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忘新年会ライフ

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忘新年会ライフ

リアクション

 話は蒼木屋の店内に戻る。
 セルシウスこ小話により冷めた空気を戻した存在があった。
 店内に設けられたステージに灯りがともると、ステージ上には雨宮 七日(あめみや・なのか)の体に乗り移った奈落人のツェツィーリア・マイマクテリオン(つぇつぃーりあ・まいまくてりおん)がいた。いつの間にか、店内にかかっていたBGMや照明は消え、今、客席を照らすのは薄い間接光だけである。
 マイクを手にしたマイは、客席を見渡し、大きく息をつく。因みに、本名で呼ぼうとして舌を噛む者が続出した為、彼女は皆からは『マイ』と呼ばれているため、ここでもそれに従う。
「去年は皆さん色々有ったと思います。掛け替えの無い何かを得た人も……失った人も居るはずです」
 スポットライトを浴びて語りだすマイ。
 薄暗い中、客の誰もが、そっと今年の自分や仲間に起こった出来事を刹那に振り返る。
「でもどうか、その行いを恥じず、悔やまないで下さい。……何がどうあろうと、あなたが此処に居る事は。あなたが行ってきた事全ての肯定で……」
 少し声のトーンを高くするマイ。
「一つでも否定してしまえば、あなたは此処には居ないんですから」
 マイの呼びかけに、大きな反応を見せたのは、店に復帰しステージを見ていたセルシウスである。
「(何という呼びかけだ!! あのような少女がこれ程心に響く言葉を述べるとは!!)」
「随分驚いているようだな、セルシウス?」
「む!? き、貴公は……シン!!」
 衝撃を受けるセルシウスの肩をポンと叩いたガリガリの黒服眼鏡の男は、アイドルの追っかけに全てを賭ける14歳。『通称:電撃作戦のシン総統閣下』(仲間内しか言わない)であった。
「貴公、何故ここに?」
「愚問だぜ。俺はアイドル現るところにその存在の全てを投じるのさ!!」
 完全な余談であるが、シンが何故『電撃作戦』と呼ばれているかと言えば、少年の彼が、その身の軽さ(通常の人が働いている時間でもチケット購入や追っかけ活動に従事できる)と、「数年後が恐ろしい」と仲間内で囁かれる程の親のスネかじりのテクにより得た財力からである。
「今日は他の仲間はいないのか?」
「加藤少佐はさっきいたけどな。ヒゲのオッサンは家族サービス。ジョニーは仕事らしい。全く、マイのこんな名演説に胸打てないヤツらが情けないぜ!!」
 ニヒルに笑ったシンはオレンジジュースをクイとあおり、セルシウスを見る。
「ムダ話が過ぎたな。そろそろ……来るぜ!!」
 シンの言葉にセルシウスがステージを見ると、パッと背後の鮮やかなライトが点灯する。
「と、言う訳で! 元気出していきまっしょー!! 魔法少女レイニィ☆テリオン! たっだいまさんじょーーーー!」
「「「YEEEEAHHHHH!!!」」」
「皆さんがこれから一年頑張れるように、誠心誠意篭めて歌いますっ! 元気が出るロックナンバーを、あなたにっ!!」
 客席に潜んでいたマイのファンと思える人間たちが一斉に立ち上がる。
 そして、軽快なアップテンポのリズムと共に、天真爛漫なマイのステージが始まる。
 マイの護衛兼マネージャーとして来ていた日比谷 皐月(ひびや・さつき)は、そんなステージの傍で目を光らせていた。
「(マイの護衛……と言えば聞こえはいいけどな。マネジメントみたいなもんだな。あいつ、色々頭が足りてねーから)」
 そう思う皐月の気苦労は、かなり広範囲に及んでいた。舞台経験が少ないマイが緊張せずに全部歌いきれるかとか、そもそも、マイは忘年会とか新年会とか分かるのかとか、色々不安な部分が有る。
「まぁ、その辺は何とかなるか……問題はだなあ……」
 皐月は脳内シュミレーションを再開させる。マイが変な奴らに言い寄られたりしねーかとか、ミルクとか頼んだりしねーかとか、ついうっかり酒飲んでぶっ倒れたりしねーかとか……。
 しかし、そんな皐月の心配などどこ吹く風で、マイはどんどんテンションを上げていく。
「おうおう! 元気な曲じゃねぇか!!」
 客席で見ていたラルクが叫び、他の客達にあわせ手拍子すると、
「魔法少女ですって、シリウスは加わらないのですか?」
「……オレはいいよ」
 リーブラに尋ねられたシリウスがプイと横を向き酒をグイグイ飲んでいく。彼女が見ると、セルシウスはシンと共に、最前列で腕を大きく振り上げたり、ジャンプしたりと何やら忙しそうだ。
 一方、ステージ上で奈落人のマイに体を使われていて何も出来ない七日は、そんな光景を見ながら、歯ぎしりしていた。
「(身体を使われて何も出来ません。折角の宴会だと言うのに……ぐぎぎ。仕方ないと言うことは分かってはいるんですけれど!)」
 そんなマイのステージは、客席から一段上がっただけの作りであり、容易に手を伸ばすことが出来る作りであった。
 数曲歌い終わりMCをしていたマイに、酒に酔ったためか、不届き者が手を伸ばす。
「マイちゃぁぁぁーーん!}
「はい?」
 男の伸ばした手がマイに触れかけた時、
「はいはい、そこまでー。触るのは握手会でも無い限りどうかと思うな、オレは」
 皐月が素早く男の手首を掴む。
「な、何だね、チミはぁぁーー!?」
「(何なのだろうな、オレは)一応、マネージャーだよ。折角のライブやってんだからさ、くだらない真似するんじゃねーよ」
 少し力を込めて皐月が男の腕を振り払い、黒い瞳でジロリと威圧すると、男は渋々と元いた席に戻っていく。
「ああいうのは、ファン失格だぜ。いや、品格を疑うな」
 無粋な男を一瞥したシンが吐き捨てる。
「シン。貴公、その歳にしては中々見所がある男だな。我がエリュシオン帝国で従龍騎士をやってみないか?」
「ハッ、冗談じゃねぇ。オレはオレの道を行く事しか出来ない男だぜ?」
 セルシウスとシンが話すのを横目で見ていた皐月に、マイが話しかける。
「皐月さん、ありがとうございます!」
「え? ああ、いいって。これぐらい。ほ、ほら……水でも飲めよ」
 皐月から受け取ったコップを飲んで一息ついたマイが、またマイクを持つ。
「えー、次が最後の曲ですけど、頑張って歌います!」
「「「えーーー!?」」」
 聴衆やファン達から悲鳴に近い声が上がる。
「ごめんなさいー! でも、まだまだ皆さんは忘新年会を楽しんでいって下さいねー。FLY!!」
 ドラムンベースが響き、よく通る声を持つマイの歌が始まる。

『FLY』作詞作曲:マイ
耐えられなくって吐き出した 痛苦 血の味の赤
浮かぶ涙は 塩味
片膝突いたら零れた 雫 悲しみの青
握り締める手に落ちた

けれど そんな時でだって
どうしたって 止まれないだろう?

噛み締めた 血の味 喉元に
片膝の汚れ払って 前へ
駆け抜ける 月下 爪先を
大きく跳ね上げて 前へ

荒野に刻んだ足跡が
きみを 指し示すから
きみは 強い人だって


「く……染みる曲だぜ! マイ!!」
 ペンライトを振りつつも、思わず目頭を熱くしたシンが眼鏡を取り、瞼を拭う。
「うむ。良い歌だ」
 熱唱するマイのステージを見ていたのは、客達だけではなかった。
「なかなかやるようだが、まだまだオレの域には達してねぇな!」
 ステージから出ていたカクテル光線を頭部で反射させつつ、ほくそ笑む吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は、マイのステージに見とれる客から蜂蜜酒のグラスを拝借し一気に煽ると、「確かにトロールの好きそうな味だぜ、ヒャッハー!」と、ステージではなく外へと向かって店を出ていく。