校長室
【カナン復興】東カナンへ行こう! 3
リアクション公開中!
「……おーっと! これは意外です!」 若冲が実況中継の声を1オクターブ跳ね上げた。 「東のニンジャの猛攻を受けて、西のニンジャが押されてます! 押されてます! 反撃する余地がありませんッ! 強い! 激しい! 東のニンジャ!! コントラクターをも圧倒する技の持ち主かーっ!! ……って、ところでもう1人の西のニンジャの朱鷺さん。あなた、戦われないんですか?」 いつの間にか若冲のとなりに折りたたみイスを持ってきて座っていた朱鷺に質問をする。 「ええ。だって私、2対1って卑怯と思っていますもの。やはり対決は1対1でなくてはね」 「なるほど。正々堂々戦ってこそまことの勝利というわけですねッ! すばらしい! なんて高貴なお考えをお持ちなんでしょう! ところで狐面の下にこれほど美しいお顔が存在したとは。隠すなんて罪なお方ですねー。世にもまれなほどお美しいお嬢さん、このあと何かご予定は?」 「あら♪」 (……ひとが戦ってるとこでナンパなんかしてんじゃねーよ) あとで殴ってやる、と固く誓う。 しかし若冲の言葉どおり、最初のころと違い、今の未散は防戦一方になっていた。二刀を手にしたカインの流れるような攻撃を、ときには鉄扇を開き、ときには閉じて受け止める。逆手に持たれた小刀だけでも厄介なのに、間に蹴りも入ってくるのだから見極めが難しい。 (しかも重くて早い…!) 読み間違って、何発かくらってしまっていた。鋭い刃先が肌をかすめ、焼けるような痛みが走る。 (でもおかしいな。一撃必殺で攻撃する人って聞いてたんだけど。……ハルが根回しの際に得てきた情報は間違いか?) そんなことを頭の隅で考えつつ、未散はどうにかカインの攻撃を受け流し続けた。そうして自分に彼女の注意が完全に集中したと確信したとき。未散の鉄扇の影での目くばせを見たハルが、人混みにまぎれて立つミフラグにそっと合図を出した。 これぞ未散の作戦! ブラックコートで気配を殺したミフラグが、背後から短剣を抜き取るのだ! 自分に猛攻をかけるカインに、近付くミフラグに気付いている様子はない。古くからよくある手だが、意外と成功しそうだと思えた瞬間。 空き地に転がったままだったつぼを引っ掛け、ミフラグはびたん! とこけてしまった。 「い、いたた……鼻打っちゃったっ…!」 「だからなんっで真正面に転がってる物に足引っかけられるんだよ、おめーはよ!! ドジるのもいいかげんにしろっ!」 鼻を押さえてうずくまっているミフラグに、思わずわれを忘れて叫んでしまう。 その隙を逃さず斬りつけようとするカイン。しかしこれすらも、未散の作戦の内だった。 (ひっかかったな!) ミフラグが失敗するのは想定内。とゆーか、彼女はおとり! 本命はハルだった! 「行けっ!」 未散の命令に従い、氷像のフラワシがカインの足元を凍らせ、その場に縫いとめる。そしてそれを合図にハルが霧隠れの衣を用いてカインの背後に回った。 だが実体化する直前、カインが足元に放った火遁の炎が彼を襲った。 「うわちちちちっ」 ズボンに燃え移った炎を、あわててたたいて消火する。自分の上で影が揺れたと思った刹那、彼は強烈な蹴りをみぞおちに受けて声もなく吹っ飛んでいた。 「……!」 未散は息を呑んだ。火遁の炎ぐらいではフラワシの氷を瞬時に溶かすことはできない。カインは炎でゆるんだ氷から強引に足を引き抜いて砕いたのだ。当然彼女の足は血まみれだった。 次の瞬間、真下からきた垂直蹴りが鉄扇の底を打った。 「――あっ」 手の中から鉄扇が飛ばされる。掴み止めようとした未散ののどに、ぴたりと小刀が突きつけられた。 「……おまえ、狙ってたな…?」 あきらかにハルへの蹴りと鉄扇への蹴りは、先までの攻撃と違っていた。スピードが段違いだ。 「おまえたちの目的はわたしとの勝負ではない、短剣だ。様子見で乗ってやっただけだ」 「…………」 この状態でも、未散は戦えた。彼女はコンジュラー、フラワシがある。今までは受け手に回っていたが、本気を出して攻撃すればカインを倒すのはたやすい。だが……彼女の言うとおりだ。彼女を倒すことが目的ではない。 未散は視線を下へ向けた。彼女の足からぽたぽたと落ちる血の滴を。そこに、彼女の12騎士としての姿勢と覚悟を見た。そして後ろで真っ青な顔でへたり込んでいるミフラグ。その差はあまりに大きい。 自分のしていることは何だ? 「分かった。手を引くよ」 急にやるせなく、むなしくなって、未散は体から力を抜いた。 「ミフラグ」 と、ふらふら立ち上がったミフラグに声をかける。 「私たちが助けなかったら、おまえは1人でも短剣を奪えるのかな。まぁ、私たちが助けてもこのありさまだったけど。 カインは強いよ。でもそのカインでも、あの襲撃を防ぐことはできなかった。そんなカインにも立ち向かえないおまえに、人々を護る騎士の役目が果たせるの? 護るものは人の命なんだよ?」 未散の言葉に、ミフラグはぶるぶる震えた。ぎゅっと両手がスカートを握り締める。 「……だっ、て…。だれも教えてくれなかったわ、お父さまのあとを継ぐには何が必要か。みんな「あれをしなさい」「これをしなさい」って言うの。ハリル家令嬢にふさわしいたしなみだからって…。だからわたしはそうしてきたわ。でもそれだけじゃ駄目だった! 全然!! そして今になって言うのよ、わたしが弱いから駄目なんだ、って! 強くなればいいの!? 剣を覚えればいいなら、わたしはそれをする! 絶対にあきらめないわ!! だけどそれは今には間に合わないの! どうやったって、今すぐなんて無理! でもハリル家の12騎士になるには、今この時しかないのよ!!」 事ここにいたり、周囲をとりまく人々も、これが芝居などではないことに気付き始めた。 カインのけがとミフラグの叫びに、とまどったようなざわめきが広がりだす。 真上からそれを見ていて、カルキノスはチッと舌打ちをもらした。 「そうだな、ミフ。今弱いからって、今後もずっと弱いままってワケじゃねーよな」 「ま、心根の良い娘であれば、周囲の理解と協力で当面はやれなくもないかもしれん。うちのタンポポ頭も、なんだかんだとやれてるし」 「まあ! 何それ? 失礼しちゃうわ!」 ぷんぷん、と格好ばかりでルカルカが憤慨する。直後、ププッと吹き出した。 「やるか。せっかくタネも仕込んでたことだしな」 「そうね」 ルカルカのうなずきに、カルキノスは地上へ降下した。 「カイン、最後のひと勝負をしようぜ。俺はミフのサポートにつく。1対2だが、それは最初から承知だったよな?」 そして背後にかばったミフラグにのみ聞こえる声でささやいた。 「いいか? 勝負は一瞬だ。ありゃ相当の手練れだ、こんな式神使っての小細工なんざ、2度は通用しねぇ。その一瞬におまえの本気を見せろ」 ミフラグはこくっとうなずいた。 「よし。 行くぜ! カイン!!」 二刀をかまえるカインに、カルキノスは真正面から突貫した。 己の身を盾にぶつかって、ドラゴニュートの力でこちらを拘束するつもりか? そう読んだと同時に、カルキノスの背後からミフラグが右へ飛び出した。そして一歩遅れて左からも。 「なに?」 分身の術!? 「……ちいッ!」 一刀でカルキノスを、もう一刀であとから飛び出した左のミフラグの腕を払おうとする。カルキノスが受け止めるのは承知の上だ。その瞬間刀は捨てた。空いた手でそで口に仕込んであった飛出し式の短刀を握る。右のミフラグの腕に、やはり斬りつけようとしたときだった。 「今よ!」 タイミングを知らせるルカルカの合図で右のミフラグが頭を沈ませた。そしてそのままカインに向かってタックルをしかけるようにして短剣に手を伸ばしたとき――――――。 「さあミフラグ様! カインにしがみついて!」 少年の勝ち誇った声が、高らかと上がった。 ミフラグが聞いたのは、言葉でなくオルゴールの音色だった。 か細く、繊細な音色。 それを耳にした瞬間、ミフラグは意識が遠く、遠く、はるか彼方へ飛ばされたような気がした。 カインの背中が見えている。ほおに触れているのも感じる。腕が彼女を抱き締めていることも…。 だが現実感がまるでなかった。 「角度もちょうどいい。ミフラグ様、そのままです」 聖堂と道を挟んで真向かいの家屋の屋根から、少年は指示を出していた。片手にふたの開いたオルゴール、片手に魔銃カルネイジが握られている。 カルキノスはカインを両腕ごと拘束しているミフラグをひきはがそうとしたが、まるで万力で固定しているかのようにガッチリ食い込んで動かなかった。 「てめぇ、何しやがった!?」 「やだなぁ。何かするのはこれからですよ」 ななめにつけた超霊の面から少し覗く口元が、歪んだ三日月のような嗤いを浮かべる。 「出会ったばかりですけどサヨナラ」 カルネイジの冷たい銃口がカインとミフラグに向けられた、その瞬間。 一発の銃声が辺りに響き渡った。 パッと赤い血塵が、まるで曼珠沙華のように空中に花開く。 「……つっ…!」 銃撃に押され、よろめいたのはしかし少年の方。 硝煙をくゆらせているのは狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)の手の中の魔銃マハータパスの方だった。 少年は押さえた手を放し、銃傷を見た。下から上についている。銃撃があったのはつまり―― 「下か!」 少年は死角である真下を覗き込んだ。そこでは、落ちたカルネイジが乱世によって踏みつけにされていた。 「きっとまた現れると思ってたぜ」 乱世は不敵な笑みを浮かべ、動転しているふうな少年のもう片方の手に乗っていたオルゴールもはじき飛ばした。 クルクルと回転しながら飛んだそれが弧を描いて地にたたきつけられる直前、オイレに乗ったグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)がキャッチする。 「犯罪者は、一度成功したら同じ手を使いたがる、か。 このオルゴールがバァルの現場に残されていたものと同じだったら……あれもおまえの仕業ってことだよなあ?」 勝ち誇った声でそう問いかけつつも、乱世は内心では、そんなことは何の役にも立たないということに、キリキリと引き絞られるような歯がゆさを感じていた。 超霊の面をかぶってはいるが、乱世には彼が何者か知っていた。調べずとも、同一犯であることも確信していた。ほかにだれがいる? 同じ手口を用いる少年が2人いるとでも? 彼女は昼間のうちに城へ赴いて、グレアムに現場の遺留品であるオルゴールにサイコメトリをかけさせていた。その結果、オルゴールの持ち主が音無 終(おとなし・しゅう)であることを突き止めた。だが、それだけ。ソートグラフィーで銃型HCのハードディスクに映像データとして念写することはできるが、いくらでも捏造可能なソートグラフィーには証拠能力がない。ただグレアムが知ったというだけにすぎないのだ。 彼の凶行を止めるには、現行犯で捕まえるしかない。 見つめ合う少年と乱世。 空き地では、グレアムがオルゴールを用いてミフラグの暗示を解いていた。 ミフラグはカインから腕を離した直後、血の気を失った顔でカルキノスの腕の中に倒れ込む。 「おかしいな。オルゴールだけでは解けたりしないはずなんだが……暗示が弱かったか。ま、昼に1回きりではね。 ねえ、知ってますか? 暗示っていうのはね、精神が強い人ほどかかると強力なんですよ」 「きさま!」 「おっと」 マハータパスをかまえ直した彼女に、少年はカルネイジを抜いて突きつける。 「!」 「1丁だけなはずないでしょ。あなただってもう1丁持ってるじゃないですか。用意は常に周到にしなくちゃね。 ああでも、失敗したけど、面白いものが見えたなぁ。民の幸せを護る騎士になろうとする者が、民を助けようと動いてる人を必死に邪魔する姿は、非常に滑稽でした。 ねえ、カインさん? 今回、あなたに十分な説明も与えず、復興作業の邪魔になる可能性のある条件を提示したその人の配慮の足りなさもすばらしいと思いませんか? 元はと言えば、それが今回の騒動の原因なんですよね」 「…………」 カインは答えなかった。屋根の上の少年をまっすぐに見上げている。 彼女の身にまとう研ぎ澄まされた殺意は、すぐにはそうと気付けないほどあまりにも自然で。少年は背筋がぞくぞくするのを止められなかった。 「心の隙が大きかったミフラグさんは、エシムさんと同じ、非常に暗示にかかりやすかったですよ。 ああ、ミフラグさん。なごり惜しいですが、そろそろお別れです。これ以上ここにいても、俺のためにはならないようですから。もう二度と会えないかもしれませんから、俺から最後の手向けです。 あなたはこれからも物事を深く考えず、ご自分のためにだけにがんばってください! その結果がどのようなものになろうとも、あなたは成すべき事のために努力したのですから、何も悪くありません! 無能な領主に馬鹿な騎士、迷惑をこうむるのは民ばかり…。俺はその行く末が楽しみなんです。だからあなたたちはそのまま変わらずに未来へ進んでください!」 「言いたいことは尽きたか?」 カインが低くつぶやく。 「ええ、まあ」 「そうか」 次の瞬間、カインは二刀の柄頭を合わせてひねった。カチリと噛み合う小さな音がして、小刀は槍と化す。それを、少年めがけて投擲した。 「ばかなことを!」 嘲笑とともにそれは少年に届くはるか手前で細切れにされた。 同時に、距離を詰めたカインとその騎士3人が、少年に四方から同時攻撃を仕掛ける。 「やめろ!」 真下で乱世が叫んだ。 カインを真正面に見た少年の唇が、酷薄な嗤いを刻む。 瞬間。 少年を中心に力の暴風が吹き荒れた。 少年のパートナー銀 静(しろがね・しずか)による嵐のフラワシだ。ロンウェルでの経験から、乱世もルカルカたちもそのことを知っていた。だからうかつに攻撃を仕掛けられずにいたのだ。 不可視のフラワシの攻撃を止めるには術者を攻撃しなければいけないが、隠れ身を用いて姿を消しているため場所が特定できない。 だがそんなことをカインたちが知るはずがなかった。 (くそっ、ぬかったぜ!) 警告を発しておくべきだった! とっさにカインの盾となり、全身を切り刻まれて落下していく3人の騎士。その体を踏台に、カインは少年の頭上に躍り出る。短刀を握ったカインの腕が少年に届くかに見えたとき――未散がカインに体当たりをかけ、脇に抱いて跳んだ。 コンジュラーである未散にはフラワシの姿が見えていた。そしてあと数センチ、カインが前へ出ていたら、少年との間で待ち構えていたフラワシによって首を落とされていたことも。 2人が地に足をつけたとき、すでに少年の姿は屋根から消えていた。 「淵! グレーターヒールだ! 早くしろ!!」 意識のない3人の騎士を並べ、止血しながらダリルが怒鳴りつける。そうしている間も体じゅうの傷口から血は吹き出していて、みるみるうちに周囲は血の海と化す。 「分かった! 分かったからそんなに怒鳴るなってっ!」 前方をふさぐ人波をすり抜けて進みながら淵が答えた。 騎士たちが八つ裂きにされたのを見て、一気に場は騒然となっていた。人々は魔族襲撃のときの恐怖を思い出し、パニックに陥っている。子どもたちは泣き叫び、大人はわけの分からないことをわめきたてる。気絶したり蒼白して震えている者も少なくない。 彼らを説得し、静めるため、手の空いている者は全員駆り出された。