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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

リアクション

 
     〜2〜

 乾杯後、ほぼ同時進行にて。
「たくさん作ったけど、きっとカラッポになるわよね」
 エミリアは9割方ホレグスリジュースをちみちみちみちみと飲んでいた。嵐の前の静けさというやつである。和風弁当を食しながら、彼女は正悟に話しかけた。
「私1人じゃ持ちきれなかったから運ばせちゃったけど、そんなに重かった? ? ……どうしたの?」
 正悟の驚いた表情に、エミリアはきょとんとする。そんな彼から次に発せられた言葉は。
「え……ホレグスリ!?」
 だった。
 むきプリ君が仁王立ちになってちくしょうとか叫んでどっか行ったり、周囲が百合やらピンク色になったりという事態で、正悟はホレグスリの存在に気付いたのだ。とはいえ、宴会にむきプリ君が同席した時点でこうなることは必然のようなもので。
「ホレグスリって……?」
 ホレグスリ初対面のエミリアは、その単語を聞いてもまだ理解が追いついていなかった。改めてシート全体を見回し、戸惑う。
「こ、この妙な空間は何? あれ、わたしも何だかドキドキしてる……」
 顔を火照らせて静かに熱い視線を交し合う沙幸達を見ていると、何だか変な気分になってくる。抑えられないような、何かが……。
 気が付けば、コップの中身は半分以上減っていて。
「あ、着替えないと……シミになっちゃいますね」
 リリィが皆を見回して、少し俯き加減で言う。
「残念だな……出来ることなら二人っきりで……」
「私が着替えさせてあげるよ、リリィ。向こうで……着替えよっか?」
「はい……」
 リリィと沙幸は、連れ立って草の生える茂みへと入っていく。その直前に、沙幸は美海の鞄から何本か小さなガラス瓶を抜いてポケットにしまっていた。
 2人の背を見ていたら、何かいてもたってもいられなくなって。
「ま、待って……」
 エミリアは、沙幸達を追いかけた。

「それじゃあリリィ、シミになる前に服……脱ごっか?」
 座った花見客からは見えない位の高さがある生垣の向こう。細い草も長く伸びるそこで、沙幸はリリィに背を向けたままくすねたホレグスリを口に含んだ。そして、振り向きざまに口付けする。
「ん……んんっ!」
 クスリを口移しで飲ませながら、彼女の服を脱がせていく。
「ぁ……」
 リリィはほうっとした頭で、そんな沙幸をとろんと見詰める。口の端から、ホレグスリが一筋流れる。
(着替えを手伝ってくれる……優しい……もう、我慢できない!)
 全ての感覚が開放されるのを感じ、リリィは言う。
「沙幸お姉様……この身を捧げます……」
 がさり。
 そこで、草がかき分けられる音がして。
 やってきたエミリアの表情を見て、沙幸は流し目で語りかけた。
「なぁに? エミリアも混ざりたいの? ……女の子なら、誰でも歓迎だよ」
「あ……い、良いの?」
「もちろんだよ」
 引き寄せられるように近付いてくるエミリアにも、口移しでホレグスリを飲ませる。
 心地良い酩酊感。
 押し倒されるままに、エミリアは甘い息を吐いた。それが、何よりの快感のようで。でも、まだ理性も残っている。
「あ、わ、私……?」
 ――だったら、ホレグスリを2本、3本……皆の理性が吹っ飛ぶまでたくさん飲ませてあげちゃおう。

(エミリアもか……)
 彼女を目で追ってから、まあいいや俺が巻き込まれなきゃ、と正悟は傍観を決め込むことにした。
「なんか1人は木に求愛行動しちゃってるなー……そのうち桜の精……花妖精とか出てきてフラグ成立するかもしれないし、生暖かく見守っておこう。というか、そうなっても俺は驚かないし」
 そうして腰を振る牙竜と桜をなまあたたかーく見物しているうちに、とある有名な話が頭をもたげてきた。
 ――木といえば、桜の木の根元には死体が埋まっているから綺麗に咲き誇るんだといった逸話があった。掘ったら、意外と亡霊やら幽霊やら白骨化した死体やら出てきたりして。
 …………。
(……うわ、妙な考え思い浮かんだ……この空気のせいか)
 この日に関しては、あながち現実味もあったりするのだがそんな事は知る由もなく。
「何ですか、あの奇怪な行動にこの雰囲気……。何が起こっているのです?」
 そこで、アクアが顔をしかめてこちらにやってきた。うわあ……とそれぞれの本能(?)のままの行動を見ていたファーシーに話しかけたようだ。
「あ、うん、ええとね……。むきプリさんの作ったクスリを飲むと、何かああいうことが起きるみたいよ」
 ファーシーは、過去に得た知識から解説する。すると、アクアはすぐに状況を理解したようだ。
「むきプリ……ああ、ホレグスリというやつですか。飲むと、遺伝子を残したいという動物的本能が爆発的に膨れ上がり、誰彼構わずに求愛したくなるクスリですね」
「何だか難しい言い回しだけど……大体合ってるかな? て、どうしてクスリのこと知ってるの?」
「望にアルバイト先の1つとして紹介されました。断りましたが」
「あ、そうなんだ……」
 そんな会話をするアクアは、肩に提げていた布トートから缶チューハイを出して飲み始めた。移動する際に幾つか持ってきたらしい。そのトートから覗くのは、『これで完璧! ゴースト、アンデッド撃退法』とかいう闇色のおどろおどろしい装丁っぽい本だった。パラミタが現れる前ならば眉唾としか思えない類の本だが、現在は真面目な解説書も存在する。この本がどちらかは知らないが。
(ゴースト? 何でそんなもの……あ)
 所持の理由について予測しようとして、正悟は先程の逸話を思い出す。桜の下の亡霊。でも、この大陸には実際にゴーストが沢山いる。
 そしてある考えに至り、正悟はアクアに確認することにした。
「まさかと思うが、山田の亡霊でも見たのか?」
 反魂の術が使用出来るネクロマンサーもいるかもしれないし、ありえない事でもない。
「……!!」
 その途端、アクアの顔から血の気が引いた。とんでもない現象を目の前にした、というように愕然とした表情をする。ぎぎぎ、とぎこちなく正悟の方に首を向ける。
「…………」
「……出たのか」
 何も答えは無かったが、その態度が明確に答えを示している。正悟はその場から立ち上がった。花見の席を離れて歩き出す。どんな形であれ山田が蘇ったというのなら、自分1人で追いかけて抹消させておくべきだろう。甦りの事実も成仏させた事も、全てを闇に葬り去ってチェリーには黙っておけばいい。
 今の所、チェリーは幽霊と遭遇したらしき素振りは見せていないし――
 歩いている最中に、偶然、草むらの中の沙幸達の脇を通る。つい、彼女達の様子が目に入った。偶然だ。あくまでも偶然だ。偶然ついでに、半分以上服が剥けた状態で沙幸に押し倒されているエミリアと目が合った。
「……! ちょっと正悟どこいくのよ!」
「…………」
「私を置いて逃げないでー!?」
「あれ? エミリア、まだ正気が残ってる? じゃあ、もっと……飲もうか?」
「む、むぐっ? ああ…………っ」
 ハートマークな吐息が聞こえてくる。内心で合掌しつつ、正悟は足を速めた。
 ――しかし、肝心の山田は何処にいるのだろうか。

「……そういえば、さっき着替えると言って席を立った2人が戻ってきませんわ。さてはわたくしを差し置いて……」
 面白いように、どんどんが人数が減っていく。その中で、最初にホレグスリを場に持ち込んだ美海も、シートから立ち上がる。
「探しに行きましょう。……なにやらあちらから、嬌声が聞こえますわね」

 そして、茂みの向こう。隙間から透けて見える光景を眺め、美海は特等席に落ち着いた。
「……皆さん、すっかり盛り上がっていますわね。水を差すのも野暮ですし、このまま桜色に染まった花たちを眺めていることにしましょう」
 そう、そこでは、一糸纏わぬ姿になったエミリアとリリィの敏感な所を、沙幸が――
「あん、沙幸さん! そこは……っ!」
「沙幸お姉様……! どうか、お姉様の虜になった証をこの身に刻んでください……」
 ――手や口や体全体を使って攻めまくり――
「どうかな。新しい世界、見えてきたかなあ……?」
「沙幸さん、お花見は……」
「お花見? 花びらなら、ここにあるよ。ここにだって、素敵な花が咲いてるんだよ……」
 ――みんなとろとろのはちみつのようになって、チェックを通過するかどうかどきどきな行動に踏み込んでいた。

「飲んで食う……。無論、無礼講だからといってもちゃんとモラルは守るぞ、モラルは……。もう遅い気はするが、俺は守る」
 恭司は女子達の消えた草葉の陰にちらちらと視線をやりながら酒を飲んでいた。既に一升瓶は2本目に入っていたが、彼は平時とまったくもって変わりがない。
 強い。
「こんな風にみんなでワイワイするの楽しーね!」
 お弁当を食べたり近況を喋ったり行方不明になったり裸になったり。そんな中で、ノーンが恭司の隣に座ってジュースのコップを差し出してくる。
「恭司ちゃん、乾杯する?」
「そうだな、乾杯するか」
 軽く乾杯すると、ノーンは恭司が食べていた弁当に興味を示して聞いてみる。
「これ、食べてもいいかな?」
「欲しいのか? いいぞ」
「ありがとー!」
 ノーンは嬉しそうにおかずをつまみ始める。そこで、彼女は人数の減ったシートの上をきょろきょろとして、桜の木に腰を振っている牙竜に目を止めて首を傾げた。
「うおおおおおおおおお!」
「?? えっと……牙竜ちゃん、何してるの? ……きゃっ?」
「……子供は見ちゃいけません!!」
 慌てて目隠しして、恭司はシートの上に残っている大量のお弁当を見つめて溜息をついた。ノーンと自分だけでは完食出来そうもない。美海は正気のようだが、しばらく戻ってきそうにないし。
「お隣さんにもおすそ分けするか……」
「あ、わたしも手伝うわ! 皆のシートに運べばいいのよね!」
 そうして、エミリア作の和風弁当は最初から集まる皆の真ん中へと統合されたのだった。