校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
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●やっぱり空京神社は盛況! 気温は冷たいが、白波 理沙(しらなみ・りさ)は元気一杯だった。 「まだかな〜♪」 彼女らは、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)と待ち合わせをしていたのだ。神社にやってきた雅羅に、最初に気づいたのは早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)である。 「あ、いらっしゃいましたよ、雅羅さん」 本当だ、と理沙は手を振った。 「明けましておめでとー! 今年もヨロシクね♪」 「おめでとう。こちらこそ、よろしく」 今日の雅羅はジャンパーにベースボールキャップ、パンツのボーイッシュな姿だ。活動的な彼女だけによく似合っていた。 「おめでとうございます。雅羅さん」 ぺこりとチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)が頭を下げた。 「その服装、よくお似合いですわね」 「ありがとう。でもこれ、最初はスカートだったんだけどね。家を出たとたん溝にはまって汚れちゃって……」 新年いきなり、災厄体質発動の雅羅なのである。 「そ、それはご愁傷様でした」 ノア・リヴァル(のあ・りう゛ぁる)が述べると、 「まあ、いつものことだから」と、諦めたように雅羅は笑った。 「もっと早くおっしゃっていただければ、私の着物を用意してさしあげましたのに……」 という姫乃は振り袖の晴れ着、日本の英霊だけに見事に着こなしていた。 「あっ、そんな気を回してくれなくていいからいいから。私ほら、アメリカ人だから和服って肩が凝るし。でも気持ちだけはもらっとくね」 雅羅の長所はいつまでも悩まないところ、からっと明るく彼女は姫乃に礼を言うのだ。 「それじゃあ、初詣に皆でれっつごー」 理沙が宣言し、連れだって歩き出す。 雅羅を誘うにあたって、結構それなりに理沙は緊張したものである。イエスといってくれるかどうか不安だったのだ。ところが雅羅はなんの屈託もなく「いいよ。行こう」と言ってくれた。もう友人関係といっていいだろう。 (「よかった……」) それにしても、と、理沙は思う。 ただ友人を誘うのに、どうしてこんなに胸がドキドキしたのだろう? 四人は連れだって、混雑を極める神社を歩んだ。楽しくおしゃべりしていたら、長蛇の列もあっと言う間だ。お賽銭を入れ、鈴を鳴らして手をあわせる。 「今年の願い事は……うーん、どうしようかしら……」 と直前まで悩んでいた理沙が、一番長く祈っていた。 「チェルシーは何をお祈りした? 私は去年と同じで、『せめて今年は災厄が少ないように』って……けれどさっき、投げたコインが信じられないことに賽銭箱の仕切りに当たって跳ね返ってどこか飛んでいったから望みは薄いかも」 ううう、と泣き真似して屈託なく雅羅は話しかけてくれた。理沙以外の面々にはそれほど馴染みはない雅羅なのだが、道すがら談笑したことですっかり打ち解けている。 「せめて人が食べる事の出来る料理が作れますように、と願っておきましたわ。わたくしの料理は戦略兵器と呼ばれたこともあるくらいで」 返すチェルシーも屈託がないのだ。二人は笑いあった。 これがきっかけで、それぞれ願ったことを発表しあう。 「私は皆さんの心に響くような歌を歌えるようになりたいですね」ノアは、ふたたび祈るように合掌して述べた。「あと世界が平和であるように……です」 かくいうノアの声は、ただ話しているだけでも歌声のように透き通っているのだった。 「今年も皆と仲良く健康に過ごせますよう願いました♪」 この発言主は姫乃。彼女は悠然と笑みを浮かべていた。 最後に理沙が述べた。 「私も同じだよ! 大切な仲間と今年も元気に楽しく過ごせますように、ってね♪」 「悩んだ割にはわりとノーマルなのね?」 意地悪な口調ではなく、単に不思議に思ったから、といった口調で雅羅が聞くと、 「今年は雅羅のことも、大切な仲間としてじっくり祈らせてもらったもので♪」 くすくす、笑みを洩らして理沙は言ったのである。 「もうっ! 嬉しいこと言ってくれるじゃない……ちょっと青春ドラマみたいで照れるけど」 雅羅は理沙と肩を組み、組んだほうの手で彼女の肩先をぱんぱんと叩いた。雅羅と理沙は互いのネガティブな話も告白しあったほどの仲だ、決してオーバーアクションではない……はずだ。 しかし、 (「えっ……」) また、理沙は胸が高鳴った。 アメリカ生まれの雅羅にとっては、ごく自然なスキンシップかもしれない――だからだ、と理沙は結論を出した。一瞬鼓動が早くなったのは、雅羅の動作に慣れていないからだと。そうに違いない。 それにしても、冗談半分であろうが「嬉しいこと言ってくれるじゃない」と雅羅が口にしたのは嬉しかった。かつて雅羅は疫病神と言われ忌み嫌われた過去があるという、それなのに挫けもせず、仲間と言われて喜んでくれている。 (「ココが雅羅の居場所だと感じてくれたらいいな」) 理沙はちらりと、雅羅の横顔を盗み見た。 綺麗なその横顔を。 理沙たちが石畳の上を歩んでいると、 「あっ、雅羅ちゃん!」 呼ぶ声が聞こえた。授与所のほうからだ。 巫女の服装をした秋月葵が手招きしているのだった。大量にいた客がなんとか一旦収まったらしい。葵は授与所を出て一息ついているところだった。 するりと雅羅に絡みつくようにして、葵は厄除けのお守りを勧めてみる。 「雅羅ちゃんは災難体質だし〜お守り買ってみたらどうかな? ……これが良いかも〜♪」 「うーん。色やデザインはそっちのほうが好みだけど……」 「そっちは『安産祈願』だよ。まだ早いのでは!?」 「うっ、教えてもらえなかったらちゃんと読まずにそっち買ってたわ」 などとやりとりしている雅羅に、 「雅羅じゃないか」 と呼びかける姿があった。 振り向くとそれは四谷 大助(しや・だいすけ)だった。彼もパートナーたちと初詣の最中なのだ。 このとき、大助の同行者、パートナーたるグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)は、 「あら雅羅、新年早々会えるなんて思ってなかったわ、奇遇じゃない!」 と走り出た。その走る姿の絢爛なこと。なぜってグリムゲーテは、老舗の呉服屋が特別に卸してくれた高級振り袖を着ているのだから。まぶしいほどにキラキラである。 「……おいおい、はしゃぐのもいいが、はしゃぎすぎて転ぶなよ」 大助がたしなめるもどこ吹く風、グリムは雅羅のところまで駆け、新年の挨拶をかわした。 「クールね、その振り袖っ」 雅羅が褒めると、 「そうでしょそうでしょ? さすが雅羅、分かってるじゃない」 両袖を指で掴み、くるりとグリムゲーテは回って見せたのである。 「今日のためにとっておきの振袖を準備してきたわ! ところが大助ったらコメントしてくれないわけ」 と言いながら彼女は、大助の前でぴたりと止まった。 「さあ大助、ご主人様の晴れ姿に何か言うことはないかしら?」 ところが大助は感慨もなにもなく、 「あーはいはい、グリム、似合ってる似合ってる……ったく、滅茶苦茶高い振袖を選びやがって……」 それだけ言っておしまいなのだった。すると雅羅が、眉を上げてたしなめた。 「ちょっと大助、女の子がせっかくおめかししてるのにそれはないんじゃない?」 「えっ、あ……ごめん……」 大助は、しゅんとなって雅羅を改めて見た。 振り袖姿の彼女を想像していたのだが、実際は異なり、雅羅はスポーティなパンツルックであった。しかし、小さな頭だからこそ似合うキャップ、茶色と黄色の温かそうなジャンパー、それに、脚の長さがきわだつジーンズは、憎らしいほど雅羅にフィットしている。いま、毅然とした態度でいるところもぴったりだ。 思わず大助は言った。 「ところで雅羅、その服装、いいと思う……格好いいというか可愛いというか……」 「私のことはどうだっていいの! 二人も」 と、雅羅は大助のもう一人のパートナー四谷 七乃(しや・ななの)を示して怒ったように言った。 「二人も振り袖の女の子を連れているんだから、もうちょっと彼女たちを褒めてあげなさい」 「いや、七乃たちはマスターの身内だから、いいのですよ〜」 七乃がフォローするように言う。 「まあ、大助がこういう感心しない態度なのは、いつものことだから別に気にしてないけどね」 いつの間にかグリムもフォローに入っていた。 「まあ、それならいいけど。あ、それから、褒めてくれたことは一応ありがと。でも、グリムも七乃も本当に綺麗よ」 その雅羅の言葉を聞き、グリムと七乃は顔を見合わせて笑った。 と言う雅羅の手には厄除けのお守りがある。それを見て七乃は目を輝かせた。 「お守り、お守り欲しいです! みんなで買いましょう!」 「せっかくだからおみくじも買わない?」 グリムはさっそくおみくじを引いて見せた。 「あら、今年も『大吉』だわ。私だから当然よね!」 わーい、と七乃も声を上げている。 「おみくじ、今年も『大吉』でした!」 しかし雅羅は首を振った。 「私はパス。新年から凹みたくないし」 「大丈夫だよ、雅羅。そんなに気にするほどのものでは……」 と言いながら大助はおみくじを引いて開いた。 (「今年は新年早々、雅羅と会えて幸運だった。その雅羅の前でおみくじ引く……この結果が、彼女と仲良くなれるかを占うものとなるかも……」) 開けて見た。 「中吉……」 最高ではないが、悪くもないということか。 (「まずは、彼女の苦悩を解消することからだな」) 今から本殿にならびに行く大助なのである。 祈る内容は決めた。『雅羅ともっと仲良くなりたい』と手をあわせよう。