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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め

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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め
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第1章 巡る巡るよ、時は回る 1

「アムさーーんっ!」
 そう呼びかける声にアムドゥスキアスが気がついたのは、賑やかな人々の笑顔に包まれるアムトーシスの街を散策していたときだった。
 誰だろうと振り返った彼の視界に映ったのは、数名の男女の姿だった。その先頭で、彼に手を振りながら駆け寄ってくるのは一人の少女である。
「繭……」
「えへへ、アムさん、あけましておめでとうございます!」
 繭と呼ばれたその少女は、照れくさそうな笑みを浮かべてペコッと頭をさげた。
 彼女は稲場 繭(いなば・まゆ)。アムドゥスキアスにとっては、この間まで続いたザナドゥと地上との戦争において知り合った、親しき友人の一人である。そして、彼女に遅れること一呼吸おいて、他の友人たちもアムドゥスキアスのもとへとやって来た。
「お久しぶりです、アムドゥスキアスさん」
 そう言って、柔らかい笑みを浮かべて挨拶を交わしたのは契約者の蓮見 朱里(はすみ・しゅり)
 彼女は、その腕に赤子を抱いていた。どうやら、つい先日彼女が産んだ子どもらしい。大切そうに抱いているその様は、彼女の愛情が計り知れるというものだった。
「同じく、久しぶりだ」
 その朱里の夫でありパートナーでもあるアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は、同じくアムドゥスキアスに挨拶しつつも、彼女と赤子を愛おしそうに横目で見守っていた。あれだけ冷静なアインも、やはり自分の子が産まれたとなってはどうしてもそれが気にかかるようだ。
(機晶姫も人の子ってことかな)
 そもそもその寿命が地上の民に比べたらはるかに長く、老いもゆっくりと進む魔族のアムドゥスキアスにとっては、子どもが産まれたという話自体が珍しい話であった。どちらかというとそれは、ついにあの魔族も次の世代へ自分の力と血を継承したか、という継承の儀式にも似た印象を受けるものである。そのため、あまり人間の子どもに対する愛情は完全には理解できないが――それでも。
 慈母の微笑みというにふさわしい愛情に満ちあふれた朱里の笑顔を見ていると、それがどれだけ大切な存在なのかということだけは分かるような気がした。
「アムさん……? どうしたんですか?」
 と、いぶかしげに声をかけたのは乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)である。彼女は、この街の芸術大会でアムドゥスキアスと知り合った契約者にして、クラリネット奏者だった。
「ううん、何でもないよ」
 アムドゥスキアスは首を振って、心配そうに自分を見ている七ッ音に笑みを返す。
「ところで、七ッ音たちがどうしてここに?」
「どうしてって、アムトーシスで面白そうなイベントが開催されるって聞いたからに決まってるよ!」
 アムドゥスキアスに答えたのは、七ッ音ではない別の少女の声だった。
 振り向けば、そこにいたのは契約者の東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)。少し子供っぽさを残す明るい笑みが特徴的な少女だった。アムドゥスキアスと同じ本名を持つパートナーを持つ彼女だが、どうやら今はそのパートナーは一緒ではないようだ。そのことを少し残念に思いながら、アムドゥスキアスは話を進めるために問いかけた。
「それで……わざわざ?」
「ふっふーん、だって日本のお正月をやるって聞いたら、そりゃ行くしかないでしょ?」
 なぜか、どうだまいったかと言わんばかりに胸を張る秋日子。
「だから来たってわけ――」
 その視線がアムトーシスの街を見回し、
「――なん…………だけ…………ど……」
 徐々に、その言葉尻に力を失っていった。
 なにせ、街で開催されているのは、あくまでアムトーシスの住民が解釈した日本のお正月である。お正月を一種のお祭り事と認識していることもあって、通りを挟んでいるのは無数の商店と出店の数々。一応、お正月らしい門松……ぽいものや、しめ飾り……っぽいものも飾られてはいるが、どう見てもそれはあり合わせの葉と紐を使った装飾品だ。中には、ケラケラと笑う植物を使った飾りまである始末である。神様を迎え入れるための依り代としてではなく、お店の見栄えのための飾り付けの役割しか担っていないようであった。
(日本のお正月ってこんなんじゃない。間違ってる……っ。色々間違ってるぅ……っ!)
 秋日子は嘆くようにして天を仰いだ。
「どうしたの?」
 なにかあったのかと、心配そうに訊ねるアムドゥスキアス。秋日子は慌てて首を振った。
「う、ううん。な、なんでも……えーっと……い、良いお正月だね」
「うん、そうでしょー。みんな寝ずの番で飾り付けしたり、自分の店の商品を作ったりしてたからね」
「そ、そうなんだ」
 笑顔で民たちの努力を誇るアムドゥスキアスを見ていると、秋日子は少しずつ心が痛む思いだった。
 言いたい。けど言えない。そんなジレンマがぐるぐると回る。
「これで少しでも日本のお正月に近づいたかな?」
「へっ…………あー……えーっと……う、うん、すごく……近いと、思うよ。ね、ねえ、七ッ音さん」
「わ、私ですかっ……! え、えーと、その……」
 じーっと見つめるアムドゥスキアスに、本当のことを言ったほうがいいものかどうか迷う七ッ音。訊かれたのだからきちんと答えてあげた方が良いような気もするし、かといって、そうしてしまうとアムドゥスキアスがショックを受けてしまうかも。そんなことがぐるぐると頭の中で渦巻く。だが、結局は。
 彼女はゆっくりとうなずくしかなかった。
「……はい。ち、近いと、思います」
「そっかー。よかったよかった」
 完全に秋日子に巻き込まれた形だったが、自分もごまかしてしまった。
 七ッ音は秋日子と一緒にため息をつく。が、顔をあげた彼女の視線は怨めしく秋日子を見つめる。秋日子は乾いた笑いでそれをなんとかスルーするしかなかった。
 そうしていくつか談笑を重ねた後で、繭が言う。
「よかったら一緒に回りませんか? 一人より大勢の方が楽しいでしょうし」
(げっ……)
 それに、繭のパートナーであるエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)が過剰なまでに反応して顔をしかめた。彼女は実のところ、アムドゥスキアス――と、言うよりは魔族という存在そのものがあまり好きではないのである。もちろん、単なる色眼鏡だけでなく、そこに至るまでには様々な経緯も理由なのだが……いずれにせよエミリアにとってアムドゥスキアスは面白くない存在のひとつだ。
 そして、そのことはアムドゥスキアス自身もよく知っていた。
 自分を恨みがましく睨みつけ、繭を背後からいつでも守れるようにスタンバイするエミリア。どうやら、繭の提案は止めたいが、彼女もそしてみんなも楽しそうなのでそれを止めるに止めきれないようだった。
 駄目? といったような目でエミリアを見上げる繭。
「ぬぐ…………ま……まあ、仕方ないから許してやるわよ。感謝なさい」
 と言って、エミリアはアムドゥスキアスに対してぷいっとそっぽを向いてみせた。
 そのまま、ぎくしゃくした空気から逃げ出すようにその場を後にする。
 彼女と交代するように、繭のもう一人のパートナーであるルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)が輪の中に入ってきた。
「すまないなアムドゥスキアス。エミリアのことは気にしないでくれ」
 彼女はそのヴァルキリーという種族のイメージに最も近しいと言っていいほど、紳士的で礼節をわきまえた女性だった。すこし騎士道精神が過ぎることがたまにキズであるが、それを差し引いてもその一本芯の通った性格は他を魅了するものがある。
 むろん、だからというわけではないが、アムドゥスキアスは軽く笑ってそれに応じた。
「別に気にしてないよ」
 と――
「あ、そうだ。一応言っておくけど……」
 離れていったはずのエミリアが、言い忘れたことを思い出して振り返った。その目が怖そうにアムドゥスキアスを見つめている。
「繭に手出ししたら承知しないんだかんね! そのことだけは肝に銘じておきなさい!」
「エ、エミリアさん……」
 恥ずかしそうに顔を真っ赤にする繭だったが、当のアムドゥスキアスはきょとんとするばかりだ。
「あのルイーダさん。手を出すって――」
「いい」
「え、いや、あの……」
「いい。知らない。知る必要もない。何も言うな」
 改まって説明をするのは恥ずかしいことこの上ない。
 ルイーダは耳を朱に染めてアムドゥスキアスの言葉を制した。
「え、えっと……そ、それじゃあ、行きましょう! アムさん!」
「いや、だから……」
 慌てて繭がアムドゥスキアスの手を握り、ごまかすように彼を引っ張る。
 それにつられて、仲間たちも歩き出した。なし崩し的に、みんなで見て回ることは確定らしい。
 アムドゥスキアスは自分を引っ張る繭の手を見下ろし、
(……ま、いっか)
 嬉しそうに微笑を浮かべたのだった。