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リアクション
第24章 恋人たちの思い出作り
「もうそろそろ来る頃かな」
約束の時間の数分前から待っている佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、携帯をぱかっと開き時間を確認する。
クリスマスに遊園地でアルバイトをしていた彼は、その外にある町の様子がキレイだったことを思い出し、彼女をバレンタインのデートに誘った。
1年のイベントごとは彼女と過ごそうと時間を作ろうと頑張っているものの、あまり長い時間は一緒にいられない。
いつも寂しい思いをさせてしまっているんじゃないかと思い、今日はゆっくり過ごそうとデートに誘った。
「弥十郎さん、待たせてしまいましたか?」
水神 樹(みなかみ・いつき)は彼の名を呼び、息を切らせながら待ち合わせのカフェへ走る。
彼女の格好はハイネックにセーターを着て、その上からコートを着ている。
パンツとふくらはぎぐらいまでのブートをはいたスタイルだ。
蘭の花びらを模したオーダーメイドリング指をつけている。
彼からもらったその指輪の裏側には、樹に捧げる一滴と彫ってある。
「ううん、ほとんど今来たところだね」
カフェでランチを食べようと中へ入る。
「このサンドイッチの鶏肉って、どんな種類の鳥を使っているんでしょうか?」
「ん?あぁ、これはガチョウだよ。ここって鴨や鶏より、ガチョウを使うことが多いみたいだよ」
「へぇ〜そうなんですか。イルミンスールにいる私より詳しいですね」
関心したように言いながら、チーズとハムも入ったサンドイッチを食べる。
「うん、クリスマスの時に来たことがあるからね」
「そうだったんですか」
「1日中アルバイトしていたから、少しだけどんな食材があるか分かったんだよ」
「いつもいろんなところで料理していますよね。あっ、向こうの方で、宮殿で椿のコンテストがあるみたいですね」
紅茶の入ったカップで手を温めながら水神が話す。
「そういえばうちの学校の生徒が、何人か参加するらしいよ」
彼女の顔を見ながらゆっくりと食事をする。
「ということは自分で育てた花を出品するんですか。凄いですね、皆さん。花は手間暇かけなければ育たないですし」
「愛情を込めて育てたんだろうから、きっとキレイなんだろうね。食べ終わったし、そろそろ散策してみない?」
「えぇ、行きましょうか」
席を立ちカフェを出た2人は町中を歩き始める。
「この町の建物は、ほとんど石で出来たものばかりなんですね?」
「そうだよ。結構細かい細工もしてあるみたいだし、どうやって作ったんだろうね」
「何でしょうかあれ、とてもキレイです・・・」
アイボリーカラーの大聖堂の傍で足を止め、うっとりとした表情で見上げる。
外の2階部分は街灯の灯りの反射で少しブルーがかったような透き通った色合いのホワイトカラーにみえる。
手摺の柱の上には聖人たちの像が置いてある。
「グリプスヒルフェ大聖堂だね」
「中に入ってもいいんでしょうか」
「ほとんど観光用だから大丈夫だよ」
弥十郎は扉を開けて先に彼女を中へ入れ、後から大聖堂の中へと入った。
そこの中の柱には雲に乗って天へ登っていくような、天使たちの像の天蓋が飾られている。
「3階まであるのかな?」
吹き抜けの廊下になっている上の階を弥十郎が見上げる。
大聖堂の中はとても薄暗かったが、蝋燭やランタンの灯りだけで幻想的な雰囲気の空間となっている。
「とても素敵なステンドグラスですね。弥十郎さんと一緒に見られたから、さらにキレイに感じます」
祭壇の上の方にはある花のような形をした枠に、ほのかな灯りを受けて見る角度でカラーが変わるステンドグラスが輝く。
少し照れながら水神は小さな声音で言う。
「これ・・・バレンタインのプレゼントです」
この場所でなら渡せると思い、顔を伏せて手作りのザッハトルテを渡す。
「ありがとう、樹さん。家に戻ったらゆっくりいただくよ」
箱を受け取ると崩さないようにそっとカバンの中に入れる。
「いつも、素敵な思い出をありがとうございます。これからも、一緒に思い出を作っていきましょうね」
「うん、今年も2人で一緒に、いろんな場所に行こうね」
「約束ですよ?フフフッ。(やっぱりドキドキしちゃって私からはなかなか出来そうにないです・・・)」
去年は彼からキスをしてもらい、今年は自分から彼にキスをしようと思ったが、後1歩の勇気が踏み出せないでいる。
「あっ弥十郎さん、向こうにもありますよ」
左側を見ると人々が1年の抱負を祝っているに見えるステンドグラスも見つけた。
「キレイだね」
「―・・・え?」
自分の顔を見ながらぽつりと言う彼の姿に、水神が不思議そうに首を傾げた。
「いや、何か見とれちゃってね。樹は奇麗だなと」
楽しそうに大聖堂を見ている彼女の姿を眺め、ぼーっとしてつい出てしまった言葉を隠そうとせず、素直に笑顔を向けて花束を渡した。
「(あれ・・・?)」
“樹”と意識せずに言ってしまい、彼女に対する気持ちが恋から愛へ変わったのを感じた。
「いやぁ、ホントに樹に見とれちゃってね」
しかし言い直そうとはせず、彼女に気づかせないようにキスをする。
「これも思い出の1つだね、樹」
「(今年もやっぱり弥十郎さんからでしたね。ちょっと悔しい気もしますけど)」
彼の優しそうな瞳から目を離せず、真っ赤に染まった彼女の頬の色をステンドグラスの輝きが明るく照らした。