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第53章 両の瞳であなたを

「お仕事忙しそうなのに、ごめんね」
 桐生 円(きりゅう・まどか)は、パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)を誘って、空京に来ていた。
 円の服装は茶色のダッフルコート。位置はパッフェルの右。
 眼帯で隠れている死角の方を護りたいと思って。
「円の方こそ、勉強忙しいのに、ごめんね。今日は私に合わせてくれて、ありがとう」
「勉強……!?」
 パッフェルの言葉に、円はちょっと驚いた。
 そうだ、自分は学生なのだ。そして、試験も近かったりするが……。そんなこと、すっかり忘れていた。
「あ、もしかして試験勉強してない?」
「ううん、パラミタではどんなことも勉強だから。毎日しっかり勉強してるよ」
「……そうね」
 円は声を上げて笑い、パッフェルもわずかな笑みを見せながら2人は公園の方に向かう。
 今日は一日、2人で楽しく遊んだ。
 バレンタインフェスティバルの催しを観たり、サバイバルゲームショップに行ってみたり、背伸びしてちょっと大人のお店でランチを楽しんだり。
 歩きながら。円はパッフェルの腕に絡みついて、眼帯で隠れた顔を見つめる。
 顔の位置がちょっと遠い。それは、円が小さいから。
 近づけば近づくほど、見上げる形になってしまう。
「パッフェルってどんな子が好みなの? 背の高い子の方が好き? ティセラみたいに、胸が大きい子の方が好き?」
 パッフェルがティセラのことを、本当に好いていたことを、今でも大好きだということを知っているから。
 つい、自分と比較してしまう。
 円の胸は、パットを入れて膨らませているものの、本当は成長期が始まったばかりの小学生と変わらないくらいに、小さい。
 身長は、パッフェルやティセラより20センチ近く小さい。
「好み……?」
 パッフェルは少し不思議そうな顔で、円を見た。
「……よく分からないけど、大切に思っている人が好き。……だから、私は円が好み」
「そっか……。ありがと」
 円はそう答えて、微笑んだ後、ちょっと下を向いた。
 鼓動が早まっていくことがわかる……。

 自然の多い公園の中で。
 可愛らし花々が咲いている花壇の近くで。
 二人は立ち止まって、腕を組んだまま、少しの間花を観ていた。
「あのね」
 腕をからめてきたのも円の方だったけれど、離したのも円だった。
 円は1歩後ろに下がって、パッフェルの眼を見詰める。
「合コンの時の事謝らせて」
 なにを? と、問うかのように、パッフェルの眉がわずかに揺れた。
「あの時は、本当に自分の事だけしか考えてなかった。パッフェルが自分の事、罪人だって気にしてたって事、全く解ってなかった。ごめんなさい」
 円の言葉に、パッフェルはただ、首を左右に振っていた。
 円は、そんな彼女の手に自らの手を伸ばして、握りしめた。
「パッフェルはティセラの事が好きで、ボクはずっと片思いになると思ってたし、それでもいいかな思っていた」
「……」
「でも紅白で大切な人って言われて。ボクもいいのかなって思って、合コンで告白して」
 気温はそんなに低くないはずなのに、円の体は小刻みに震えだす。
 それでも、必死に自分を震いだたせて、言葉を続けていく。
「だけど、自分の事しか見えてなくて。パッフェルの気にしていた事を全く考えずに。評価がよくないからって、断られるのが怖くて、自分に自信が無いのを隠したりして」
 泣き出しそうになりながら、円は次の言葉を絞り出す。
「妹みたいに思われててもいい、恋愛対象に見られなくてもいい。ボクの事をどう思っているの?」
 怖くて、怖くて。
 心の中でガタガタ震えながら。
 逃げたくて逃げたくて仕方がないけれど。足と、パッフェルの手を掴んでいる両の手に力を込めて、円は切なげに眼を細めた。
 本当は嫌だ。妹も、恋愛対象外という答えも……嫌……。
「気持ちを教えて、お願い」
「円……」
 パッフェルは空いている片手を、自分の目の方へと伸ばした。
 そして、ゴスロリ眼帯を外して――両目で、円を見つめる。
 パッフェルの右目は、ルビーのように赤く、血の色のように禍々しい輝きを放っていた。
 その目を見ても、円の想いは何も変わらない。円は赤い2つの目で、まっすぐにパッフェルを見つめ続けながら、答えを待っていた。
「……円は大切な人。親友のティセラとは違う気持ち」
 眼帯が絡まった手を、パッフェルは円の頬に伸ばして、彼女の目を、顔を……その奥にある、彼女の心を、全てを、より深く見つめた。
「……これを好きというなら、私は円が好き」
 たまらなくなって、円は両手をパッフェルの首に伸ばして、思い切り背伸びをすると彼女の唇に、自分の小さな唇を重ねた。
 そして、潤んだ目でパッフェルを見て「好き、凄く好き」と溢れる想いを口にした。
 途端、パッフェルの両手が、円の体を包み込む。
「こうしてあげるといいと聞いたから……じゃなくて。私が、したいから。円……」
 すき、と。
 円の言葉をパッフェルは復唱した。
 それは、今知った感情。理解し始めた想い。恋という気持ち――。

 抱きしめ合った後で。
 円は涙をぬぐって笑みを浮かべ、密かに持ってきていたチョコレートをパッフェルに渡した。
「美味しくないかもしれないけど、一生懸命作ったよ。大好きだよ、パッフェル」
「ありがとう……魔眼を見ても、受け入れてくれて……」
 お礼を言いながら、パッフェルはもう一度、円を抱きしめた。
 想いが膨らんでいく。
 腕の中の人を、失いたくないと感じる。
 大切で大切で……凄く、好き。