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雪花滾々。

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雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



19


 朝。
「ゆ、き、だーっ!!」
 窓の外を見て、イリア・ヘラー(いりあ・へらー)は嬉しそうな声を上げた。
 雪。雪雪雪。見渡す限り一面の、雪。
「なにこれすっごい! ダーリン見て見て! 銀世界! イリア初めて見た!」
「ほう、どれ」
 ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)を呼び寄せて、一緒に窓から外を眺める。
 足跡ひとつついていない綺麗な雪。あれはどんなに柔らかいのだろう。
 ――雪だるま、作りたいな。
 なんて、考えていたら。
「遊びに行くか?」
「!!」
 ルファンが提案してくれた。
「ダーリン!」
「何じゃ」
「ダーリンってやっぱり最高! イリアがしたいことわかるんだ! 相思相愛!」
「落ち着け」
 はしゃいだら窘められた。コートやマフラーを渡される。
「着たら行くかの」
「うん!」


 イリアが、初めての雪に興奮していたから外に連れてきたはいいものの。
 ――こうなる可能性を危惧し損ねていたのぅ。
 ルファンは、口論を始めたイリアとギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)を見て息を吐いた。
「雪の一つや二つにきゃーきゃー喚きやがって面倒くせぇ奴だな」
「何よその言い方! 三つ編みずっと弄ってる奴に言われたくないもん!」
「あ? テメェ今馬鹿にしたな? 俺のおしゃれに文句でもあるってのか、ああ?」
「うっさい、ギャザオなんて雪まみれになっちゃえ!」
「ぶおっ! ……テメェ……上等だ! そんなに戦いてぇってんなら受けて立つぞこのチビ!」
「うわぁっ! 危ないなぁ!! そうやってすぐ野蛮な方に考えるからギャザオは子供なんだよ!」
「ガキにガキって言われたくねぇな!」
「屁理屈以下のこと言わないでよね! ほんとに子供みたい!」
 口論はすぐにヒートアップし、あっという間に雪玉飛び交う激戦区に変貌。
 こうなったらもう、止められない。
「わしは皆でかまくら等作ってのんびりしたかったのじゃが」
 現実とは何事も上手くいかないものだ。とスケールを大きくして考えを締めくくる。
 と。
「雪合戦と聞いて!」
 元気の良い声が聞こえた。振り返ると、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が雪玉を持って笑っている。
「遊びに来ました!」
 そして、彼女は「ていっ」と雪玉を投げた。イリアとギャドル、両者へ向けて。
 すると二人は同時にノアの方を向き、
「やったな?」
「やったね!」
 と、似たような反応でノアへと雪玉を投げる。
「必殺! 雪乱打!」
「なにおぅ! 受けて立ちますよ!」
「よっしゃぁテメェ等覚悟しろ! 戦争だぁああああ!!」
 激戦区が悪化するのを見て、
「泥沼……いや、雪沼かのぅ……」
 と、ルファンは呟いた。
 そういえば、あの子はどこからやってきたのか。ふとウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)に目をやると、にやにや笑っている。
「おぬしか」
「ん? ああ。そうだよ」
 けろりとした様子で、ウォーレンが頷く。
「だってせっかくの雪だし? ギャドルもイリアも雪合戦してるし? ここは人いっぱい呼ばねぇと損だろ、損!」
「いっぱい……って、どれくらいに声をかけたのじゃ」
「周りの人に声をかけたり、これ借りたりして」
 これ、と取り出されたのはルファンの携帯だった。ポケットに入れておいたはずだが。全く手癖が悪い。
「収集がつかなくなるぞ」
「いーじゃん? すっげぇ雪降ったんだし。たまにはさぁ」
「雪は関係ないと思うが」
「あるある!」
「そうか?」
「だって雪が降らなかったらいまこうなってねぇし?」
 それもそうかもしれないが、収集がつかなくなることとは別な気もする。
「じゃ、俺も混ざってくるから!」
「そうか」
「『そうか』って。ルファンは?」
「わしはここで見ておる。存分に楽しめ」
「なんだよー参加しねぇの? お前十八だろ? 若さがねぇなー」
「ほっとけ」
 まぁ無理強いはしねぇけど、と言ってウォーレンが走り出そうとし、
「あ」
 と立ち止まった。振り返り、ルファンを見て、笑う。
「夕飯よろしくなー」
 夕飯? と首を傾げ、それから携帯の送信メールボックスを見て絶句した。
 そこには、『夕飯は家でご馳走する』と書いてあったから。
 ――つまり、参加者全員に振舞う必要があるのかのぅ。
 いまのところ、まだそんなに集まっていないが。
 なんて悠長に考えていたら、みるみるうちに人が増えてきた。
 極寒の地だというのに半裸で、金ぴかマッチョの軍団である。
「きゃー!? 何この人たち!」
「おー! 雪合戦に混ざるんですね! そうですね! 行きますよー!」
「うわぁ!? 俺こんな面白い人誘ってねぇけど!」
「何でもいいぜ、かかってくるってんなら俺が相手してやるからよぉ!」
 ひぃ、ふぅ、みぃ、と人数を数え。
 また、あれだけ身体を動かしているのだから、空腹度合いもかなりのものになるだろうと予測し。
「……食材、足りるかのぅ?」
 こうしてのんびり見ていないで、買出しにでも行くべきかもしれないと思案するのだった。


 一方、所変わってケーキ屋『Sweet Illusion』。
「それにしてもホント寒いわね〜」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は、マグカップで両手を暖めながら呟いた。
「こういう日こそ、暖かい部屋で温かい紅茶を飲みながら甘〜いケーキを食べるのが一番ね♪」
 店内の室温、湿度、共に快適。
 窓の外は綺麗な雪景色で景観は良く、紅茶もケーキもいつも通り最高の味。
「今の時期だと何がお勧めなのかな?」
「うーん、そだねー。旬のものじゃないけど、チョコケーキとかね」
「チョコ?」
「ほらー。バレンタイン」
「ああ! なるほどねー。食べに来ればよかったわ」
「フルーツ系だとオレンジとか林檎かなー。なので、今日のお勧めはオレンジタルトタタンでーす♪」
「美味しそう。それも食べたいなー、頂戴」
「はーい♪」
 新しくケーキの乗った皿が、緋雨の前に置かれた。早速フォークでさくり。オレンジの酸味とタルトの甘さが良い具合で、また幸せな気分になっ

た。
「旬のものっていいわよね、やっぱり。
 野菜だと、芽キャベツとかたらの芽、蕗の薹、筍とかかしら。西の方からだと空豆とか新じゃがとかも」
「相変わらず詳しいよねー」
「お魚はさっぱりだけどね。っていうか、麻羅が詳しいから私が知ってる必要がないっていうか」
「む?」
 名前を呼ばれ、なにやら伝令と話し込んでいた天津 麻羅(あまつ・まら)が振り返った。
「旬の魚の話」
「うん? 今の時期かえ?
 そうじゃな……ハマチ、鰤、平目、めじな、初かつお、鰊。あとは牡蛎、ほたて、なまこ、蟹、うに、車えびなどなどじゃな」
 少し考え、すぐにすらすらと口にする麻羅。
「あー、確かに。美味しい美味しい」
「けどどれもケーキには使えないねー」
「そうよねー。使われたらびっくりしちゃうわ」
「それからの、酒。酒じゃ、酒が旨いのじゃ。今の時期……というか新年早々はどこの蔵も新酒を出しておってな。呑むなら今の時期しかないと

いうところもポイントじゃのぅ」
「へえ、今しか呑めないんだー。なんでー?」
「ほ。フィルは知らなんだか。新酒は火を通しておらんから、封を開けず貯蔵しておっても悪くなる。だから今しか呑めないのじゃ。
 夏酒とか冷おろしとかも捨てがたいが、日本酒はやっぱり新酒じゃな」
 語り終えたタイミングで、また伝令がやってきた。
 麻羅にしか聞こえないような声でぼそぼそと喋り、それに対して麻羅は「よし」や「やれ」と短い指令を飛ばす。
「ねえ麻羅。さっきから気になってたんだけど、何してるの?」
 口にはしなかったが、あの伝令。『カミノグンダン』とかいう怪しげな軍団に所属している人物だった気がする。
「うん? 何か外で雪合戦を始めているらしいから参加しておるのじゃ」
「参加って。麻羅、ここに居るのに?」
「だから伝令を飛ばしているのじゃよ。神の使途に要塞を作るように指示を出して、ノアが参加しておるようじゃから全員で狙えと言ってみたり」
「はぁ……なるほどね。自分が出て行ったりはしないの?」
「出来るか、たわけ。外は寒いじゃろ? 出歩きたくないのう。もうここから動きたくもない」
 麻羅は、外見こそ幼い子供だが。
「中身はほんと、年寄りくさいというかなんというか……」
 でもそのわりに雪合戦に参加したりして。
「子供なんだか老人なんだか、わかんないねー」
 あはは、と笑いながらフィルが言った。
 そうよねーと深く頷き、緋雨はタルトタタンの最後の一切れを口に入れた。