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第8章 風紀にご奉仕☆

「ああっ! 駄目よ、ロイ! そんなところに、あんなものを入れるだなんて!」
 神殿の外では、星空の下、荒野の上で、常闇の外套(とこやみの・がいとう)が、自分の貞操を守ろうと、必死の努力をしていた。
 常闇の外套は、なぜか女装をして、キャーキャー悲鳴をあげまくっている。
「へっへっへ、ヤミーの隙間、俺が埋めてやるぜー?」
 ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)も、下卑た笑いをわざとらしく浮かべながら、常闇の外套に抱きついて、激しく腰をうち振っていた。
 まるで、犬猫の交尾である。
 だが、そうした行為は、強力な「風紀乱しオーラ」を発することに成功したようだ。
「おぬしら、何をしておるかー!!」
 絶叫とともに、空高くから、巨大なハサミを構えたティンギリ・ハンが舞い降りてきて、ロイたちに襲いかかってきた。
「ああ、来たぜ、ロイ!! わざわざ女装までして悲鳴をあげてた甲斐があったってもんだ!!」
 常闇の外套は、ティンギリの攻撃から逃げて走りながら、ヒャッハーと歓声をあげる。
「よし、いくぜ、ティンギリ!! 奉仕という名の私刑を行う!!」
 ロイは、自分からティンギリに向かって走っていった。
「ちいっ! こいつらも、罠だったか!!」
 ティンギリは舌打ちしたが、ロイと激突する覚悟で、巨大なハサミを振り上げていた。
 どかーん!!
 ティンギリのハサミと、ロイの拳とがぶつかりあい、なぜか大爆発が巻き起こった。
「やったか? いや!!」
 爆風の中でロイの姿を見失ったティンギリは、別方向からの殺気を感じ取った。
「みつけたぞ、鏖殺寺院!! 死ねええええええ!!」
 怒りで目をらんらんとさせた鬼崎朔(きざき・さく)が、ライトブリンガーでティンギリに斬りかかってきた。
「はっはっは! 俺が一人で闘うと思ったか? その戦士が、寺院に恨みがあるというから、俺の計画を説明して、仕込み刀になってもらったのだ!!」
 ロイにとって、利害関係の一致する者に出会えたのは、不幸中の幸いというほかなかった。
「くうっ、何ゆえ、拙者をそうまでして狙うのだ?」
「教える必要はない。いや、知ってるはずだ!!」
 ティンギリの問いに、ロイは顔を真っ赤にして怒った。
「ええい、寺院の連中がいると聞いて、きてみれば! 何だ、あの神殿の中は!! こんな破廉恥の場所に来なければならないとは!! これも全て、貴様のせいだぁーー!!」
 朔が、ものすごい気迫をこめた叫びをあげながら、ティンギリに情け容赦なく斬りかかっていく。
 ロイと朔の2人を相手にしては、さすがのティンギリも不利に思えた。
 だが。
「ティンギリ・ハンさん!! やっとみつけましたわ!!」
 ティンギリを探しまわっていたリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)たちが、歓声をあげて闇夜を走ってきた。
「うん? まさか、加勢か!?」
 ロイたちは警戒する。
「この仮面雄狩る、わけあってティンギリ・ハンの力を必要としているのだ! 悪いが、お前たちにとどめを刺させるわけにはいかんな!」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が叫んで、ロイたちに攻撃を放つ。
「邪魔、するなぁ!!」
 朔は怒鳴るが、数の上では不利になりつつあった。
「む? 寺院に恨みを持った戦士とお見受けするが、私も寺院の側で動いている! ティンギリ・ハンに仕掛けるというなら、まず私を倒してからにしてもらおう!!」
 神豪軍羅(しんごう・ぐんら)は、朔に迫って、いった。
「寺院の者か? ならば、好都合! まとめて斬ってくれる!!」
 朔はいよいよ吠えて剣を振るうが、形勢を逆転したティンギリ・ハンたちに、次第に追いつめられていった。
「一か八か! 捨て身の一撃をくらえっ!!」
「なんの!!」
 朔が裂帛の勢いで繰り出した斬撃は、ティンギリ・ハンの巨大なハサミの2つの刃の間に、がきっとくわえこまれてしまった。
 ぎりぎりぎり
 両者、鍔迫り合いが続く。
「風紀を乱す全ての者を斬り捨てるのが拙者の宿命!! ここで負けてたまるか!!」
 ティンギリが叫ぶと同時に、その目が白い光を放ち、オーラの炎が全身から燃えあがる。
「これは!?」
 サイコキネシスの力で、朔の身体が空中に持ち上げられていた。
「これが拙者の、覚醒技だ!! ティンギリ・バスター!!
 朔は空中で逆さまにされ、X字形に手足を広げたかたちで、くるくるまわりながら地面に身体を叩きつけられた。
 ドッゴォォォォ!!
「ぐっ」
 朔は倒れた。
「やばいぜ、俺も」
 ロイと常闇の外套も、ティンギリ・ハンの仲間たちにねじ伏せられていた。

「愚かな連中だ。だが、危険なところがある。二度と拙者に刃向かわんよう、ここで完全に倒さなければならん!! 特に、そこの戦士はな!」
 ティンギリ・ハンは、倒れ伏している朔を指していった。
「くそっ、ここまでか?」
 朔が観念しかかったとき。
「待って下さい。殺す必要はありませんわ」
 ティンギリに加勢していた、リリィが、朔をかばうような行為に出たのだ。
「どういうつもりだ? どけ」
 ティンギリはリリィを睨んだ。
「わたくしは、わたくしの考えであなたに協力しました。ですが、あなたの必要以上の暴力は認めませんわ!!」
 リリィは、構えたメイスを、ティンギリに向けた。
 そして。
「わたくしもそろそろ、ティンギリさんを昇天させる頃合いだと感じましたわ。あなたのおかげで、神殿での風紀の乱れが深刻化することは避けられました。ただ、あなたはそれでも満足せず、なおも人に暴力を振るおうとしていますわ。わたくしはここで、あなたがこれ以上罪を犯さないように、魂を神のもとへと導くのが最上の途だと考えますわ!!」
 リリィに続いて、オリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)もティンギリに詰め寄っていく。
「仮面雄狩るとしても、ティンギリ・ハンの活躍で宦官候補が増えるなら、それでもよいと考えていたが、いまの覚醒技をみて、考えが変わった。これほどの力を持った戦士を野放しにしておくのは惜しい。ここで是非とも、優秀な宦官になってもらって、私とともに、シャンバラの未来のために尽くしてもらうとしよう」
 そういって、リカインも、ティンギリ・ハンに迫っていく。
 といっても、リカインが狙っていたのは、ティンギリ自身ではなく、彼を「宦官ならざるもの」としているある器官だった。
 そして。
「なるほど。このような展開になった以上、遅れをとるわけにはいかん。ティンギリ・ハン、私の手に直接かかって死ぬのだ! そうすれば、お前を殺した私が、お前に代わって黒の十人衆の一員となることができる!!」
 軍羅もまた、掌を返してきた。
 みな、ティンギリ・ハンに協力していたのは、それぞれの理由あってのことなのである。
 ときをみて、協力関係を終結させるつもりであったのだ。
「ええい、くそ!! この大バサミに誓って! ここで朽ちるつもりはない! シャンバラの、いやパラミタの風紀を永遠に守り抜くために!!」
 ティンギリ・ハンはハサミを構えて、リリィたちの攻撃を受け止め、弾き返して、斬りかかっていった。
 チン、チン
 闇夜に、刃と刃のぶつかりあう音が響き、火花が散る。
「ああー!!」
 リリィの身体が突き飛ばされて、地面に倒れ伏した。
 そのまま、リリィは失神してしまう。
「まだまだ! お前を優秀な宦官にするまでは死ねん!!」
 リカインが叫ぶ。
「死ね! 殺す! 私が黒の十人衆に入るのに、お前は邪魔なんだ!!」
 軍羅も叫んだ。
 そのとき。
「えっ? いま、何ていった?」
 リカインと軍羅は、互いの顔を見合わせた。
「おい、仮面雄狩るの意向をふまえてもらわないと、困るな。奴を宦官する前に殺されてしまっては、本末転倒。重大な損失となる!!」
「お前こそ、ティンギリを殺すのを邪魔するなら、容赦はしない!!」
 リカインと軍羅は互いに睨みあうと、激しい衝突を始めた。
「ふっ、やはり愚かだ。この隙に!!」
 ティンギリ・ハンは、宙に舞い上がった。
「あっ、待ちなさい!!」
 ティンギリの逃亡に気づいたオリガは、慌ててその後を追った。

「ナガン様! ここまでくれば大丈夫です!!」
 ティンギリ・ハンの攻撃から{SFM0003767#ナガン ウェルロッド}を守るべく、大勢でその身体を運んでいたメイドたちは、足を止めて、抱え上げていたナガンの身体を、やっと降ろした。
「あれあれ、ここは? やっぱり、神殿の外じゃないか。寒いよ」
 ナガンは、全裸のまま運ばれてきたので、身体が凍えそうだった。
 いまはもう女なので、外の風が股間にしみるのだ。
 そこに。
「ここにいたか! みつけたぞ!!」
 上空から声がしたかと思うと、ハサミを振りかざしたティンギリ・ハンが、ものすごい形相で舞い降りてきたのである!!
「わー、しつこいな、もう。もしかして、ナガンにホの字かい?」
 ナガンは笑って、全裸のまま、闇夜を走って、攻撃を巧みにかわしていく。
 悲鳴をあげながら逃げ惑うメイドたちが、ティンギリを撹乱してくれているのも、ナガンにとって有利に働いた。
「ティンギリさん、待ちなさい! って、この人ごみはいったい何ですの?」
 ティンギリを追ってきたオリガも、メイドの人海に巻き込まれて、右往左往した。
 そのとき。

「む!? 神殿の周囲でものすごい騒ぎが起きているぞ。あれは何だ?」
 外を巡回していた国頭武尊(くにがみ・たける)が、異変に気づいて、駆け寄ってきた。
「武尊、あれは噂に聞くティンギリ・ハンだぞ!!」
 武尊とともに巡回していた猫井又吉(ねこい・またきち)が、ハサミを振りまわしてナガンを追いつめるティンギリを指して、叫んでいた。

「くっ、転んじゃったよ、全裸なんだから、もう。ハンデつけてくれよ」
 ナガンは、転んで泥まみれになった肌を拭いながら、舌打ちを連発せざるを得ない。
「観念しろ。そのような姿で闇夜を走るおぬしは、やはりけしからん」
 ティンギリ・ハンが、ハサミをカチャカチャ鳴らして、迫った。
「どうするのさ? ナガンのどこを斬るんだい?」
「その首を斬ってくれよう」
「どひゃー! それじゃ、そこらの凶悪犯罪者と変わらんじゃないか」
 ナガンは、呆れたというように肩をすくめた。
「肝心なのは、風紀を乱す芽を摘むということだ。そのことが、この世界の秩序の維持につながる。死ね!!」
 ティンギリ・ハンがハサミの刃を、左右に大きく広げたとき。
「そこまでだ。神殿近くの聖域で、それ以上の狼藉は許さん!!」
 武尊と又吉が、ティンギリ・ハンに襲いかかっていった。
「うん? 偉そうな口を聞くな! 何の資格があって、神殿の警備などやっているのだ?」
 ティンギリ・ハンの問いに、武尊は笑った。
「資格なら、あるさ。教えてやろう。オレはパラミタパンツ四天王の一人、パンツ力の狂戦士だ!!」
「なに!? パラミタパンツ四天王だと!! では、あの腑抜けたストーカー・ジェラルドと同人種か!! こいつは、生かして帰すわけにはいかんな」
 ティンギリは、攻撃対象を武尊に斬りかえた。
「おいおい、ストーカー・ジェラルドは黒の十人衆の一人で、君の仲間だろうが? まったく、君こそ何の権利があって、神殿とその聖域を荒らすんだ?」
「荒らしてなどいない。風紀を守っているのだ」
「それが、ひとりよがりなのさ。わからないのか? パンツァー神は、君の行為に怒っている」
「怒っている? なぜだ」
「本当にわからないの? 恋人同士が仲睦まじくいられるように、というのがパンツァー神の願いなんだ。それを、君は! 気持ちはわからんでもないが、そろそろ鼻についてきたね」
 武尊がそこまでいったとき、不思議なことが起きた。
 ピカァァァ
 神殿の最上部、聖堂の中から放たれた光が、武尊の額を照らしたのである。
 すると。
「こ、これは、全身に力がみなぎってくる!!」
 武尊は、自分の頭に、金色に光り輝く巨大なパンツが被せられているのをみて、唖然とした。
 強烈な力が、武尊の内部に膨れ上がった。
「くらえ!!」
「なに、この力は!!」
 武尊の攻撃を受け止めたティンギリの目が、驚愕に見開かれる。
「おりゃ、おりゃ! これでもか!!」
 武尊は、圧倒的な力でティンギリを圧倒した。
「おぬしのような、女の下着のことしか頭にない奴に説教される筋合いはないわ! おぬしも風紀を乱している、よって、拙者とは相容れない。死ね!!」
 ティンギリは叫ぶが、劣勢は明らかだった。
 その額に、汗がにじんている。
(武尊、そこだ、そこに奴を誘導するんだ!!)
 又吉は、武尊にひそかに合図を送っていた。
(よし!!)
 武尊は、ティンギリを追いつめて、ある地点にまで誘導した。
「くらえー!!」
 武尊の拳が、ティンギリを後退させたとき。
「うん!? うわー!!!」
 誘導にひっかかって駆けていたティンギリは、又吉が昼間のうちに仕掛けていた落とし穴のひとつに、見事に落ちてしまった。
 ずずずずずず
「くっ、深い! 出られん!!」
 もがくティンギリ。
 落ちたときに、足をくじいてしまったのか、思うように身体が動かない。
「さあ、これでもう懲りたか!?」
 武尊は、穴の縁から、勝ち誇った顔でティンギリを見下ろした。
 そのとき。
「よくやってくれましたわ。さあ、とどめを刺してしまいましょう」
 ティンギリを追っていたオリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)が、やっと穴の縁に立って、いった。
「うん? とどめ? いや、パンツァーはそこまでは」
 武尊は躊躇した。
「情けは不要ですわ。ティンギリさんは、危険な方です。いくらいっても聞きません。ここで見逃すと、きっとまた、多くの人を傷つけるでしょう」
 オリガは、厳しい表情でそういうと、ティンギリが落とした巨大なハサミを手にとって、穴の中のティンギリに向かって振りかぶった。
「お、おい、やめろって」
 武尊は、慌ててオリガを止めようとする。
「一度死んだ身だ。殺すなら、殺せ!!」
 ティンギリはティンギリで、肚をくくって、観念した。
 そのときのことである!
 ピカァァァ
 神殿の最上部、聖堂の中から再び光がほとばしり、オリガの身体を照らした。
「あ、あら? この力は!?」
 オリガは、全身の力が急に抜けてしまって、ハサミを取り落としてしまった。
(超能力に近い!? それも、桁違いに強力な!! いったい、何ですの?)
 オリガは、戦慄した。
 さらに。
 ピカァァァ
 またしても光がほとばしったかと思うと、落とし穴の中の、ティンギリを照らしだした。
 すると。
「う、うお、身体が浮き上がる。これは!!」
 ティンギリは、落とし穴の中からひとりでに身体が浮き上がると、地面に横たえられるのを感じた。
「あ!? 足が治っている」
 ティンギリは、目の前のことが信じられなかった。
(ものすごい力の持ち主が、拙者たちを見守っていたのか。まさか、パンツァー!? だが、なぜ拙者を助ける?)
 ティンギリ・ハンは、畏敬のまなざしで、神殿の高みに輝く、神々しい光をみやった。
「これは……そうか。パンツァー神は、争いなど、望んでいないんだ。だから、みんな、もう闘いは、やめるんだ!!」
 武尊は、その場の全員に呼びかけた。
「わかりました。パンツァー神の慈悲に満ちたおおいなる志、確かに感じましたわ。同時に、自分が少し恥ずかしくなりました。ここでの闘いは、もうやめることにしますわ」
 オリガは、潔くそういうと、武器をしまった。
 しかし、そのとき、オリガは、内心別のことを考えていたのである。
(あの力。あれがあれば、もしかしたら、カノンさんを救えるかもしれませんわ!!)
 オリガは、天御柱学院の強化人間管理棟にいまだ監禁されている設楽カノン(したら・かのん)に想いをはせ、パンツァーに祈りたい気分だった。
「……」
 一方、ティンギリ・ハンは、無言のまま、頭を垂れていた。
 夜明けが近づいていた。