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リアクション
第3章 レストゥーアトロの真ん中で1〜ザ・デバガメーズ〜
「……そういえば、去年は実家に帰っててお花見も出来なかったのう」
恋人であるレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)の隣を歩きながら、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)は笑顔で桜を見上げた。白い薄地のコートに薄桃色のフレアスカート、それにスカートと同色のリボンベレーをかぶった服装が、花開く春の公園にマッチしている。
「今年はゆっくり見るのじゃー。のう、レイ」
「そうだなー」
前方左右を見回しながら、レイディスは適当に相槌を打つ。
「散り際の桜ってのもいいもんだよな」
ちょうど綺麗所の時期だしとセシリアを誘ってみた彼は、嬉しそうにしている彼女を見て、来て良かったと思った。まあ、目下の課題は座って落ち着けるお花見ポイントを見つけることだったりする。
(のんびり昼寝出来そうなぐらい空いてる所は無ぇかな……?)
それぞれに団欒している人々の間を縫って歩く。セシリアはその隣で、感心したように桜を眺めている。風に乗って、時たま花びらが流れていて。
「ふむ……日本の桜は綺麗じゃのう。風情があるのじゃ。……散り行く姿だからこそ美しい、かえ……」
ふと、ひとひらの花が肩にかかっているのに気付いてそれをつまむ。
「なかなかに深いものを感じるのう……」
しばし見つめて指を離す。花びらはひらひらと上空へと舞っていった。
「…………」
その行方を見えなくなるまで目で追って、彼女は満足そうに頷いた。持って来ていたお弁当の包みをぎゅっと握る。
「うむ。お花見終わり。ここからはご飯の時間じゃ。花より団子、日本のことわざとやらはすばらしいのう! というわけでレイ、場所は確保できたかえー?」
わくわくと弾んだ声で振り返ると、レイディスはいい感じに空いたスペースに立っていた。桜の枝の間からちょうど良く日差しが降り注いでいてのほほんと過ごせそうだ。
「ああ、ここなんかどうだ?」
「うむ、素晴らしいポジショニングなのじゃ! では早速お弁当準備じゃっ」
「セシーの手作りかぁ、楽しみだぜ……っ!?」
到来したお弁当タイム。期待を込めて包みが開くのを見守っていたレイディスは、思わず絶句した。
(……量多ッ!?)
おにぎりが二段。
寿司各種が三段。
から揚げ、ウィンナー等、肉類や揚げ物を中心に三段。
サンドイッチが四段。
玉子焼き、アスパラベーコン巻き、トマト等彩のある物を七段。
合計、十九段。
「…………。」
いや、何かやけにでかいの持ってるな、とは思ってたんだ。薄々は気付いてたんだ。待ち合わせた時、弁当を持ってるというよりは弁当に持たれているような感じではあったんだ。見かねて、半分持っていたのも確かだ。
だけど、ここまで多いとは……!
ていうか、え、サンドイッチ四段!? おかずが全部で、一、二……十段!?
「ふぅ、これだけ用意するのはさすがに大変だったのじゃ……」
汗をぬぐいながらセシリアは言う。そりゃそうだろう。
「ま、折角だしのう。こうやってレイに手料理振舞うのは初めてじゃし、張り切ったのじゃよー♪」
張り切りすぎだ。
彼女は箸を取り、お弁当を前にうきうきとしている。
「では早速いっただきっまー……む、何を固まっておるのじゃ?」
やっと向かいの様子に気付いたようで、セシリアは目をぱちくりとさせた。レイディスの視線と所狭しと並べられた重箱を何度か見比べて合点したのか、少し赤くなる。
「あ……。そ、そっかそうじゃな」
分かってくれたらしい。
「やはり恋人たるもの、2人で食事を共にする時は……うむ。気付かなくてすまぬかった」
? 何かかみ合わないような……。『2人で共にする時』……?
セシリアはおかずを箸でつまむと、それを、そっとレイディスの口へ近付けていく。
「あ、あーん……」
……ちがう。でも、これはこれで良い。
ということで、彼は素直にあーん、と口を開けた。
「ど、どうじゃ? 美味しいじゃろうか……?」
どきどき、と緊張したように上目遣いで聞いてくるセシリア。彼女の料理は初めて食べるけれど、世辞など使うまでもない出来である。
「おう、美味しいじゃねぇか!」
にかっ、と笑ってやると、彼女は嬉しそうに、恥ずかしそうに笑い返してきた。
「よ、良かったのじゃ……では、私も……」
安心したのか、ぱくぱくと上機嫌でお弁当を食べはじめる。レイディスも改めて、開き直って箸を取った。
「うし、んじゃとりあえず、色々味わいたいし種類重視で摘んでくぜっ! 予定も無いし、時間かけてゆっくり食えばいいよな!」
彼はあれこれと選んで口に運んでいく。どれも美味で、自然と食も進むというものだ。とはいえ、腹一杯になる前に満遍なく、と、おかずを選ぶ目は何となく真剣になる。そこで、セシリアが言った。
「……あ、別に全部食べなくても良いからの。余ったらパートナーの夜ご飯に回すのじゃ」
……食わなくていいのかよ!?
その頃、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)は公園の中をスケッチ用の画用紙を持って歩いていた。隣を歩くのはメープル・シュガー(めーぷる・しゅがー)だ。お花見は素敵な案だ、と賛同して、和葉の好きな食べ物をいっぱい詰めたお弁当や食後のおやつを持ってきている。
加えて、春は恋の季節。
和葉に素敵な恋が訪れるようにアドバイスしてあげないと、とふわふわと思っているのは秘密である。
「やっぱり春はお花見しないとだよね。めぇのお弁当も楽しみだなっ!」
満開の桜を眺めながら、和葉はシートを敷く場所を探していた。やっぱり、目指すのは桜が一番綺麗に見える場所。
「わぁ……」
歩く2人を包むように、桜は沢山咲いていて。立ち止まってそれを見上げ、和葉は感嘆の声を上げた。
「見て、めぇ。桜、すっごい綺麗だよ! ……めぇの方がもっと綺麗だけれど?」
メープルの方を向いて笑い、また桜を見上げる。
「ふふ、ありがとう。和葉ちゃん」
そんな和葉の横顔が年相応で可愛くて、メープルは思わず微笑んだ。
「腹が減っては戦は出来ぬってことで……お弁当からだよねっ」
遠目にも近目にも桜がいっぱいの場所にシートを敷く。歩道も見えるけれど、比較的静かだ。広げたお弁当箱を見ると、桜餅も入っていて。
「あ……桜餅。めぇ、手作りしたのっ?」
「えぇ、和葉ちゃん、甘い物好きでしょう?」
「うん、大好きだよ!」
メープルの作ったものはどれも美味しそうで、目移りしながらも卵焼きとかをもぐもぐと食べる。周囲の桜やシートの上でお花見を楽しむ家族連れとかを何とはなしに眺め、そこで和葉は知った顔を見つけた。結構離れているけど……
「あれ……? あそこに見えるの、レイ君と……」
『誤字神様』と呼んでいるセシリアだ。メープルもその視線を追い、彼等に目を止める。
「あら……あれは、和葉ちゃんのお友達?」
そうして、2人が話をしながらお弁当をつつく様子にふふ、と柔らかい笑みを浮かべる。
「何だか微笑ましいわ。仲良しさんなのね」
レイディス達から何気に目を離さず、でものんびりとした姿勢を崩さないメープル。一方、和葉は――
もしかして、デート?
と、好奇心がふつふつと沸いてきたようだ。
「これは……『二人を見守る会』の人間として、デバガ……」
1度咳払いを挟んでやや大きな声で。
「こっそりと見守らないとねっ!」
と言い直す。デバガメだよね。さっき言いかけたの、デバガメだよね?
「ボクは誤字神信者だよっ!」
やけにきりりとした表情で宣言する。誤字……? と、メープルがちょこんと首を傾げていたがそれはともかく。和葉はレイディスにテレパシーで話しかける。
(レイ君、今日はデート?)
レイディスは左右をきょろきょろとした。だが和葉への返事はなく、彼は何か苦笑だけして食事に戻る。とはいえ、それも終盤に差し掛かっているようだ。良い雰囲気である。
そしてまた、ここにも恋人達の様子をのぞこうとする女子2人がいた。いや、積極的なのは1人だが。
「アリス、見てください! セシちゃんとレイディス様がデートしています。全力でデバガメーズしましょうっ♪」
葉月 可憐(はづき・かれん)は太めの木の陰に素早く隠れ、アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)を手招きした。うきうきと嬉しそうである。
「デバガメって……またなんで?」
と言いつつ、アリスも隠れる。
「もちろん、そこにラブラブなお2人がいるからですっ!」
平和そのものという感じのレイディス達を、可憐は興味深々に見つめていた。他にも面白いカップルはいないか、と周囲にもざっと目を走らせてみて、視線をある1点でぴたりと止める。
「……あら、あそこにいるのは和葉ちゃん?」
自分達の斜め前方でシートを広げている和葉達を見つけ、可憐は迷いなく近付いていった。にこりと笑って、挨拶する。
「こんにちは、和葉ちゃんっ♪」
和葉は分かりやすく、両肩をびくっとさせた。でも、こちらには振り向かない。気付かないふりをするつもりらしい。目線を辿るとどうやら見ているものは同じのようだ。
(ちょっとだけいぢめちゃいましょうかー♪)
可憐は和葉の隣に座って、レイディス達のいちゃラブを引き続き観察することにした。
(う、可憐さん……ちょっと姉様達に似てて苦手なんだよね……)
腰を落ち着けた可憐にあえて視線を向けないまま、和葉はデバガメを続ける。
食事を大体終え、セシリアは持ってきたお茶を手渡していた。自分の分のお茶を注ぐと、彼女はレイディスの隣に座って肩に頭を預ける。彼はそれを、ただ笑って受け入れていて――
(あ、ダメだよレイ君、男の子ならそこはもっと押さな……)
思わずテレパシーを使うと、彼は、先程よりもはっきりと驚いた顔をして辺りを見回した。しかし、やはり返事は無い。
(むー? あっ)
2度目の呼びかけも無視されてどうしようかと思って下を向く。そこには、持参してきた画用紙があった。
(なんか電波飛んできた!?)
さっきのは気のせいだろうと思ったが、これは妙に具体的だ。誰か見てんな!? とその主を探してセシリアに勘付かれないようにそっぽを向く。結果、目に入ってきたのはでかでかと文字が書かれた画用紙製のカンペ。と和葉達。
『雰囲気作って、そっと抱きしめるんだ』
「…………」
レイディスは絶句して。
(無ぇよっ!? ていうかいつの間に潜んでやがった! しかも4人も!)
と内心で思い切りツッコんだ。すると、それが聞こえたわけでもなかろうに可憐達が立ち上がって花見客の中に消えていく。
(あ、2人そそくさと逃げやがるし。なにしてんだあいつら!)
(あ、いなくなった……。本当にあの人神出鬼没だよねっ)
和葉は、可憐が離れていってほっと一息ついた。三度、レイディスに念を送る。
(……レイ君、ガッツ!)
(ガッツって……出来るか!)
めっちゃガン見する4人――もう2人か――にガン見し返す。セシリアは、これ以上無いくらいに大切な人なのだ。猫みたいに威嚇していた彼の様子に、セシリアもふと同じ方を見る。
(あの紙なんじゃろう。……まあいいやじゃ)
彼女は呑気なものだった。レイディスも和葉達に背を向け、花見の続きをすることにした。見るなら見やがれ、という心境が近いだろうか。
「セシー、これ」
締めとして、手作りしてきたおはぎと桜餅を出す。渡してもらったお茶にも合うだろう。セシリアは甘いの好きだし、一杯食べてくれるかなと思いながら。
「おお! 作ってきてくれたのか。では1つ」
蓋を開けて中身を見ると、セシリアはすぐにおはぎを食べた。一口目を飲み込んで、感想を。
「うむ、美味しいぞ。……ん?」
頬には餡子がくっついていて、レイディスはそれを指で掬った。そのままぱくりと加え、笑う。
「……へへ」
その頃には、デバガメ部隊の事は忘れていた。
「あっ、誤字神様のほっぺについたあんこをぺろっとしたよ! レイ君が成長して嬉しい……けど、見てる方は照れるね」
照れ笑いを浮かべる和葉は、どきどきと鼓動を感じながらシートの上に座り直す。
「こういうのが、恋人同士なんだね。一緒にいて、楽しくてドキドキして……。ボクもいつか、こんな風に過ごす日がくるのかなっ」
気になる先輩の顔を思い出しながら、和葉は言う。ふと手に触れるのは、携帯電話。そこにはピンクのストラップがついていて。
「……?」
頭に柔らかい手の感触を感じ、メープルを見返す。彼女は和葉の頭を撫でながら、ほんわかとした口調で言った。
「和葉ちゃん、女の子は恋をするともっと可愛くなるの。だから、忘れないで……?
恋することは……誰かを好きになることは、罪ではないのよ?」
全部片付け終わり、シートの上で並んでお昼寝タイム。そっと腕を差し出してみると、セシリアはそこにふわりと頭を乗せてきた。心地よい重み。
風に揺れる桜。花びら。空を流れて行く雲や、悠々と飛んでいく鳥。
「こうしておると、時間がゆっくりに感じるのう」
そんな風景をしばらく眺めて、セシリアは穏やかに話し始めた。
「……魔女としてでなく、普通の女の子として。ずっとお主の傍に、片時も離れずにいるのも……あるいは良いのかもしれぬ」
少しだけ、驚いたような気配がする。
「……ま、冗談じゃよ。大魔女の夢も簡単に捨てられるものではないからの♪」
空を見つめたまま、セシリアは微笑んだ。
「もう見ないの?」
途中で立った可憐の背に、アリスは声を掛ける。可憐は振り返り、悪戯っぽく笑った。
「これから先はお2人の蜜月……です♪」
正面を見て歩き、歩道に出る。
「さて、アリス……少しこの桜並木でも歩きましょうか。この間は夜桜を。今日は舞い散る桜吹雪を楽しみましょう♪」
2人でマイペースに歩いていく。可憐はずっと、心持ち顔を上げて前方に続く桜を見物している。その横顔は――
「……あれ、何か、難しそうな顔してる?」
少し覗き込むように、心配そうに聞いてくるアリスに、可憐は「え?」という表情を向けた。それをささやかな微笑に変えて、少し寂しそうに。
「この桜は、私たち能力者と同じだなぁって思っただけですよ。……知ってます? 桜……特にソメイヨシノは殆どが受粉をしません。ただ花をつけて、人々の目を楽しませて、散る。
私たち能力者も、その大半がそう。パラミタに根付きし世界樹に咲く、刹那の花。何も残さず、何も遺せず散っていく。……私たちに出来ることは精々風に揺らされて、隣の花にほんのかすかに触れることくらい。
……別に、それが不満ということではないんです。自分の分くらい弁えていますしね。
私はただ、一つの花としてそこにありたいし、他の人にもそうであって欲しい。無理をせずその人がその人で在れるように。
……ただそれだけなんですけどねぇ。なかなか難しいものです」
そして、何か考えるように間を空けて、静かに言う。
「ねぇ、アリス。私は……貴女と出会った頃から、成長できていますか? ……なんて、珍しく感傷的になっちゃいましたね。きっとあれです。セシちゃんとレイディス様の仲睦ましさに中てられちゃったんです。全く、罪作りな方達ですね」
小さく苦笑する可憐。彼女の話を特に何も口を挟まずに聞いていたアリスは、比較的のんびりとした口調で「ん〜……」とうなった。
「なんだか難しい問題だねぇ……」
顎に人差し指を当て、考えるようにしてから隣に目を移す。
「可憐、可憐から見て、私は変わった?」
「……え、アリスはどうかって?」
聞き返され、可憐は束の間足を止めた。歩みを再会してから、ゆっくりと答える。
「そうですね……多分、変わっているんじゃないですか? 昔より少し、図太くなっている気がします」
それに、アリスはびっくりにエクスクラメーションマークをつけたみたいな顔をした。
「図太く……可憐、ひどい言い様だねー」
「ふふ、冗談ですよ♪」
ちょっと調子を取り戻したように可憐は笑う。それから、2人はまた並んで歩いて。
「……うん、ならきっとそういうことだよ」
と、アリスが話し出す。
「私が変わったように、可憐もきっと変わった。私は可憐の剣の花嫁……可憐と供に在り、供に成長する者。可憐の目指しているものは相変わらずよくわからないし、やっていることもよくわからないけど……私が成長したなら、可憐も間違いなく成長してるよ。それが良い方にか悪い方にかはともかくね。
……だから、あんまり気にしなくてもいいと思うよー。
私たちは私たちらしく……、ね?」
「私たちらしく……」
「可憐の目指してることは、結局あくまで個人対個人だもん。……ま、のんびりやってこー。ね?」
再び覗き込むようにして、今度は明るい笑顔で言うアリス。
そんな彼女を見て、可憐はくすりと笑った。それは、さっきよりも軽やかな笑み。
「……そうですね。のんびりと、ね」
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