった。学園までの移動は、2体のレッサーワイバーンを使う。とはいえ、13人は流石に乗らない。その為、リネン達は時速80キロ以上出る小型飛空艇ヘリファルテを使い、ヴァルとシグノーは軍用バイクで地を行くことになった。残りの9人が4:5に分かれる。ワイバーンの持ち主である正悟達とキリカ、菫達で1組、もう1体の持ち主のトライブ達とライス、チェリーが乗る。
「私はあんなことをしたのに……見捨てないでいてくれるんだな……。嬉しいけど、まだ、少し信じられないんだ……」
それを聞いて、リネンが飛空艇の上から彼女に言う。
「過去の罪なら……私にも、ユーベルにだって……ある。……大事なのは過去ではなく、今と……その先」
「…………」
2人は視線を交わし、語らないままに会話をする。やがて、リネンの言葉を呑み込んだのかチェリーは小さく頷いた。
「そうだぜチェリー。過去の後悔に捕われる必要は無いんだぜ!」
「人間、生きていれば脛に傷くらいあるもんっス。後は、自分が築いたモノに目を逸らさず、その上で笑えるか。それだけっス」
トライブとシグノーが言う。シグノーは昔、17分割されて封印されるくらいに人に仇なす悪獣だったのだが、それは敢えて語らずに、明るく笑う。
「……ああ……」
俯き加減に応えるチェリー。リネンはその表情を見て、彼女と、そして自分自身への決意として言った。
「あなたに……傷はつけさせない……」
一足早く、ヘリファルテは上昇を始める。その後部座席でユーベルは思う。
(……こういう感情を、親心というのでしょうね。いつのまにか、リネンには教えられる立場になっていましたわ)
リネンに向かって、彼女はそっと話しかける。
「……ありがとうございます、リネン」
「……え?」
振り返ったパートナーに、ユーベルは意志を込めて微笑んだ。
「リネンが彼女を護るというのなら、あなたの背中はあたしが護りますわ」
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