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パンプキンパイを召し上がれ!

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4


 ハロウィンになると、思い出すのは去年の夜。
 ――『課題だから』。
 そう言って、リンスは意地悪く笑ったのだ。
 次に会ったときに渡した人形を見て、彼は見事だと言った。合格だと言った。
 あの時は嬉しくて、嬉しくて。
 はしゃいでしまって終わったけれど。
 ――私は、成長しているのかしら。
 改めて、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は自分自身に問いかける。
 ――私は、夢に近づけている?
 将来、自分の工房を持つという夢に。
 どうだろう。
 考えてもわからない。
「自分の成長って、自分じゃわからないものよね」
 思わず呟いた一言に、リンスが疑問符を浮かべながら反応した。
「リンスもよ」
「? 何が。何のこと?」
「別にー」
 たとえば、去年だったら。
 ハロウィンパーティをやろうとクロエが言ったとしても、こうして率先して輪の中に入っていただろうか?
 季節にちなんだ人形を棚に並べ、誰かの笑顔を暖かい目で見ただろうか?
 ――自分の変化に気付いてる?
 きっと、気付いていないだろう。
 当たり前のように誰かと話し、たまに笑むこの現状を、ごく当たり前に受け入れているのだろう。
 ――楽しそうねって言ったら、なんて返すかしら?
 前なら、『そう?』と無愛想に?
 今なら?
「ねえリンス」
「ん」
「楽しそうね」
「まあまあ」
 ほら、変わってる。
 楽しんでいるようでなによりだ、と衿栖は店番を再開することにした。


 修理を依頼された人形を繕う衿栖の手際を見て、レオン・カシミール(れおん・かしみーる)は小さく笑った。
 人形師として、彼女はずいぶんと成長した。ブリュ工房で、自分の許で修行していた頃よりも、明らかに。
 この一年で、衿栖は大きく変わったと思う。
 その一因であるリンスは、そ知らぬ顔でパイを食べているけれど。
 ――良い人形師になった。
 と思う傍ら、このままでは駄目だとも、思う。
 今の衿栖は、リンスに憧れている部分が強い。
 それだけでは、良くても二番煎じにとどまってしまうだろう。それはあまりにもったいない。
 これからは、衿栖がリンスにとっての『人形師として刺激を与えられる存在』にならなければならない。
 対等な関係を築けるように。
 互いに切磋琢磨し、腕を競い合える関係になれるように。
 稀代の名匠には必ずと言っていいほど、好敵手がいたように。


*...***...*


 ハロウィン用の仮装にとカボチャのかぶりものを用意して。
 ついに迎えた10月31日、滝宮 沙織(たきのみや・さおり)は街へ出かけた。
 くるくると踊るように歩き回り、ふと足が向いた先には一軒の建物。
 ヴァイシャリーの郊外で、人気のない場所にあるこの家に興味を持った沙織は、扉を叩いてみることにした。
「トリック・オア・トリート!」
 そして、合言葉を放つ。
「パイとクッキーがあるわ! どっちがいい?」
 応えたのは、ガラスの目を持つ少女だった。
「きゃ、きゃああっ!?」
 さすがに驚いた。
 だって、ガラスの目だ。よく見ると身体も人のものではない。彼女は沙織のリアクションにきょとんとした表情をしている。
「どうしたの」
 すると、騒ぎを聞きつけたらしい人が顔を覗かせた。男か女かわからないくらい綺麗な顔をした人だ。
「あのね、おねぇちゃんがわたしをみておどろいたの!」
「ああ……久しいよね、初対面の人に驚かれるのって」
「! そういうことね!」
 どういうことかわからない沙織は、二人のやり取りを見守るのみだ。
「この子は人形。俺は人形師。そしてここは人形工房」
 人形師と名乗った彼が、指で指し示しながら教えてくれた。
「人形だけど、この子は生きてる。怖がらなくていいよ、君にとって怖いことなんてしないから」
「あ、はい」
 それだけ言うと、彼はまた室内へ戻っていった。
「おねぇちゃん、びっくりさせちゃってごめんなさい」
「ううん、大丈夫。あなたお人形さんなんだ」
「そうよ。リンスがつくってくれたの。クロエってなまえもあるのよ」
「クロエさん」
 可愛い名前だ。呼ぶと、クロエがにこりと笑った。
「素敵だね。工房ってことは、中にも人形があるの?」
「あるわ! みていく?」
「うんっ」
 クロエの言葉に甘えて、沙織は工房に足を踏み入れた。
 陳列棚に並んだ人形は、どの子も表情が違うように見える。でも、共通して言えることがある。
「どの子も可愛いね♪」
 愛嬌があって、すごくいい。
 また、この工房自体の雰囲気も好きだった。アットホームな感じで、ゆるりと溶け込めそうな場所。
 今はハロウィンパーティの真っ最中のようだが、突然入ってきた沙織に戸惑う人もいない。すんなり受け入れてくれている。
「あたしも仲間に入れて?」
 わざわざ訊かなくても平気そうだったけど。
 一応、と思って確認を取ると、クロエが嬉しそうに頷いた。
「パーティは、みんなでたのしむほうがいいのよ!」
「やった♪ お礼にクロエさんに似合う衣装を作ってあげるね」
 沙織は裁縫が得意だ。今日の衣装だって自前だし、中々良くできていると思っている。作るのだって早い方だ。
 さくさくと作って、クロエに着せてやる。可愛い魔女の、できあがり。
「似合ってるよ、クロエさん♪」
 鏡の前に立たせると、ジャック・オー・ランタンと魔女のコンビが並んで写る。
「わたしたち、おにあいね!」
「それじゃあ一緒にお菓子をねだりに行こっか?」
 楽しそうに歓談している面々へ。
「「トリック・オア・トリート!」」


*...***...*


 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)は料理が得意だ。
 だから、クロエからハロウィンパーティをやると聞かされたとき、腕を揮おうと決めた。
「ユーリカ? 何をしているんですか?」
「ケーキ作りですわ、近遠ちゃん」
 いきなりキッチンにこもるものだから、気になったらしい非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)が尋ねてきても気にしない。
「何をしている?」
「あら、いい香りですのね」
 だんだんギャラリーが増えて、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)もケーキ作りの見学に加わり。
「もう。見ていないで手伝ってくれても構いませんのよ?」
 ユーリカは、少し頬を膨らませる。
 結局三人は見てるだけの姿勢を貫き、ユーリカ一人で作ることとなったのだが。
 味見をしてもらい、上出来だということを確認したら今日は寝かせることにして。
「明日が楽しみですわ」
 自分たちも、おやすみなさい。


 翌日、訪れた工房はすでに人でごった返していた。
「こんにちは!」
 入り口で声を上げると、気付いたクロエが駆け寄ってきた。
「ユーリカちゃん、きてくれたのね」
「当然ですわ。これ、お土産のケーキです。皆様で召し上がってくださいまし」
「わあい! とってもおいしそう。ユーリカちゃんっておりょうりじょうずなのね」
 嬉しそうに笑ったクロエが、ユーリカと並んで立っている近遠、イグナ、アルティアを見てはたと動きを止めた。
「はじめましてのひとたちだわ!」
「紹介しますわね。この方があたしのパートナーの近遠ちゃん。同じく近遠ちゃんのパートナーのイグナちゃんとアルティアちゃん」
 ユーリカの紹介を受け、近遠がクロエに優しく笑いかける。
「よろしくお願いします。クロエさん、でしたよね」
「そう。クロエ・レイスよ。よろしくね、このとおおにぃちゃん」
「イグナだ。先日ユーリカ殿が世話になったようだな」
「せわ?」
「魔法少女のときのことですわ、きっと」
「ああ! とんでもないのよ、いっしょにたのしませてもらったわ」
 ね、とクロエが同意を求めてきたので、ええ、と頷いた。
 あの日はいろいろと学べたし、魔法少女としての活動も認められた思い出深い一日である。
「だから、っていうとへんだけど……きょうはみんながたのしんでいってね!」
「もちろんですわ!」
「お言葉に甘えさせていただきます」
 ぞろぞろと工房に入り、パーティの空気を身体に受けて。
 今日が楽しい日になることを、直感的に理解するのであった。