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パンプキンパイを召し上がれ!

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パンプキンパイを召し上がれ!

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9


 ハロウィンパーティの報せは、「お久しぶりです」という挨拶と同時に来た。
『クロエって覚えていますか? 彼女が、パーティを開きたがっていて』
 電話越しの教え子の声は、少し前に話した時のものより明るくなっていた、気がする。
『明日で急なんですけど。先生も来れたら、と』
「そうだな。時間を作って尋ねさせてもらおう」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)はそう答え、電話を切った。
 ――ハロウィンパーティ、か。
 学校に通っていた時は、そういった浮ついた出来事とは無縁な彼だったのに。
 ――本当に変わるものだ。
 変化を、嬉しく思う。
 だって、前まではどこか冷めた目でしか、物事を見ていなかったから。


 手土産にとケーキを買って訪れた工房は、活気に満ち溢れていた。
 その中からリンスを見つけ、短く挨拶をして椅子に座る。
 人目見た感じ、元気そうだと思った。どうやら食生活の劣悪さはだいぶ改善されたようだ。しかし、肌が病的なまでに白いことなどを見るに引きこもり生活自体は変わっていないらしい。
「当たりか?」
「さすがの観察眼ですね」
 見事言い当ててしまったらしい。アルツールの言葉に、リンスは降参とでも言うように軽く両手を上げてみせた。
「少し外に出てはどうだ」
「買出しくらいになら」
「散歩も良いものだよ」
 運動しろとまでは言わないし、望まない。
 ただ、もっと外の世界を見てほしい。
「創作物を作る人間ならば、もっと色々なものを見て想像力を養った方がいい」
 ただ、そういう話だ。
「長い人生経験を経た老練な職人が工房にこもって仕事に打ち込むならいざ知らず、君のように若いうちからこもりきりでは年を取ってから才能が枯渇することもありうる」
「相変わらず痛いところを突きますね」
「教えることが勤めだからな」
 そうですね、とリンスが短く相槌を打った。反論や、異論はしてこない。自分でもわかっているのだろう。昔から、賢い生徒だった。
「誰かから話を聞いたり、写真を見ることもいいだろう。しkさい、実物を見るのとでは刺激が違うはず」
「はい」
「君は健康体だね?」
「はい」
「ならば、自由に身体が動く今のうちに様々なものを見聞きするのも創作家として大切な仕事だ」
 もちろん、今すぐにと言うつもりはない。そもそも無理をしては元も子もないのだ。
「そうだな……気が向いたら、また魔法学校に顔を出すといい」
 そこから始めて、だんだんと遠出をしてみたらどうか。
 静かな瞳で尋ねると、リンスは真っ直ぐに見返してきた。
「学校の様子も変わったよ」
「え?」
「世界樹が空中に浮かんだことは知っているかね」
「ええ、まあ。新聞記事程度で」
「内外の様子が随分と様変わりした。なかなか刺激になるだろう。気分的にも、な」
「では、いずれ」
「ああ。待っていよう」
 薄く笑うと、同じような笑顔を返された。それがまた可笑しくて、笑う。
「その時は、先生からの依頼の品も届けます」
「ああ。そうだな、完成してもすぐに受け取りに来れない場合もあるだろうから。そうしてくれると助かる」
「とはいえ、行くより先生が来る方が早いかもしれませんけど」
「そうしたら私が出向くしかあるまいな。まあどちらにせよ楽しみにしている。焦らずゆっくりやってくれ」
 話は以上だ、と切り上げて。
「元気にやってくれたまえ」
 アルツールは工房を後にした。


*...***...*


 ドアを開けると、パンプキンヘッドをかぶったマント姿の男が立っていた。
「トリック・オア・トリート・オア・スマーイル♪」
 そんなシチュエーションを日下部 社(くさかべ・やしろ)は作り、驚く間も与えずにリンスへと言ってのけたのだが。
「はい、飴」
 リンスはさらりと受け流してきた。社の、広げた両手にひとつずつ飴を乗せる。
「ツッコミ放棄せんといて。もしくはせめてボケたって」
「驚いててどっちも追いつかないんだよ」
「だったら表情筋動かしたって」
 この友人は、最近えらく笑うようにはなったもののそれ以外はどうやらまだ乏しいようで。
 まあ、驚いてくれたのならこの試みは成功か。
「ハロウィンだからパンプキンヘッド?」
「せやせや。なんや今年は物分りええなぁ、もっとこう、『何してるの』的な目ぇすると思っとったで」
「十分してるよ、かぶりもののせいで見えてないんじゃないの」
 一本取られた。確かにいつもより視界は悪い。
「まあ、日下部だしねえ」
「俺やからなぁ」
「お祭り男」
「お褒めに預かり光栄やで♪ ……そういやちーは?」
 飴をふたつもらったから、ひとつを日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)に渡そうと探すのだが、かぶりもので狭まった視界ではなかなか見つからない。
「あそこ」
 とリンスが指差した先を見ると、クロエと笑い合っている千尋がいた。
「日下部がドア開けてすぐ飛び込んで行ったよ」
「はは。待ちきれんかったんやなぁ」
「本当に仲良しだね」
「和むわぁ」
 社もすっかりリラックスしてしまい、適当な椅子に腰を下ろして場を眺めた。
 その場にいる誰もが楽しそうな雰囲気と、暖かな空気。
「ホンマ、落ち着く」
「何か言った?」
「ただの独り言や」
 気にせんといてとひらり手を振り、
「あ、ハロウィン人形」
 陳列棚にある新顔を見つけて近付いた。20センチ程度の大きさの人形は愛くるしい目をしており、思わず買って帰ってしまいたくなる。
「作ったん?
「せっかくだからね」
「忙しかったんとちゃう? ちゃんとモノ食っとる?」
「見ての通りだよ」
 言われたのでまじまじと見る。顔色もいいし、肌つやもいい。元気そうだ。
「俺より日下部の方が疲れてそう」
「あ、わかる?」
「まあね」
 846プロの社長に就任してというもの、充実しているが忙しい日々が続いている。社長が倒れたらしゃれにならないので健康管理には気を遣っているが、長い付き合いの友人の前だと多少の疲れは見抜かれてしまうようだ。
「でもこれからもっと忙しいしなぁ」
「そうなの?」
「ん、846プロでもハロウィンのイベントをやったりしとるんでな。
 大きなイベントやし、社長の俺が顔出さんとさすがにアカンやろ?」
 リンスは、よくわからないといった顔をした。
「そういうもんなんよ。それにアイドルだけに頑張らせるわけにもいかん。上に立つんやからしっかりしたとこ見せな」
「日下部はさ、俺よりよっぽど頑張り屋さんだと思うんだよね」
「何やねん急に。
 まあそういうわけやから、リンぷー。俺が席外してる間、ちーを預かってくれんか?」
「は?」
「しゃーから。俺、これから仕事。でも、ちーはああやん。クロエちゃんにべったりやん。連れて帰るのしのびないやん。だから、な!」
「はあ、まあいいけど」
「さっすがリンぷー! 話早いわぁ、助かるでホンマ!」
 恩に着る! と両手を叩き、パンプキンヘッドをかぶったまま工房を出て行く。
「遅くなるなよ、お兄ちゃん」
「わかっとるよ! ほなヨロシクちゃん!」


 千尋とクロエはと言うと。
「やしろおにぃちゃんはいそがしそうなのね」
「やー兄、社長さんだからねー」
 他愛のない話をしながら、パンプキンパイをつついていた。話している間、ずーっと肩が触れ合うほどの距離で。
「パンプキンパイってクロエちゃんが作ったの?」
「そうよ。たくさんたべてね」
「うんっ♪ あのね、ちーちゃんもパイ作ってきたんだよー。お友達にあげたりしてきたの。これはクロエちゃんの分ー」
「わぁっ、ありがとう! じゃあ、交換ね!」
「交換交換。えへへー♪」
「あーんする?」
「うんっ。……わー、クロエちゃんのパンプキンパイ、甘くてすっごい美味しいね♪」
「ちーちゃんのは、あますぎなくておいしいわ!」
 食べさせ合って、何もおかしくないのに笑い合って。
「本当、仲いいねぇ」
 と、眺めて言うリンスに胸を張るのだ。
「「しんゆうだもんっ」」
 重なる声に、また笑う。
「クロエちゃん、お着替えしよー☆ ちーちゃんクロエちゃんの衣装も持ってきたのー」
「わぁいっ、きるー。おそろいなの?」
「ううん、クロエちゃんのは白雪姫みたいな服なのー」
「ボーイッシュちーちゃんとはぎゃくなのね」
「でも、趣旨は同じだ、ってやー兄が言ってたよ♪」
「そうね、かそうしてたのしむならどっちもおなじだわ」
 着替えるために入ったクロエの部屋で、ふと千尋は思いつく。
「この格好で一緒にお外に行こう? お菓子を貰いに行くのー♪」
 おあつらえむきにジャック・オー・ランタンを象ったバスケットもあることだし。
「これいっぱいにお菓子もらっちゃおー☆」
「いいわね、すてき! いってきますしてでかけましょっ」
 まだ日は高い。
 遊びに行くことを許してくれるだろうし、きっと、帰ってくる頃にはバスケットの中身はいっぱいになっているだろう。
「楽しみだね!」
「とっても!」


*...***...*


 昼過ぎ。
「こんにちはー」
「お邪魔します」
 山南 桂(やまなみ・けい)は、榊 花梨(さかき・かりん)と共に工房を訪れた。
「パーティに参加しに来ました」
「どうぞ、上がって」
 リンスに言われ、人で賑わう工房の中に足を踏み入れる。さすがというかなんというか、本当に人が多い。
「人徳ですか?」
「? 何が?」
「いえ、何でも」
 本人は気付いていないし気にしてもいないようだったので、その話題はさらりと流し。
 桂は、キッチンへと向かう。
「山南?」
 何をするの? と言いたげに声をかけられたので、薄く微笑んだ。
「手伝いです」
 視線をやったのは、テーブルの上。
 パンプキンパイはたくさん作ったらしく、まだまだあったがオードブルの類が足りていない。
 視線を追って、気付いたリンスが桂に向き直った。
「ありがと」
「どういたしまして」
 さあ、主催の方はどうぞゆっくりしていてください。
 促すと、軽く会釈してリンスは戻っていった。
 キッチンに一人桂は立ち、調理を進める。


 桂がキッチンにいる間に、花梨はカボチャのキャンドル作りを開始した。
「翡翠ちゃんにね、作っておくように言われたの」
「手伝おうか?」
「リンスちゃんって、こういうの得意そうだよね」
「人形作りと衣装作り以外はほとんどしたことないし、どうかなあ」
「じゃあいいよ。翡翠ちゃんのお友達に怪我なんてさせたら、あたし困っちゃうよ」
 それもそうかとリンスはすんなり諦めた。ので、安堵しつつ花梨は作業を進める。
 オレンジ色のキャンドルを彫り、カボチャの形に整形し。
 顔を作って、ヘタの部分をつけてやれば。
「はい、完成〜」
 お見事、と褒められた。褒められると嬉しくなる。だけど調子に乗ったりはせず、怪我をしないように注意深く彫っていった。
 いくつかキャンドルが完成した頃、さすがに集中も切れてきた。
「翡翠ちゃん、まだかなー」
 花梨たちが来てからどれくらい経っただろうか?
 キャンドルは完成したし、
「あ。桂ちゃんも料理終えたんだ」
 桂は大皿を持ってキッチンから出てきた。
「何作ったの〜?」
「オバケの森ですよ」
 見ると、皿の上にはオバケが居た。ゆで卵の顔に、のりの表情。小さなカボチャはきんとんで、お墓は……花梨には、何で作ったのかわからなかった。
「森の木は?」
「パセリです」
「美味しそう。……あたしもうだめだー、待ちくたびれちゃったよ」
 食べちゃダメかな? と料理の数々に視線を送る。
「貴女がそう言うようならば、先に始めていてほしいと主殿が」
「なんだ! じゃああたし、食べる〜」
 言うが早いか、花梨はパーティの輪の中に混ざった。
「クロエちゃんが作ったパイってどれ〜?」
「わたしの? これよ!」
「いっただっきまーすっ」
 教えてもらって料理を食べて。
 幸せを感じている間に、時間は過ぎる。