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第60章 今日は一緒

「……んー、悪い。前言撤回していいかね」
 街外れにある丘の上で、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が自分の前にいる少女――関谷 未憂(せきや・みゆう)にそう声をかけた。
 直前には、未憂の成長を期待した言葉をかけたばかりなのだけれど……。
「ちょ、ちょっと待ってください。待ってくださいね……!」
 未憂は心の準備の為に、高度を下げていく。
 2人は未憂の空飛ぶ箒で丘の上を飛んでいた。
 ……飛んではいたのだけれど、丘を歩く人々に接近したのなら、蹴り飛ばしてしまうくらいの高さだった。
「ほとんど変わってねーよ!」
 悠司の言葉に、未憂はがっくり肩を落とす。
「これでも去年より、少しは高さ制限解除されましたよ……」
 去年のバレンタインにも、未憂は悠司を乗せて飛んだのだけれど、浮き上がるので精一杯で飛んでいると言えるほど上手く箒を操ることが出来なかった。
 原因は未憂が高所恐怖症だから。
 魔法の箒のような不安定な乗り物は……特に、後ろに大切な人を乗せていると無意識に体が震えてしまって、上手く操れないようだ。
「で、ですけれど高崎先輩。飛んだ気分にはなれましたよね」
 何とか取り繕うと、未憂は空京の街を指差す。
 浮き上がった程度ではあったけれど、ここからは街を見下ろすことが出来るから。
 そっちだけ見ていれば、高く飛んだ気分になれるはずなのだ。
「うんまあ……」
 落ち込んでいる彼女を少しは励まそうかと、かける言葉を考えていく。
「いや、まあそりゃ忙しかったろうし、空飛ぶ練習ばっかりしてたわけじゃねーとは思うけど、もうちっと上達してからでも良かったんじゃね?」
「そうですよね。パートナーともっと練習してからの方がいいんでしょうけれど……先輩を乗せている時とは随分違うものだから」
 ぶつぶつ未憂は言った後、はあと大きくため息をついた。
「ま、次に期待することにするよ! んじゃ、行こうか」
 今度は悠司が街を指差した。
「はい、気を取り直して遊びましょう」
 未憂は今日を楽しい日にするために、拳をぎゅっと握りしめてもう一度気合を入れなおした。

 今年の未憂の服装は、タートルネックにチュニックを重ね着して。
 スカート風キュロットパンツにタイツ。ブーツ、そしてハーフコート。
 魔法の箒に乗る都合上、スカートは無理だったけれど、パンツだと味気がないしと思って。
 バレンタインフェスティバルで賑わう街を異性と歩くのだから……恋人同士とみられてもいいように、彼に釣り合うようにとも考えた。
「あめー匂い……そーいや、バレンタインだからな」
 悠司の方は今、今日がバレンタインだと気付いたようだった。
「なー、シャンバラ産のカカオ使ったチョコって食ったことあるか?」
「たぶん食べたことないです」
「そんじゃ、あの店でも入ってみますかね」
 悠司が指差したのは、他の都市にも販売店のあるシャンバラのお菓子屋だ。
「はい。何にします? ご馳走します。バレンタインですから!」
「おー、さんきゅ。けど、ホワイトデーは期待すんなよー。覚えてりゃ、次に会った時にでも適当にメシ奢るし」
 今日に限っては、自分が払うのも変なので悠司は未憂の言葉に甘えることにした。
「期待してません。……勿論、覚えていてくれたら嬉しいですけれどね」
 未憂はくすっと笑みを浮かべて先にお店に入った。

 シャンバラ産の材料を使っている店では、缶入りのチョコレートクランチと、ナッツチョコを購入した。
 時々缶を交換して互いのチョコを食べたり、屋台で温かな飲み物を購入して飲んだりしながら、2人はのんびりと散歩をしていく。
「人が多いですね。若いカップルが特に……」
 未憂ははぐれないようにと、悠司の手を……掴みたかったが、恥ずかしくてできず、服の袖をちょんと掴んだ。
 そしてほっとする。
 今は彼が、傍にいるということに。
 面倒くさがりなはずなのに、なぜか面倒事に踏み込んでいく人だから。
「去年は色々、ぐるぐる考えることもあって、今年がどうなるかはわかりませんけど……」
 一緒に歩きながら、未憂は心配気な声で言う。
「やっぱりあんまり危ないことはして欲しくないです。でも先輩が決めたことなら止めることは出来ないとも思うので、心配ぐらいさせてください」
 未憂の言葉に、悠司はちょっと難しい顔をする。
「んー、俺は天邪鬼なもんでね、基本的にこーしろやらこーさせろって言われると、どーも素直にゃ頷けないんだよな。だから、心配云々もまー好きにしろってくらいしか言えねーな」
 未憂は真剣な目で悠司の言葉を聞き、頷いた。
「それから、私にとって正しいと思う事と、先輩にとって正しいと思う事が違う時もあるかもしれない。それは仕方のないことです。……違う人間なんだから、あたりまえです」
 まっすぐに悠司を見て、言葉を続ける。
「でも、先輩が、誰かの悲しむようなことをするなら、また捕まえに……止めに行きます」
「どーぞご自由に」
「実はクリスマスに渡したマフラーに発信機が付いてるんです」
 えっ? と悠司が軽く驚きの表情を見せると、未憂は微笑んで「冗談です」と言った。
 悠司は「ったく」と言葉を漏らした後、悪戯気に未憂を見た。
「つっても悪いことなんていくらでもしてるしねぇ。とっとと捕まえちまった方がいいかも知れねーぜ?」
「今はその時ではないですから……でも必要な時には行きます。だからもし私が間違ったことをしていたら、ちゃんと叱ってくださいね。……それでおあいこです」
「……つーか、間違いなんざ、何で俺が決めなきゃなんねーんだ。俺がもしお前を止めるとすりゃ、それはお前が間違ってるとかじゃなくて俺が気にいらねーだけだ。他人の価値感なんてわかんねー、なら自分の価値の中で判断するしかねーだろ」
 悠司の口から出る言葉は、未憂にとって新鮮な言葉だった。
「それが間違いでも他人のせいじゃなくて自分のせい。俺はそんな感じでいいと思うがね」
 面倒くさかりで、やる気がなさそうに見えるのに。
 きちんと、個を持っている人。
 未憂は悠司の返事に首を縦に振って。
 悠司のこういうところが、素敵だと……思うのだった。
 袖を掴む指にちょっと力を入れる。
 今日は一緒。
 一緒に楽しんで、一緒に同じ場所へと向かう。
 今この瞬間は、確かに一緒に歩いている。

担当マスターより

▼担当マスター

川岸満里亜

▼マスターコメント

バレンタインシナリオへのご参加ありがとうございました。
幸せな1日を過ごせた方も、まだまだこれからの方も、引き続きパラミタでの生活を楽しんでいただければと思います。

尚、今回のリアクションの公式NPCの特別な反応や進展につきましては、運営側や関係マスターから戴いた助言やご指示の下、描かせていただきました。
お忙しい中、助けて下さった関係者の方々にも深くお礼申し上げます。

それでは、ホワイトデーでも皆様にお会いできましたらすごく嬉しいです!