リアクション
○ ○ ○ 「ん? ゆる族……にしては小さいよね。まさか犬?」 熾月 瑛菜(しづき・えいな)は“シャンバラの現在“パビリオンの前で足を止めた。 入口側で、アコースティックギターをかき鳴らし、人々の注目を集めているのは、ふわふわな尻尾とお耳のパピヨン犬だった。 「わん、わわん、わーん」 瑛菜を見つけた、そのわんこ――騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、吠え声と、しっぽを大きく振って、アピールしていく。 「犬と共演も悪くないよねー。少しくらい、休憩してもいいよなっ。お前も歌う?」 瑛菜は連れていたコリー犬に語りかけると、コリー犬は「ワゥン?」と返事をした。 「あまり乗り気じゃない? でも、少しだけ付き合ってよ。あとで沢山サービスするからさ」 そう言って、瑛菜がコリー犬を撫でると「ワンワンワンワン♪」と、コリー犬は嬉しそうな声を上げ、尻尾を振った。 「わん、わん、くぅ〜ん!(ストリートライブです!)」 その間にも、詩穂犬の演奏は続いていく。 軽快なギターの音に合わせながら、ふさふさの尻尾をふりふり♪ 大きなお耳をふさふさ♪ 可愛らしい仕草と、明るい音楽に人々から歓声が上がっていく。 ただ勿論、子犬の手では、ギターを正確に演奏することはできていない……。 「サポートするよ、一緒に盛り上げよう!」 瑛菜が飛び込んできて、詩穂犬のギターを手に取った。 「さあ、子犬のワルツ行くよ!」 瑛菜はリズミカルに弦を弾き、歌い始める。 「わんわわわ〜んわん」 詩穂犬も、しっぽと耳をふりふりふさふささせながら、音に合わせて声を上げていく。 「かわいい、かわいいっ。わんわんわんっ」 「踊りたくなるね」 子供がぴょんぴょんはねだして、大人達はちょっとしたライブのように盛り上がっていく。 「こりゃ驚いた、犬が歌ってやがる」 子犬がリズムに合わせて動き回り歌う姿に、休憩中に通りかかった紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が驚きの声を上げる。 「……って、そうか。犬にもなれるんだっけ」 しかしすぐに気づく、人間が変身した子犬だということに。 運営スタッフとして働いていた唯斗は、薬について把握していた。 「にゃー、にゃー」 「にゃんにゃんにゃん」 「こら、暴れるな。一応こっちはスタッフなんだ」 唯斗によじ登ったり、肩や頭にのっかったり、猫マフラーになってみたり。 2匹の猫達が彼にまとわりついていた。 「ほほう、あの薬、大層な人気だな。そこら中に変身した奴がおる」 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の視界にも、沢山の猫と犬の姿が入る。 飛び回る鴉の姿も。 「にゃー(それにしても五月蠅い鴉達ですね)」 唯斗の頭を定位置に決めた猫、いや猫化した彼のパートナープラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)は、飛び回る鴉に煩わしさを感じていた。 自分達はまだ狙われたことはないのだが、時々、動物に襲い掛かっている姿も見かける。 「……にゃ(……ちょっと邪魔ですね)」 と、その時。 頭上を旋回していた鴉が、プラチナム猫の方へと急降下してきた。 「ふー……」 小さく声を上げて、プラチナム猫はまるで獲物を狩る獅子のような目で、鴉を睨みつけた。 ビクリと、鴉が反応を示す。 「カ、カー、カアー、アホー」 そして、捨て台詞のような声を残し、鴉はバサバサと飛び去っていった……。 「……にゃん(それじゃ、BGMを聞きながらゆっくり過ごすとしましょう)」 プラチナム猫は唯斗の頭の上で丸くなる。 「落ちるなよ……?」 唯斗はちょっと心配になり、頭の上のプラチナム猫に触れて、軽く撫でた。 「にゃんにゃん(そっちこそ暴れないでくださいね。……はう〜むにゃん)」 プラチナム猫は大きなあくびをして、目を閉じた。 「曲が終わるようだな。よく見れば、瑛菜ではないか。彼女も運営スタッフだろう。労いの言葉でもかけるか」 歌と演奏が終わり、歓声が飛び拍手が沸き起こる中。 エクスと唯斗は瑛菜達へと近づいていく。 「にゃにゃにゃん〜(お疲れ様ですー)」 最初に声をかけたのは、猫化して唯斗の肩に乗っている紫月 睡蓮(しづき・すいれん)だ。 「くぅーん、くぅん(聞いてくれたの? ありがとうっ!)」 お返事をしたのは、詩穂犬だ。 「にゃん、にゃん(楽しい曲でした。またやってくださいね)」 「わん、くぅーん♪(はい。楽しんで戴けてうれしいです)」 「ん? なんだお前たち、会話でもしてんのか? 何言ってんのかさっぱりだな……」 睡蓮猫と詩穂犬の会話に苦笑しながら、唯斗は楽器を片付けている瑛菜に話しかけてみる。 「この仔ら、お前のパートナー? 薬で犬化したんだろ?」 「ん? 薬で犬化? 何のこと?」 唯斗の言葉に、瑛菜は不思議そうな顔をする。 「なんだ、そうじゃないのか……。とゆーか、紛らわしいよな。トラブルを防ぐためにも名札をつけるように、提案しておくか」 「そうだな。パートナー達が迷子になっても厄介だしな」 唯斗の言葉に、エクスが頷く。 「なんだかよくわからないけど、片付けも終わったし、食事にでも行くかー。っと、室内に入る前に、一緒に身体洗うか?」 瑛菜がしっぽを振り振りしているコリー犬に話しかけると、コリー犬は「ワン!!」と元気に、とっても嬉しそうに、おーきな声をあげた。 「待て、待つのだ!」 がしっと、エクスが瑛菜の手を掴んで、引き寄せた。 「ん?」 コリー犬と離れた彼女に、そっと説明をする。 「お主が連れておる子犬も、おそらく人の変身した姿だぞ」 「え? 変身??」 「わんにゃん展示場という展示で、犬や猫に変身する薬を配っておるようだ」 「…………………へー……」 瑛菜の顔がなんだか黒い笑みに変わっていく。 「まぁ、あれだ。中身が誰かはわからんが、気を付けるのだよ」 「うん、ありがとー!」 ペンとエクスの肩をたたき、瑛菜は感謝する。 「わん、わんわんわんんわん?(それじゃ、豆腐屋の息子さんで配達しているうちにイコンの操縦が上手くなった山葉聡さんなんですか!?)」 「ワン! ワンワン(そうだ。って、なんでそんなことまで知ってるんだ)」 瑛菜とエクスが離れて会話をしている間に、詩穂犬はコリー犬から正体を聞き出していた。 「ワウーン、ワンン(しかし瑛菜とシャワーか。仕方ないよな、会話出来ないし、お互い汗で汚れちまったし。犬の身体じゃ自分で洗えねぇしぃぃ〜♪ 瑛菜のことは、この体毛でごしごし洗ってやるぜぇ♪♪)」 「くぅーん……(ええ、確かに仕方はないのですが……)」 聡犬はとってもご機嫌だった。 詩穂はいいのかなあと思いながら、瑛菜を心配そうに見上げる。 「瑛菜〜!」 そこに、パタパタと少女が走ってきた。 「ここで、ライブやってるって噂聞いたんだけど、もう終わったのね。誘ってくれればよかったのに」 「うん、バイトの合間の息抜きに歌わせてもらっただけ」 駆けてきたのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)。 「仕事って?」 「会場の美化活動を手伝ってる。この仔とねー」 「ワンワン(よろしくな、君も一緒に汚れようぜ)」 聡犬は元気にローザマリアにご挨拶。 「瑛菜が犬を飼っていたなんて初耳なのだけれども……割と可愛いわね」 ローザマリアはしゃがんで、聡犬の背を撫でてあげる。 「今日一日、世話を頼まれただけ〜。ほら、総合案内所で紹介してるでしょ?」 「ああ、そういえばしてたわね。それじゃ、付き合うわ」 「うん、よろしく」 瑛菜は片付けを終えると、しゃがんで詩穂犬ににこっと微笑みかける。 「最高の歌、ありがとう! また一緒に演ろう!」 そう言って、首と頭を沢山撫でた後、立ち上がる。 「それじゃ、ありがと。そっちの件もありがとね」 詩穂犬、そしてエクスに意味ありげな笑みを見せて、瑛菜はローザマリアと一緒にコリーを連れて巡回に戻っていった。 「わんわ〜ん(さよなら〜。また今度一緒に演奏しようねっ)」 ふさふさの耳としっぽをぶんぶん振って、詩穂犬は瑛菜達を見送った。 「それじゃ、俺達も行くかー。休憩時間中に、わんにゃん展示場に行って、注意を促してこねぇとな。っと、ほら、落ちるぞ」 「にゃん、にゃー(私も頭の上に乗りたいですー)」 頭の上に登ろうとした睡蓮猫をひょいっと掴みあげて、唯斗は掌に乗せた。 唯斗の頭の上では、プラチナム猫がすやすや眠っている。 「にゃーん(んー、残念ですが、頭は我慢します……)」 「む……」 ちょこんと座って、自分を見上げ、にゃーにゃー声を上げている睡蓮猫はとっても可愛らしく、撫でまわしたくなる衝動を抑え、唯斗は眉をひそめた。 「にゃ、にゃんにゃにゃ?(あ、お歌の上手い子犬さん。よろしければ、一緒に行きませんか〜?)」 「くぅーん!(是非!)」 睡蓮猫に誘われて、詩穂犬は唯斗達と一緒に、わんにゃん展示場に向かうことに。 「わん、わ〜ん(皆、楽しそうです。動物好きな人達も沢山いて嬉しいです)」 まだまだ、沢山のわくわくが待っていそうだ。 「私、さ。あんまり普通の生活とは縁が無かったものだから、ペットを飼った事がなくてね。可愛がるだけなら出来るのだけれども、御世話となると何をしていいのか、今一つ解らなかったりするのよ」 巡回をしながら、ローザマリアが瑛菜に語りかける。 「それで、餌って何をあげればいいの? よく、TVとか漫画では何かの骨をあげているみたいだけれども」 「骨だけじゃダメだろうね。あたしもよく知らないけどさ〜。実はさっき、ドッグフード買ったんだよね。あげてみる?」 ローザマリアの微妙にずれた発言に、瑛菜は笑みをこぼしながらドッグフードを取り出す。 「うん、あげてみる。美化活動中だから、場所を考えないとね」 ローザマリアは辺りを見回して、ベンチの傍であげることにした。 けれど。 「た、食べてくれない……」 聡犬は首を左右に振って、抵抗。決してドッグフードを食べようとはしなかった。 「……お腹空いてるでしょうに、偉いのね。あとで喫茶店にでも行こうか? から揚げくらいご馳走できるわよ」 「ワン!(食いたい!)」 途端、元気な返事が返ってくる。 「……なるほどねー……」 ローザマリアはその反応から気づく。 動物に変身する薬が会場のどこかで配られているという噂があることに。そして、このコリーも動物に変身した人間なのだろうと。 「さて、随分汚れちゃったし、そろそろシャワーに行きましょうか」 「ワーン、ワンワンワンワンッ!」 聡犬がすっごく嬉しそうに吠えて、しっぽを大きく振る。 「喜んでもらえて嬉しいわー」 にこにこ、ローザマリアはリードを引いて、瑛菜と共にシャワー室へと向か…… わずに。 井戸の前で立ち止まり、ぐわしぐわしワンちゃんを洗ってあげることにする。 「くぅー…………ん、くん、くーん」 コリーがとってもとっても悲しそうな、寂しそうな声を上げてすり寄ってくる。 「なんか、悪い事している気がする」 苦笑しつつ、瑛菜は犬用のシャンプーを取りにいく。 「私も瑛菜も貴方の事は可愛いと思っているわ」 にこにこ、ローザマリアはコリーに水をかけていく。 「でも、おイタが過ぎると――教導団食堂の厨師にドナドナするわよ?」 「クワゥ!」 教導団の食堂――そこには、犬をも食べる食文化のある中国人コックが勤めている。 びくっと体を震わせた後、聡犬はもっと大人しくなった。 「いいこねー、いいこ、いいこ」 「さー、綺麗にしてあげるからね!」 瑛菜も戻ってきて、2人でごしごし聡犬を洗ってあげるのだった。 |
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