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リアクション
第2章 ビバ・かくし芸大会 3
今回のアムトーシスのお正月イベントで大々的に行われていたのは、『隠し芸大会』だった。
むろん、さすがにそうしたメインイベントに主催者がいないのは困るということで、商店街を遊び歩いていたアムドゥスキアスもこの場は審査委員長として隠し芸大会用の特設ステージ、審査委員席に座っていた。
この隠し芸大会が終わったら、彼にはインタビューも控えている。地元の新聞や芸術家たちが、それを記事にしたり絵画や彫刻で芸術作品にしたりするために、待ち構えているのだ。
そして――そのインタビューには、隠し芸大会の裏方として働く契約者、久我 浩一(くが・こういち)もお手伝いとして参加することになっていた。
だからこうして、彼は今も隠し芸大会の舞台の裏側で、メモを片手に色々と質問を考えている最中だった。
「浩一、この照明はどのタイミングで動かせばいいのですか?」
そんな彼に、裏方の手伝いをするパートナーの希龍 千里(きりゅう・ちさと)が声をかけた。
「えーっと、それはエントリーナンバー134番が出たぐらいですね。なんでも、七つの照明を使ってイリュージョンをするんだそうですよ」
「イリュージョン…………岩を拳一つで粉砕とかでしょうか?」
「…………たぶん、違うと思います」
苦笑する浩一に、なぜ笑われたのか分からない千里は首をかしげた。
その後も、千里は他の魔族スタッフと一緒に各種機材の調整を行う。〈軽身功〉や〈神速〉の効果で、機材さえも武具のように驚異的なパフォーマンスで扱う。
「こういう使い方もあるのですね。転職しても困りませんか」
「……そんなことしたら俺たちの仕事がなくなる。頼むからやめてくれ」
そう言われて、少し寂しそうな千里。
あらかた準備が終わってきたところで、彼女は浩一に訊いた。
「ところで、カチェアさんはどこに?」
「先にカメラの調整に向かってますよ。他のスタッフとも打ち合わせをしてるみたいです」
「分かりました。では、そろそろ私も………………あ、そうです。浩一」
立ち去ろうとしていた千里は、何かを思い出した振り返った。
「ん……?」
背中合わせだった浩一も、呼びかけに反応して振り返る。
千里は――静かに微笑んだ。
「ありがとうございます」
その笑みは、ひとつの屈託もない笑顔で、思わず浩一は呆然となった。
「気にしないでください。それじゃ」
と言って、彼の前から去って行く千里。
残された浩一は、なんだか少しむずがゆい気がして、頭をガリガリと掻くばかりだった。
「シャムス様」
呼ばれた声色が誰のものかは分からなかった。
だが、振り返ったシャムスの目に映ったのは、カナンにおいて上位軍位を示す特別製の紫紺色の甲冑――すなわち、東カナンの領主、バァル・ハダドが身につけていた甲冑だった。
場所は隠し芸大会特設ステージの袖。そこはわずかな光しか届かない薄暗い場所になっていて、甲冑の主の顔はハッキリとは見えなかった。それでも思わず、シャムスは息を呑む。
「バァ……ル……殿……?」
だが、影から現れたその甲冑の主の顔を見て、シャムスはようやくそれがバァルではないことに気づいた。
「はじめまして、シャムス・ニヌア様。緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)と、申します」
「緋桜……遙遠……?」
バァルのものと腕章以外はほど同じ作りになっている甲冑を身につけるその契約者は、シャムスに自分の生い立ちを語った。
これまで東カナンでバァルと共に戦ってきたこと。その課程。そして、あの戦いでバァルたちの身に起こっていた数々のことも。
シャムスはただ黙ってそれを聞いていた。しかし、その腕は、いついかなるときも腰の剣に伸ばせるような位置にあり、わずかながらに彼を警戒しているように思えた。むろん、それは致し方ない。シャムスにとってみれば、初めて相対する男だ。仮に、バァルの戦友だというのが偽りの話で、実は自分の命を狙う暗殺者だったとしても、おかしくはないのだ。
だが――話を聞いていく内に、その内容が真実を物語っているということがシャムスは分かってきた。それに、バァル自身の隣にいなければ分からないような彼の人間性のようなものも、遙遠は語ったのだから。
「ぜひとも、バァルさん以外のカナンの領主様とお会いしてみたかったのです」
「つまり……品定めか?」
否定はしないが、苦笑するあたり、少しは当たっていたのだろう。
「それで、どうだった?」
「正直に言って、まだ、分かりません。しかし――」
「しかし……?」
「もし遙遠が仮にあなたの命を狙う暗殺者だったとしたら、もうすでに事切れているということだけは、分かりました」
そう言って、遙遠はにこやかに笑った。
「今後とも、宜しくお願いします」
彼は恭しく頭を下げると、踵を返した。が、ふと何かを思い出して振り返る。
「ああ、そうです」
「……?」
「今回のイベントのことは、バァルさんにもお伝えしておくつもりです。存分に、芸を披露してください」
「…………」
悪戯めいた彼の微笑みに、シャムスはいかにも嫌そうに顔をしかめた。
隠し芸大会は滞りなくすすむ。そこには魔法やスキルを使った本当に『隠し芸?』と思わしきものも多く参加していたが、逆にその派手さが会場の観客に異様な盛り上がりを与えていた。
そして、盛大なあおり文句を受けて、シャムスがついに登場する。その手に握られているのは、ひと振りの弓矢だった。
彼女の前にやって来たアシスタントは、緋山 政敏(ひやま・まさとし)だ。彼は頭にリンゴを乗せて、シャムスから数十メートルの距離を取る。彼が立ち止まって相対したのを確認して、シャムスは弓矢を構えた。
一歩間違えれば、矢が脳天を貫くことは確実である。
しかし、政敏にも、シャムスにも、そこに迷いはなかった。
そして。
ビュッ――という鋭い音とともに、矢が放たれる。空を切り裂いて一筋の線を描いたそれは、次の瞬間。
――政敏の頭の上のリンゴを貫いていた。
ウオオオオオオォォォ! と、盛り上がる観客たちの声。
すると、今度はそこから予期せぬ事態が起きた。それはシャムスにとっても、である。これから貫かれたリンゴと矢を回収してステージを去って行く予定だった政敏が、急にシャムスの前に駆け寄ってきたのだ。続いて、彼女の腕をガッと掴む。
「シャムス! 俺のものになれ」
彼女の腕をぐいっと引き寄せた政敏は、彼女を抱きしめ、真剣な表情を近づけて言った。
「は……? な、なにを……」
「俺は本気だ」
普段からどこか飄々としていて不真面目な政敏が、今回ばかりはその声音に重い力を込めていた。
思わず、ドキッと胸を掴まれた気分になるシャムス。なぜか、観客も息をのんで二人の様子を見守っていた。
しかし、次の瞬間。シャムスはフッ――と小馬鹿にしたような顔になると、ぐいっと政敏と自分の立ち位置を反転させて、思い切りその顔を殴りつけた。
「馬鹿なこと言うな!」
「…………」
「どーせまた冗談で言ってるのかもしれんがな。オレはそんな薄っぺらいもので振り向くような女じゃない!」
シャムスは泣くように真っ赤になった顔でそう叫んだ。
「それにな…………お前には、帰りを待ってくれてるやつだっているだろう。悪いけど、そいつのほうが、オレの何倍もお前とはお似合いだ」
「……お似合い……かぁ」
「あと、オレはお前みたいな軽薄男は大っ嫌いだ! それだけは、一生変わらん」
胸を張ってシャムスは言う。
政敏はそれをきょとんと見つめる。しばらくして彼は、ばたんとステージの床に倒れ込むと、大声で叫んだ。
「だーーー! ちくしょーーー! やっぱ駄目か! んじゃ、せめて、理想像を教えろよな!」
その声の大きさや、彼の行動に、シャムスは戸惑う。
だがやがて、にやっとした顔で彼女は言った。
「紳士で、勇敢で、男らしくて、騎士みたいで、なにより顔がイケメン」
「…………ケッ」
冗談にはしたくなくて、でも、冗談でありたくて。
二人はお互いに笑みを浮かべ合った。観客が、なぜかあおるように、ワアアアァァと歓声をあげていた。
「……ばか。政敏」
浩一たちの手伝いでステージに向けたビデオカメラを構えていたカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は、ひとり、誰にも聞こえない声でそうつぶやいた。思わずカメラを置いて、その場を立ち去りたい衝動に駆られる。だが、それでも彼女はビデオを回し続けた。
彼女の様子に気づいたかどうかは分からぬが、同じカメラスタッフの千里が、カチェアに声をかけた。
「すごいですね。政敏さん」
「……そうね」
「本気でしょうか?」
「どう……だろう」
分かってるつもりではいる。
これでも、政敏とずっと相棒として生きてきたのだ。彼の気持ちは、分かってるつもりでいる。
だけど、それが本当に彼の気持ちなのか? と問われれば、自信を持って頷く勇気はカチェアにはなかった。
「リーンさんはどう思ってるんでしょうか?」
千里にしては、今日はなにかと饒舌だった。
彼女の言葉で気になったカチェアは、審査員席でちゃっかりとアムドゥスキアスの隣に座っているもう一人のパートナー、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に視線を向ける。
彼女は観客と同じように黙り込んだまま、ステージの政敏とシャムスを見つめていた。
隣のアムドゥスキアスは、政敏のこの行動になんら驚いた様子を見せていない。むしろ、少し楽しんでさえいる。それは、もしかしてすでに予想できたことだったのか。あるいは、リーンが教えたのか。
カチェアには分からない。政敏の本当の気持ちも、分からなかった。
が――
「…………どっちにしても、後で殴っとかないとね」
「カチェアさん……顔が怖いです」
カチェアの身体が笑顔のまま怒りにプルプルと打ち震え、拳がぎゅっと握られたのは、間違いのないことだった。
●
隠し芸大会の会場のほど近く――観衆の背中が見える広場の隅で、
アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)と
パピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)は演奏と踊りを披露していた。いわゆる、街頭パフォーマンスであり、大道芸というやつである。
白い執事服を身につけたいかにも紳士らしい姿のアルテッツァがフィドルと呼ばれる擦弦楽器を演奏し、その曲に合わせて、白いゴスロリシスター服を身につけたパピリオが踊る。白い服を着るのは、地球のブラジル流の年越しの方法なのだが、むろん、それを知る者は、彼らの大道芸を見ている客の中には誰一人としていなかった。
『ぱぴちゃん、白い服大嫌いなのに〜……ぶー』
と言っていたパピリオの事を考えれば、あるいは白い服でなくとも良かったのかもしれないが――。
なんでも白い服を着るのは、その下の下着の色で、かけている願いが分かるというものらしい。そうして分かりやすく願望を見せて、手っ取り早く叶えられるようにするんだ、という風に理解したパピリオはその後、面白そうだと、むしろ進んで白い服を着込み始めたので、きっと悪くはないのだろう。これもまた、個性である。
と――パピリオが周りの客まで巻き込んで一緒に踊り始めようとしていたそのとき。
「捕まってたまるかあああああぁぁぁぁぁ!!!」
遠くから人影とともにそんな声が聞こえてきた。
(おや、あそこを走ってくるのは榊君じゃありませんか)
人影は、なにやら誰かに追われている様子で逃げてくる朝斗だ。彼はアルテッツァの前を通り過ぎようとしたが、彼の姿に気づいて立ち止まった。
「ゾディアックさんっ! お願いです、絶対、ボクが逃げた先は言わないでくださいね!」
「は、はあ……分かりました」
アルテッツァに釘を刺して、朝斗は再びドドドドッと駆け出していった。
それから遅れることほんの1分もない頃――今度はルシェンや陣といった面々が彼の前にやって来た。
「ゾディアックさん! 朝斗の姿、見ませんでしたか!」
「あー……榊君なら、その角を左に曲がっていきましたよ」
「ありがとうございます!」
どうやら、追いかけていたのは彼ららしい。
「あ……教えないでって言われてたの、すっかり忘れてました」
朝斗に対して悪かったと思わなくはないが、彼は、まあいいかとそれをスルーしておいた。
今は――この音楽と、踊るパピリオと見物客たちが何より重要である。
不憫な朝斗の幸運を祈って、彼は更なる優美な音楽を奏でるのだった。
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