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第2章 厨房でご奉仕☆

「今日もお客さんがたくさんきたようだぞ。夕食、どんどんつくらないとね」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が、そういって汗を拭う。
 神殿の厨房である。
 あちこちに置かれた鍋が煮えたっていて、もくもくと湯気が上がっている。
 耐えがたいまでに厨房の温度は上がっていた。
 調理とは、こんなにも熱い想いをしなければならないのかと、涼介は思った。
「はい。お客様からリクエストが出れば、それにもこたえなければいけないですしね。こうやって本格的に料理をするのは久しぶりですけど、大忙しですね。でも、活気があっていいです」
 長谷川真琴(はせがわ・まこと)もまた、そういって額の汗を拭った。
 厨房には、他にも多数のメイドや、調理人希望の宿泊者がいて、腕によりをかけて料理をつくっている。
 そんな中で、涼介たちは、奉仕の志とか、巫女を目指すとかは考えずに、料理を食べてもらうことでいろんな人に楽しんでもらいたい、ただそれだけを考えて働いていた。
「でも、驚いたな。長谷川さんは、もう整備のことしか頭にないんだと思ってた。そんな風に、調理にいそしむホットな姿をみられるなんてね」
 涼介は、真琴に微笑む。
 2人は、幼なじみであり、思いがけずも、この厨房で久しぶりに再会したのである。
 2人とも、申し合わせて来たのではなかったが、この巡り合わせは、パンツァー神のお導きかとも思えた。
「はい。私も、こういうことをするのは久しぶりなんですが、神殿の噂を聞いて、何だか、そこで人に喜んでもらえることをするのもいいかなって。ちょうどオフの時期でしたしね。こうして働いていると、整備も、料理も、似ているな、と思いますね」
 真琴も、感慨深い表情で涼介をみつめていう。
 涼介は、真琴にとってのかつての憧れの対象だったのだ。
 でも、いまは……。
「そうなの? じゃ、整備だけじゃなくて、料理もプロフェッショナルにやっちゃうってこと?」
 涼介は軽い口調でいった。
 ふいにこみあげてきた切ない想いを遮られた真琴は、目をパチッとさせたが、
「さすがにプロってほどじゃないですけど、でも、整備も料理も、使う道具がスパナか包丁かの違いだけで、何かをさばいて整える、という点でも共通してると思うんですよね。それに……」
「どちらも、油を使うしね!!」
 涼介のその言葉に、真琴は思わず微笑んでいた。

「さあ、この厨房こそ、無差別奉仕にぴったりだわ! 何しろ、食事をしない宿泊客はいないものね! みんな、心をこめて大量に料理をつくるのよ!!」
 多比良幽那(たひら・ゆうな)が、いよいよ始まろうとしているお食事の時間、厨房の者にとって最大のカオスを前に、気炎をビンビン上げていた。
 彼女の言葉に反応して、4匹のアルラウネたちも厨房をところ狭しと駆けまわり、お皿を運んだり、鍋をかきまわして調味料を入れたりし始めた。
 だが、他に、1匹だけサボっているアルラウネがいた。
「こらー、ローゼン! なに、サボってるの! おイタが過ぎると、あなたを鍋に入れて、料理にしちゃうわよ!!」
 多比良の怒鳴り声もどこ吹く風。
 アルラウネ・ローゼンは厨房の床に頬杖を突いて横になり、フンフンと鼻歌を歌っているのだった。
 これはこれで楽しそうである。
「そう叫ばんでも、まずは自分の作業に集中すべきだと思わんのか? しかし、我が母に奉仕しなければならないのに、その母が奉仕してしまっては、我が母に奉仕できないではないか!!」
 アッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)が、檄を飛ばす幽那に口をとがらせていう。
「くぉら!! そういうあなたも、ブツブツ文句いわないで奉仕に専念するの!」
 幽那はアッシュを睨んだ。
「奉仕はしているぞ。だが、本当は、我は母に……」
 アッシュの言葉は、その脇からあがった声に遮られた。
「うむ! 奉仕ならば余に任せよ!」
 ネロ・オクタヴィア・カエサル・アウグスタ(ねろおくたう゛ぃあ・かえさるあうぐすた)である。
 偉そうな手つきで盛りつけをするネロだが、その手際はよく、しかも心がこもっていた。
「いいわね。感心、感心! ローゼンも見習うの! あら、どこ行ったのかしら?」
 幽那は、奉仕をサボっていたローゼンが姿を消したので、慌てた。
 まさか、誰かが本当に鍋に入れてしまったのだろうか?
『ローゼンなら、ここにいるよ』
 キャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)が、ひたすら皿洗いをしている自分の足元をさしていった。
 そこでは、ローゼンが腕組みをしてぐるぐると歩きまわり、なぜだか妙に嬉しそうにニヤニヤとしていた。
「まあ、そんなとこで! 何をしてるの!!」
『そうせっつくものではありませんわ』
『ゴーイング・マイウェイな奴なのじゃ』
 アリスは、めちゃくちゃな口調で幽那にいった。
「アリス、それが終わったらお肉を切って欲しいんだけど」
 幽那は依頼した。
『それには興味がないもん!!』
 アリスは、さっきとはまた違った口調で断る。
「興味がないって何よ? そんなんじゃ奉仕にならないでしょ」
『だから拙者は、奉仕に興味がないといっているのでござる』
 アリスは、武士の口調で答えた。
「皿洗いばっかりして、そっちの方が面白いの?」
『ああ、面白いぜ!!』
 そういって、アリスはニヤッと笑って、水道の蛇口を思いきりひねって、大量の水流を皿にぶちまけ、はね返る水を浴びてキャッキャと笑った。
『レッツ・ダンシング☆』
 水はそのまま、厨房の壁にかけてある、しゃもじや包丁を両手に持って振りまわしながら、アリスはリズミカルに踊り始めた。
 みれば、ローゼンもニコニコと笑って、両手のナイフとフォークを交互に振りあげて踊り始めている。
「ちょっと、やめなさいよ! 水を止めてって! もう!!」
 幽那は頬を膨らませて、踊るアリスとローゼンを追い駆ける。
 キャーと悲鳴をあげて逃げまどう、アリスたち。
 幽那はほとばしる水流を止めようと、蛇口に手を伸ばした。
 その隙に、アリスは食堂に駆けていった。
『さあ、今宵はようこそ我の主催するディナーへ!!』
『存分に食べて頂きたいですの』
 アリスは笑いながら、できあがった料理を、食堂の宿泊客たちに配り始めていた。
「うむ、うむ! 楽しそうで、にぎやかで何より!! みなの心をひとつにして、奉仕にいそしむのじゃな! これぞ、王道。我が説く道じゃ!!」
 一連の騒動を見下ろすような視線で眺めながら、ネロが、じゃがいもの皮を丁寧に剥きながら、何だか偉そうな態度でうなずいていた。

「わーい、ご飯だ、ご飯だー!!」
 食堂では、宿泊客の一人、秋月葵(あきづき・あおい)がナフキンをかけてテーブルにつき、フォークとナイフのそれぞれの先端をカチャカチャ突き合わせながら、いまかいまかと料理が運ばれてくるのを待っていた。
「はい、葵お嬢様、いまお持ちいたします」
 イレーヌ・クルセイド(いれーぬ・くるせいど)の声がすると同時に、ミニ雪だるまたちがテーブルの上をよちよち歩いて、料理のお皿を葵のもとに運んできた。
「わー、すごい、可愛いー!! イレーヌちゃん、最高!!」
 思わぬ給仕の姿に、葵は大喜び。
「葵お嬢様、喜んで頂けたようで何よりです」
 厨房から出てきたイレーヌは、葵の椅子の側まできてひざまずくと、うやうやしい口調でいった。
「えー、いいよ、そんなにかしこまらなくても。イレーヌちゃん、ほかにもメイドはいるんだし、もっとゆっくりやってよ」
 葵は、運ばれてきたオードブルを頬張りながらいった。
 イレーヌのつくるディナーは、フランス料理のフルコースだった。
 葵が最初の料理を食べ終わると、ミニ雪だるまたちが、空いたお皿を持ってテーブルの上を歩き、厨房に戻っていく。
「お嬢様のお世話は私の仕事ですから。神殿のメイドごときに任せるわけにはいきません」
 そういって、イレーヌは一礼すると、ミニ雪だるまたちの後を追うように、厨房に戻っていった。
 しばらくすると、また、雪だるまたちが料理のお皿を運んでくる。
「うーん、おいしい。どんなときでもイレーヌちゃんは完璧だね。素晴らしいよ!!」
 葵は料理を頬張りながら、ひたすらイレーヌを讃えた。
「へー。完璧主義のメイドがついてるんだな。まっ、俺の妹分も相当はりきってるけどな」
 葵とイレーヌのやりとりをみていたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が、感心したようにいう。
「エヴァルトちゃんもお仲間に料理をつくってもらってるの? 何だかワクワクするよね、こういうのって。どんなのが出てくるかわからないし。鬼が出るか、蛇が出るかだね!」
 葵が、やはり料理を頬張りながら、エヴァルトをみていう。
「そうだな。まっ、俺としては鬼じゃなくて蛇の方が……って、そっちも嫌だな。うーん、何を期待すべきか」
 エヴァルトが頭を抱えて考え始めたとき。
「お兄ちゃん……お待たせしました」
 ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)の控えめな声がエヴァルトを正気に返らせた。
「おお! ありがとう。さっそく食べてみるぜ!! うっ、これはうまい!!」
 ミュリエルのつくった料理を食べたエヴァルトは、思わず歓喜の叫び声をあげていた。
 ミュリエルの料理がうまいのはいつものことだったが、この神殿の、この食堂であらためて味わうおいしさは格別だった。
「うーん、いいなー、そっちもおいしそうだなー、食べちゃおうかなー」
 葵は手にしたフォークをエヴァルトの料理に思わず突き刺しそうになったが、神殿に至るまでの旅路で疲労をためていたエヴァルトは、ものすごい勢いでミュリエルの料理をむさぼってしまっていた。
「ふー、食った、食った。お代わり!」
 あっという間にお皿を空にしたエヴァルトが、無邪気な期待をこめた視線をミュリエルに向ける。
「あっ……はい。ほかにも料理があるので……持ってきます」
 エヴァルトの予想以上の消化スピードに驚いたミュリエルは、小走りで厨房の中に消えてゆく。
「あまり食べすぎないでね。後でメンテもやるから」
 エヴァルトの隣に座っているファニ・カレンベルク(ふぁに・かれんべるく)が、自分の肘でエヴァルトの肘を突っついていう。
「おう。大丈夫だぜ!! って、メンテって何だ?」
 威勢よく答えたエヴァルトだったが、次の瞬間、ファニの言葉の後半に反応してドキッとした。
「メンテはメンテだよ。疲れたその身体、いろいろ狂いが出てると思うから、ネジとか油とか、いろいろね」
 ファニはニコッと笑っていう。
「あっ、俺のメンテか。うーん、それはまあ、助かるよ。けど、自分の身体をおまえたちにいじりまわされるのも変な気分だけどな」
 サイボーグであるエヴァルトは、常に自身の回路を調整する必要があった。
「いじりまわすだなんて、変な言い方しないでよ。後で、お風呂から上がったら、真サージと一緒にやってあげるからね。くすくすっ」
 ファニは無邪気な笑みを浮かべた。

「さあ、みなさーん!! 今日の夕食、どうかな? 食べ終わった人も、まだ途中の人も、美羽の必殺ショータイムでたっぷり慰安されちゃってね!!」
 マイクを持った小鳥遊美羽(たかなし・みわ)が、食堂の奥にあるステージに立って、快活な声で宿泊客たちに呼びかけた。
 美羽の、超ミニのスカートがひらひらと揺れていた。
「う、うおお!? ダ、ダメだ、あんなのはダメだー!!」
 ミュリエルの料理を食べていたエヴァルトは、美羽のまぶしい太ももをモロにみてしまって、顔を赤面させた。
 ごふっ
 動揺のあまり喉にものが詰まって、むせるエヴァルト。
「あははは、面白いー!!」
 葵が、エヴァルトの慌てぶりをみて爆笑する。
「そこのキミ! あんまり興奮しちゃダメダメだよ!! それじゃ、本日のスペシャルゲストー!!」
 美羽はニコニコ笑いながら、ロープで両手を拘束されている人相の悪い男たち、そして、神殿の中をたむろしているマッチョマンたちをステージの上に招きあげた。
「はーい!! この人相の悪い人たちは、神殿の中で金目のものを探してコソコソ歩きまわっていた、盗掘者のみなさんでーす!! 今回、美羽が特別に捕獲して連れてきました!! そして、このマッチョマンさんたちは、盗掘者のみなさんと一緒にバックダンサーをやってくれるそうです!!」
 美羽は、盗掘者たちの拘束を解いた。
 ステージの上で目をパチパチさせ、美羽と、宿泊客たちとをみつめる盗掘者たち。
「イアー!!」
「ホー!!」
 上半身裸のマッチョマンたちは、めいめいがポーズをとって、鍛えに鍛えられた、小山のような筋肉を誇示してみせている。
「みなさん、突然で申し訳ありませんが、美羽さんに協力して下さいね。これが、更生にもつながると思いますよ」
 ステージ上で、美羽の傍らに立っているベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がいった。
 美羽と一緒に盗掘者たちと闘っておさえつけたべアトリーチェは、ヒュプノシスで彼らを眠らせて、ここまで運びやすくしたのだった。
「な、何だ!? ここはどこだ!? こ、この野郎!!」
 突然の環境の変化に戸惑っていたのも束の間、自分たちの受けた仕打ちに激昂した
盗掘者たちは、めいめいが剣や斧で美羽に斬りかかっていった。
 食事をしながらステージの様子を眺めていた宿泊客たちは、思わずわーと叫ぶ。
 だが。
「はいはい、みなさん、おとなしく!! それでは、ミュージック、スタート!!」
 美羽の合図で音楽が流れ始め、軽快なそのリズムに合わせて、美羽の手足が蝶のように軽やかに舞い、攻撃を避けたり弾いたり、自由自在に振る舞い始める。
「う、うおお、うおおー!!」
 顔を真っ赤にして剣や斧を振りまわす盗掘者たちの動きが、美羽の動きによってコントロールされて、武神の舞いのようなかたちに整えられていった。
 やがて。
「すぽぽぽぽーん!!」
 奇声を発するマッチョマンたちが、盗掘者たちの身体をものすごい力で羽交い締めにした。
「う、うわー、助けてくれー!! 骨が折れちまう!!」
 盗掘者たちは悲鳴をあげる。
「ふろ、ふろ、ふろんてぃあ!! ほあああ!!」
 マッチョマンたちは盗掘者を解放すると、手足をくねらせてリズミカルに踊り始めた。
 盗掘者たちは観念したのか、マッチョマンたちに合わせて踊り始める。
「はーい、いい感じ!! それじゃ、いっくよー!!」
 みんなの心が踊りに向けてひとつになったことを確認した美羽は、喜び勇んで、歌いながら垂直跳びを始めた。
 ひら、ひら
 跳びあがるたびに、美羽のスカートの裾が危険なまでにまくれあがった。
「う、うおお、あ、あれはー!! いけない!! む? だが、ぎりぎりのところでみえていないな! うむ、合格だな。うんうん。だが、けしからんぞ!!」
 エヴァルトの視線は美羽のスカートの裾に釘づけになっていて、みえそうでみえないチラリズムの魔術に完全に戸惑わされていた。
「何が、みえていないの?」
 葵が尋ねた。
「いかん! それだけは、ダメだ!!」
「はあ?」
 エヴァルトは再び顔を真っ赤にして激しく打ち振り、葵の質問に答えようとしない。
「美羽さーん、がんばってー!!」
 ベアトリーチェは、美羽を応援しながら、自分もステップを踏んで踊り始めた。
「みんな! 美羽のスカート、そしてその中には、不思議な力があるんだよ!! この力にかけて誓ってね、もう悪いことや、人の迷惑になるようなことはしないってね!!」
 美羽はニコニコ笑いながら歌い続け、跳び続ける。
 ひら、ひら
 スカートの裾が、まるで意志あるもののように微細な動きをみせていた。
 すると。
『さあ、俺たちの料理を食べたら、次は俺たちの踊りをみろー!!』
 厨房から、アリスがしゃもじや包丁を振り回して踊りながら食堂に現れ、テーブルとテーブルの間を駆けて、ステージに飛び上がっていた。
 アリスに続いて、幽那のアルラウネ、ローゼンもフォークとナイフを振り回して踊りながら、食堂の宿泊客たちの足元を駆け抜けて、ステージに飛び上がっていた。
 そのまま、アリスもローゼンも、美羽と盗掘者たちとマッチョマンたちの踊りにあわせて踊り始める。
 素晴らしい光景に、宿泊客たちから歓声があがった。
「みえる、みえない、みえそでみえない、ミソのミエミエ、チラチラチラリズムー。ラララ、スカート、パンツ、パンツァーだ、イェイ!」
 歌いながら、美羽はひたすら跳び続ける。
 いまこそ、チラリズムが世界を救うときなのである。
「ああ、素晴らしい……素晴らしいよ、美羽。美羽はきれいだし、チラリズムも見事だし、みんなが一緒に踊っているなんて最高だよ……」
 会場の片隅では、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、ステージの上の美羽とバックダンサーたちの織りなす饗宴を、感嘆の息をもらしながら見守っていた。

「ふう。みんな、行ったな。いまごろ、温泉で汗を流しているんだろうね。それじゃ、私たちも、遅い夕食をとるとしようか」
 涼介・フォレストは、食堂からほとんどの客が退出した頃合いを見計らって、いった。
 がらんとした食堂のテーブルの上には、涼介が厨房のスタッフをねぎらうために用意した、チャーハンと中華風の卵スープとが並べられている。
 カオス的な忙しさから解放されたスタッフたちは、みな、席について、ホッとした表情で遅い食事に口をつけている。
 その場の全員の胸に、ひと仕事終えた後の爽快感があった。
「真琴ちゃん、今日はお疲れ様」
 涼介もまた、素直な気持ちになって、卵スープをすする長谷川真琴の隣に座ると、心のこもったねぎらいの言葉を幼なじみにかけた。
「涼介さん……ううん、今日は昔に戻ってこう呼ぶね。涼介くん、今日はありがとう」
 真琴もまた、非常に素直で、シンプルな気持ちで涼介に御礼をいうことができた。
 涼介はうなずいて、
「それにしても、こうやって一緒に料理をつくるのは本当に久しぶりだったよね。私も結婚をしてしまって、これから先、こういったことができる機会も少なくなってくると思うけど、今度はパートナーたちも呼んでパーティをしてみたいね」
 その言葉に、真琴はなぜだか、胸がきゅっとするのを覚えた。
「あっ、そういえば、結婚、したんだよね。おめでとう」
「ありがとう」
「でも、何だか複雑、かな」
 真琴は、驚くほど素直にその言葉が出てくることに、自分でも驚いていた。
 久しぶりの幼馴染みとの再会が、自分を限りなく解放的にさせてくれている。
 いや。
 これもまた、パンツァー神の導きなのだろうか?
 だが、涼介は、もう。
「うん?」
 涼介は、真琴が一瞬下を向いたそのとき、ひどくはかない切なさを覚えた。
「だって、私、涼介くんのこと大好きだったんだよ」
 やはり、その言葉もまた、驚くほど素直に紡がれていた。
 あまりにも素直で、自然で、シンプルなその言葉は、忙しい時間が過ぎた後の食堂の緩い空気の中に、違和感なく、自然にしみこんでいくかのようだった。
「真琴ちゃん……」
 涼介もまた真琴の言葉を、照れることなくあまりにも自然なかたちで受け入れ、限りなく尊い現在のこの時間をただ享受できている自分を感じていた。
 限りなく完全に近い平穏。
 それがいま、この食堂の中にはあった。
 2人は、しばらく無言のままみつめあっていた。
 気まずいということもなく。
 そして、真琴は、自分の口がまた、自然に開くのを感じた。
「じゃあ、今度、涼介くんの奥さんをみに、遊びに行こうかな」
 何の他意もなく、そんなことをいえたのだ。
 真琴は、あまりにも自然で、何のてらいもなく本音をいえるその瞬間、そのときの空間を、とてもありがたく感じた。
 何より、涼介の口から「私も真琴ちゃんが大好きだった」などという言葉が出なかったことが、あまりにも自然で、この世の理にかなっていて、ふさわかしかった。
 真琴は、もちろん、そんな言葉を期待していたわけではなかった。
 涼介が、真琴を家族同然の幼馴染みとしかみていないというのは、これまでの想い出から考えても、ほぼ間違いのない事実といえた。
 いまここで、その間違いのない事実がいきなり覆ることもなく、ただ自然に予想どおりの展開になって、なんら突出したことがない、だから相手の反応を自然に受け入れられるということを、真琴はとてもありがたいと感じていた。
 そうなのだ。
 自分は、何かの奇跡ではなく、ただ、涼介と自然に、あまりにも自然に語りあえることを望んでいたのだ。
 それが、いま、かなった。
 これもまた、パンツァー神の粋なはからいというべきだろうか。
「どう、おいしい?」
 気がつけば、涼介と真琴は、ともにチャーハンを食べ、卵スープを飲んでいた。
 あまりにも自然に。
 そして。
「うん、おいしいよ」
 真琴は、涼介の料理だけではなく、何もかもにも感謝したい気持ちで、心からそういって、ささやかに微笑むことができたのである。