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バレンタイン…雪が解け美しき花びら開く…

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リアクション


第25章 いつまで待つの

「たまには町を散歩するのもいいもんだ」
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)はゴシックテイストの風景が気に入った様子で辺りを眺める。
「あの・・・・・・ジェイコブ、あたしね・・・・・・」
 恥ずかしくて彼の顔の見ながら言えないフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)は、顔を俯かせて小さな声音で言う。
「・・・・・・ん、なぜかカップルが多いな。何があるんだ?」
 彼女の声に気づかず、腕を組みながら道を往来する人々を見る。
「―・・・。(もう、鈍いんだから・・・・・・)」
 教会の前に来たこのシチュエーションで、どうして気づかないのかというふうに肩をすくめた。
「カフェがあるみたいだな。何か食べていくか?」
 告白しようとしているフィリシアの気持ちに気づかない朴念仁は、貴族の館を改装して作られたカフェの前で足を止める。
「私はいいけど、本当にここでいいの?甘そうなお菓子ばかりよ」
「なんだ、男が甘い物が好きだと変か?」
「そんなことないけど・・・・・・っ」
 ふるふると首を振り慌てた口調で言葉を返す。
「テラスと2階、どっちにするか・・・。今日は少し寒いから2階に・・・」
「あっ、私・・・テラスがいいわ」
「まだ肌寒季節なのにか?」
「―・・・テラスがいいのよっ」
 自分の気持ちに気づかせようとフィリシアは強引にテラスに席を取る。
「(ジェイコブのパートナーになって2年経つのかしら)」
 無骨だけど優しさのある彼にいつしか強く惹かれるようになってきてしまった。
 一緒にいるうちに、だんだんとそれが恋だと分かってた。
 しかしそれを言葉にすることが出来なく、なかなか言い出せずその想いはまだ口に出せないでいる。
 バレンタインのこの日に伝えようと一大決心をし、チャンスを窺っている。
「(んーどうしよう。相手が鈍すぎてかなり手強いのよね)」
 とはいえ色恋沙汰とは無縁のライフサイクルの彼にどうすれば伝わるのかと考え込む。
「チーズケーキが美味いらしいからな、アプフェルケーゼトルテとカモミールにするか」
「(飲み物・・・?そうよ、直接チョコ・・・をあげるより、こういう伝え方もありよねっ)」
 メニューを開きパッと閃いた様子で口元を綻ばせる。
「ねぇ、飲み物を変えない?私がココアを奢ってあげるわ」
「いや・・・どんな時でも、女に払わせるわけにはいかないからな」
「でも私が誘ったのよ?それくらいあげるわ。甘いものが好きなら、カモミールよりココアの方がいいと思うわ」
「じゃあ別の日にでもいいか」
「他の日なんて時効だわ。それに・・・今日じゃないと・・・ね」
「しかしだな・・・」
「どうして・・・せっかく私が奢ってあげるって言ってるのに・・・っ」
 すぐ近くに見える教会をスポットに、ここまで伝えても気づいてくれず、ぐすんっと涙声になってしまう。
 他の客たちから見ればカップルの2人がケンカをして、彼氏が彼女を泣かせてしまっているように見える。
「ど、どうして泣くんだ!?頼むから泣き止んでくれ・・・」
 泣き止ませようとジェイコブが必死に宥める。
「(そうだわ、私がココアを頼んで取り替えちゃえばいいのよ!)」
 ピカンッと乙女心で閃いたフィリシアは一瞬で泣き止んだ。
「ごめんね、泣いちゃったりして。飲み物を変えなくていいわよ。えっと私は、アプフェルクーヘンとココアにするわね。あのーっ、これをお願いね」
 メニュー表を指差してフィリシアがササッとウエイトレスに注文する。
 数分後、運ばれてきたケーキをさっそく食べ始める。
「見た目どおり、甘さはないみたいだな」
 すっきりとしたチーズケーキの甘みにジェイコブが満足する。
「美味しいわねっ」
 フィリシアも表面がカリカリに焼けたアップルケーキを食べる。
「さてお茶も飲んでみるか。―・・・これはっ、カモミールじゃないじゃないか!?」
 ハーブティーが入っているはずのカップに口をつけると、ほろ苦い甘さのカカオ風味が口の中に広がった。
「店員が間違えたのか?いや、そんなまさか・・・。あの、ちょっとこれ・・・」
「ふぅ、ケーキと合っていて美味しいわね」
 彼が頼んだはずの甘いリンゴのハーブティーをフィリシアが飲んでいる。
「リンゴの香り・・・?フィリシア・・・!」
「お客様、いかがなされましたか?」
「あ、いや。なんでもない」
 自分が頼んだハーブティーをフィリシアが飲んでいることに気づき、ウエイトレスに申し訳なさそうに声のボリュームを下げる。
 テーブルに運ばれた数秒後、飲む前にさっと互いのカップを彼女がすりかえたのだ。
「ねぇ、町の中をまだ見たいからいいかしら?」
「あぁ。そろそろ出るか。ん?どうしたんだ、そんなに急いで・・・」
 席を立った彼女は彼よりも先にレジの前へ行ってしまった。
「えっと・・・。どういうことだ?合計金額が少ない気がするが・・・」
「お連れのお客様が代金の一部を、先にお支払いいたしましたよ」
「そうなのか・・・」
 まさかさっきのココア騒動でその代金分なのかと思いつつも、深く追求しないでおいた。
「マハトヴォール城で舞台演奏をやっているみたいなの、行ってみましょうよっ」
 計画の1つを達成したフィリシアは嬉しそうに歩く。
「わぁ〜贅沢な造りね」
 客席を照らす大きなシャンデリアを見上げて目を丸くする。
 壁には宝石をあしらった装飾品が飾られている。
「真ん中の席にしない?」
「その辺りが見やすいのか」
「うんそうね」
 最前列だと演奏する人たちの目につきそうだと思い、真ん中辺りの列にあるフカフカの椅子に座る。
「始まるわよ・・・」
 2人は静かに聴こうと喋るのをやめて黙る。
 ジャジャジャーンッ、ジャジャジャァアアン。
 低音の弦楽器が力強くなり響き、だんだんとヴァイオリンやフルートの音色が聞こえ始める。
 チャララチャララランチャッチャッチャッジャーンッ。
 曲名は交響曲第5番、ベートヴェンの運命だ。
 運命の扉を開けるかのように、迫る曲調が会場内に響き渡る。
「(私の想い、いい加減気づきなさいよっ、気づきなさいよーっ)」
 彼に気づかれないよう、念波を送るように手をヒラヒラとさせる。
「ん、どうした?」
「ううん、何でもないわ」
 視線に気づかれてしまい、サッと両手を膝の上に置く。
 しかし演奏が終わっても想いに気づいてもらえず、しょんぼりと顔を俯かせる。
 その後も、何度か一途な気持ちを伝えようとするものの、まったく気づいてくれなかった。
 カフェでの気分がどこかへ消え去り、次第に表情を沈ませていってしまう。
「(言葉で伝えないと分からないのかな・・・)」
 とても切なくはっきりと勇気を持って言えない自分自身に嫌悪させ感じ始めた。
「なんだ、あいつ。今日は全然楽しそうじゃなかったな。具合でも悪かったのか?」
 心配そうにジェイコブが彼女の顔を覗き込む。
「寒くて風邪でもひいたのか?それともカフェで食あたり起こしたとか」
「―・・・そんなわけないじゃないっ。せっかく、私が・・・。バレンタインの・・・ココアを・・・ぐすん・・・っ」
 フィリシアはうるうると涙をためて走り去って行ってしまった。
「ココア・・・?な、何だ、バレンタイン・・・?いや、そんなはずは・・・。義理・・・なのか、それとも・・・いやいやまさかな」
 ただの義理だったの分からないと考えつつ彼女を追いかけ、連れて帰る頃にはその1日中ほとんど会話をしなかった。