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リアクション
■ 遠き日々の物語 ■
エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は年末年始の長期休暇を利用し、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)を連れてドイツの片田舎にやってきた。
1日目はのんびりと過ごし、次の日エッツェルは森の中を散策しようと輝夜を誘って外に出た。
一面の白に、エッツェルと輝夜の足跡だけが並んでついてゆく。
雑踏の中では消されてしまうパウダースノーを踏む音も、こんな森の中でははっきりと聞こえた。
雪に覆われた幻想的な森をどのくらい歩いただろう。
だいぶ奥の方まで進んだ頃、エッツェルは語り始めた。
「昔、この辺りには町があったんですよ。活気もあり、そこそこ大きな町でした……」
そう言われて輝夜は辺りを見回してみるけれど……あるのはただ木々と雪ばかりで、町があったことを思わせるものは何も無い。
けれどエッツェルは、まるで今もそこに町があるかのように周囲を見渡しながら、話を続けた。
「中世、この辺りはフォルツォイク家がおさめていました。
フォルツォイク家というのは、魔術が世界から消えぬよう、研究や開発を行う魔術師の家系でした。その当時は欧州魔法連合にも名を連ねていたほどの、優れた魔術師の一族だったんですよ……」
エッツェルは、フォルツォイク家、最後の領主とその息子の話を語る。
フォルツォイク家に生まれた息子はエルンストと名付けられ、すくすくと成長した。
天賦の才があったのか、エルンストは知識を得るにつれ、魔術師としての才能を発揮するようになった。
エルンストは神童ともてはやされ、これでフォルツォイク家の繁栄は間違いないと思われた。
けれど……。
その周囲からの期待や自身の才能が、エルンストを増長させた。
青年に成長したエルンストは、真理を纏めて神の域へと近づかんとする程となる。
「そして遂にある日、エルンストはヨグ・ソトスの召喚を行うことにしたのです。
己ならその強大な力を御することが出来る、その自信の元に。
ですが、それは間違いだったのです」
一瞬にして町は消滅し、人も物も全てが異空間に呑み込まれた。
「それを幸いと言って良いものかは分かりませんが……エルンストの才は彼をその異空間で朽ち果てさせはしませんでした。彼は……唯一彼だけは混沌の空間から抜け出したのです」
しかしその間に、現実の世界では数百年の時が流れていた。
その上、エルンストの体は徐々に怪物のように変異してゆく異形となった。
「エルンストは町であった場所を後にすると、見違えた世界を旅することにしました。残された時間を人として楽しみながら……」
エッツェルはそう話を締めくくった。
「それ、本当なの?」
輝夜が聞き返すと、エッツェルはさらりと答えた。
「もちろん冗談ですよ」
「嘘かい!」
反射的にツッコミを入れると、輝夜はくるりときびすを返す。
「エッツェルのホラ話に付き合ってたらすっかり冷えちゃったよ。先に宿に帰ってるね」
その姿を見送った後、エッツェルは独り呟く。
「……帰ってくる資格など、私にありはしないのですがね。つい戻ってきてしまいましたよ……」
エッツェルは懐を探って古びた指輪を取り出した。
指輪の裏側にはイニシャルらしき飾り文字が刻まれている。
―― E ・ F ――
一度だけ、その文字に目を落とした後、エッツェルはそれを森へと投げ捨てた。