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ユールの祭日

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ユールの祭日
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●●● Fire Over England

アン・ブーリン(あん・ぶーりん)はイングランド王ヘンリー8世の2度目の妃であった。
ヘンリー8世はアンとの婚姻のために前妻と離婚しているのだが、当時のカトリック教会において離婚は認められず、ついに英国教会が作られるに至ったわけだ。

これは当時においては非常に恐ろしいことだったのである。
ブーリン家はわずか数代で平民から貴族に成り上がっていたこともあり、人々からの反発は並々ならぬものであった。

アンは男児を産むことを求められていたが、結果として生まれたのは女児であった。
この女児こそが後の大英帝国の大君主、エリザベス1世である。

結婚からわずか2年、ヘンリー8世の愛は冷め、アンは不義密通を始め反逆罪や魔術罪などに問われ、ロンドン塔にて処刑された。


「あれが我が母上か、なんと凛々しいお姿か」

アンの姿を目にして、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)はつぶやいた。

グローリアーナ、『栄光あるもの』とはすなわちエリザベス1世の別称のうちでも特に知られたものである。

幼少のうちに引き離され、母は死罪となったため、記憶はおぼろにしかない。

「貴方が私の、母様……なのだな」
「エリザベスですか、大きくなって」

アンは成長した娘の姿を目にして、万感胸に迫るものがあった。

「父は背徳の暴王と呼ばれ、母は稀代の悪女と呼ばれた……妾は、栄誉など要らぬ。妾という存在を此の世に齎し賜うた父母の名誉の、証を立てたいのだ。

貴方にとって、父ヘンリー8世は確かに赦す事の出来ない悪逆非道の男なのかも知れない。だが――だが、そんな人間であっても、妾にとっては、唯一無二の、父なのだ。そして、妾が望む今世は、父様と母様と暮らす、そんな何でもない日々にほかならぬ!
母様、それ故に貴方と相対する愚かな娘を御赦し下さい――」

エリザベスの言葉に、アンはこう返した。

「video et taceo(見る。そして語らない)」

グローリアーナ生前のモットーのひとつであった。
お前の行いは見ている。だからこの場でそれ以上の言葉は無用。
そういうことであった。

グローリアーナはなおも溢れそうになる言葉をぐっとこらえて、二振りの長剣を抜いた。
アンはムチをしならせ、娘が不出来なようなら躾けようとする。

「それでは女王陛下の活躍を見せていただこうか!」
大英帝国の私掠船船長にして海軍提督だった英霊、フランシス・ドレーク(ふらんしす・どれーく)は身を乗り出した。

母と娘がぶつかりあう。
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に今できることは、ことの成り行きを見守ることだけだった。


アンは唄を歌い出した。
それはこんな唄だった。


Sing a song of sixpence,
A pocket full of rye.
Four and twenty blackbirds,
Baked in a pie.

6ペンスのうたを歌おう、
ポケットいっぱいのライ麦。
24羽の黒つぐみ、
パイのなかで焼かれたよ。

When the pie was opened,
The birds began to sing;
Wasn’t that a dainty dish,
To set before the king?

パイを切ったら
黒ツグミたちが歌いだす。
なんてすてきな料理でしょう、
王様の御膳にぴったりだ。

The king was in his counting house,
Counting out his money;
The queen was in the parlour,
Eating bread and honey.

王様は会計院にこもって
自分のお金を勘定中。
王妃様は応接間で
パンと蜂蜜頂いた。

The maid was in the garden,
Hanging out the clothes;
When down came a blackbird
And pecked off her nose.

メイドはお庭で
服を干す。
黒ツグミが一羽降りてきて、
メイドの鼻をつっついた。


イギリスの童謡マザー・グースのひとつ、「6ペンスの唄」である。
この歌は様々な解釈がなされているが、そのうちのひとつは
「ヘンリー8世(王様)、先妻キャサリン(王妃)、後妻アン(メイド)の関係を揶揄したもの」
という説がある。


アンの背後から、黒ツグミが現れた。
ツグミは次々とグローリアーナの鼻先をめがけて飛んでいく!

これがアンの秘術、『24羽の黒ツグミ』である。

迫り来るツグミのうち、10羽まではダッシュローラーで避ける。
次の10羽は避けきれず顔に受ける。
だがその顔にはドラゴンの鱗が生え、すんでのところでツグミを防ぐ。
残るは4羽。


「さすが女王様、やりおるわ」
ドレークが喝采を上げる。


母の全力に対し、娘も全力で返す。

「母様、ご覧あれ……これが我が王国の力!
 マイ・ハズバンド・マイ・チルドレン!」

「God save the Queen!
 女王陛下万歳! 大英帝国万歳!!」
ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)が叫んだ。

女王陛下の号令一下、世界中の英国人から少しずつエネルギーがグローリアーナのもとに集まってくる。
今のその名の通り、グローリアーナは光り輝いていた!

「我が王国がどうなったのか、これでわかっていただきたい!」
巨大な光弾が、アンの全身を包む。


母は倒れ伏した。
その顔には満足気な表情がある。

母を乗り越えて、娘はさらに先を目指す。