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リアクション
第1章 巡る巡るよ、時は回る 6
アムトーシスは芸術の街だ。そのためか、この街には芸術家を育てるための育成学校がいくつか点在していた。そのうちのひとつ。最も街の中心に近い場所にある学校の中に、アムドゥスキアスとフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)はいた。スパイマスクαで変装して、フィーグムンドの使い魔ロゼとして彼女の傍にいるのは、契約者のローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)である。だが彼女は、こうしてフィーグムンドとアムドゥスキアスが邂逅しているこの場は、なにも口を出さず、ただ二人を見守るだけに努めることを決めていた。
ローザマリアがセッティングした校舎の屋上で、巨大キャンバスを前にして二人は向かい合う。その手に握られているのは、日本の羽根突きと呼ばれるお正月の遊戯で使われる羽子板だった。なんでも、羽根突きをしながら共同でひとつの絵を完成させようじゃないか、という提案らしい。
フィーグムンドは今回初めて握る羽子板の感触を確かめながら、感慨深げに微笑んだ。
「まったく、面白い事を考えるのだな、お前は」
「こういう趣向があってもいいでしょ、たまには」
対して、からりとした笑みを浮かべるアムドゥスキアス。
羽根突きのルールの確認と、筆や木炭などの色彩道具をお互いに用意する。そうして、準備が整ったところで、二人は息も整えて、ついに羽根突きをスタートさせた。
その間は、二人とも口数が少なかった。ただ、お互いに楽しむように、そして失われた時間を取り戻すように、二人は嬉しそうに羽子板を振るう。どちらかが羽根を落とす度に、巨大なキャンバスに描かれていく一筆の色彩。やがてそれは、徐々にひとつの絵となって、姿を現してきた。
二人の芸術家が織りなす絵画。そこに描かれていたのは――アムトーシスの街だった。
かつては一緒にそこで暮らしていた二人の記憶が呼び起こす、今とは少し外観の違うアムトーシスの街。
この街が、好きだから。二人はずっと、この景色と光景を忘れない。
と――。
二人は、校舎の中から聞こえてくるにぎやかな声に気づいた。
そちらに目をやると、そちらもまた巨大なキャンバスに絵を描く一人の少年がいる。どうやらにぎやかだったのは、それを見ていた周りの観衆の声のようだ。
「あれは……」
その少年――ロクロ・キシュ(ろくろ・きしゅ)のことを、アムドゥスキアスはよく知っていた。
この学舎の生徒で、アムドゥスキアスにとっては昔なじみのゴンドラの主人の息子である。同時に、後輩であり自分の弟子のようなものであって、アムドゥスキアスは彼をよく可愛がっていた。そんなロクロが、ひとつの絵を創っている。その筆さばきがどこか水面を揺れる水面にも似ているのは、彼がゴンドラ乗りの父を持っているからか。ゴンドラの舵を取るように、ゆらり、ゆらり、と、しかしはっきりと……筆が動く。その度に、キャンバスに広がる想像と知覚の世界。学舎で学んだ数々の技術を使って、ロクロの作品は完成に近づいていた。
地上の山で見た、燃えるような紅葉。
霧の大陸で見た、星空を飲み込んだきれいな湖。
巨大な魚のような大地で見た、美しい祭壇の石柱。
クリスマスという地球の神様の誕生日パーティの為に彩られてきらきら光る街並み……。
ロクロがザナドゥを旅立ってから見てきた、様々な景色がそこに彩られていく。
そしてやがて――その絵が完成したとき。観衆の生徒たちが拍手喝采した。
それに対して照れくさそうにはにかむロクロ。と、そのとき同時に、廊下の向こう側から彼の契約者である由乃 カノコ(ゆの・かのこ)が猛スピードで戻ってきた。
「カ、カノコ?」
「ロクロさん、聞いてくだしぁっ!」
なにやら切羽詰まった様子でずいっと詰め寄ってきたため、何事かと緊張を走らせるロクロ。
「は、はい」
「なんと……なんと………………この学舎には涼しい中庭があるやないですかぁっ!」
言い出したのは、ひどくどうでもいいことだった。
と、言うよりは、ロクロにとってはいまいち彼女の感動が理解できなかったようで、呆気にとられている。
「涼しい中庭! それすなわち昼寝に最適な場所! というかベッド! もはやベッドの領域やあぁぁ! なのに……なのに…………中庭に通ずる扉は勇者の証がなくては通れないと、伝説のベッドを守る守護者が言ったんやぁ!」
カノコはロクロの反応などおかまいなしにわめいた。翻訳するに、おそらくこの学校の教員が、中庭に通じる扉の鍵を持っていて、生徒でないと通してもらえないということだろうか。
彼女はロクロの腕をがっしと掴んだ。
「カ、カノコ……っ? なにっ……!?」
「さあ行くぞ未知の世界へ! 中庭へ向かうのだ勇者よ!」
「そんな、ま、まだ描きたいものが…………にゃあああああぁぁぁ!」
再び、ドドドドと音と土煙を立てて廊下を駆け抜けていくカノコにロクロは引きずられていった。床の摩擦熱で泣き叫ぶ声が痛々しい。
後に残された観衆たちはしばし呆然としていたが、徐々に判断力を取り戻して、ロクロのためにキャンバスに布をかぶせておくと、自分たちの元の目的へと戻っていった。そもそも、いまだ崩れた箇所が多い校舎内の復興が目的だったようだ。
そして。
ロクロたちを見つめていたアムドゥスキアスは、フィーグムンドと顔を見合わせて思わず笑みをこぼした。
「変わらないもんだね」
「ああ……そうだな。いつの日も、いつの時代も、な」
自分たちが学内で絵を描いていたときのことを思い出して、彼らは、羽根突きで描いたキャンバスを倉庫にしまう。いずれ復興が終わったらそれを寄贈することを約束して、二人は学校を後にした。
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