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chapter.1 発車
始発駅のホームを過ぎると、そこは修羅場であった。
十両編成の車内は、混沌と殺気に満ちている。己のイクカを守るべく、また他者のイクカを奪うべく、それぞれが命やその他いろんな大事なものを懸けてこの戦いに挑んでいたのだ。
ちょうど八十名。
それが、乗客の数だった。果たしてここから何名が、途中下車を強いられるのだろうか。
始めは一斉に乗り込んだ乗客たちも、一箇所に固まるのはまずいと踏んだのか、すぐに各車両へとバラけ始める。その口火を切ったのが、風祭 隼人(かざまつり・はやと)だった。
「こんな、誰も信用できない状況で一緒の車両になんかいられるか!」
隼人はそう声を荒げると、誰よりも早く集団から離れ、別車両へと移った。
彼的には根回しをして車両をひとつ丸々貸しきりたかったところだが、さすがにそこまでの優遇は受けることが出来なかった。
しかし、隼人にとって実際に車両に引き篭もれるかどうかは、さほど重要ではなかった。
彼の狙いは、「どうせイクカのポイントが尽きて、下車することになるだろう」と周囲に思わせることだったからだ。
無論、隼人はおとなしく下車する気も、車両に閉じこもる気もない。
隼人は連結部の扉を勢い良く閉めると、自分への視線がないことを確認した後、光学迷彩を発動させた。
「勝手に自滅したと思わせることが出来れば、こっちのもんだぜ」
言って、懐からハサミを取り出す。くじ引きで当てたアイテムだった。隼人はそれをチョキチョキ言わせると、この後の展開に胸を踊らせるのだった。
が、隼人が去った後の車両で、残った参加者たちが思っていたことは、隼人のそれとは違っていた。
「……あいつ、間違いなくやられるな」
「しかも、かなり初期の方の犠牲者だ」
そう、彼らは隼人の捨て台詞に、やられ役のにおいを感じずにはいられなかったのだ。
◇
少しの間、参加者たちが隼人に目を奪われていた時。
ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は集団の中で、ひっそりと活動を始めていた。
「例の物は、用意してる?」
彼はパートナーのステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)に小声で話しかける。
ステンノーラはこくりと頷き、闇のスーツケースを見せた。フタを開けると、キラキラと輝く金塊――愚者の黄金が顔をのぞかせている。
「薔薇が生き残るには、他に方法がないから仕方ない……これは仕方ないことなんだ」
ブルタがスーツケースのフタを閉じながら呟く。
ふたりのその様は、どこからどう見ても倉庫でいけない取引をしようとしてる密売人であった。
「しかし、本当にうまくいくのでしょうか?」
と、ステンノーラがブルタに質問を投げかけた。一体彼らは、何を企んでいるというのだろうか?
その答えは、ブルタの口から明かされた。
「失敗するはずがない。ボクは知ってるんだよ。小さい勢力が生き残るには、あえて対抗勢力をつくればいいってことを。何年か前に、日本で何とかって市長が似たようなこともしてた」
おそらくそれは、2011年前後の話だろう。彼はそこに、維新の魂を見た。
「ボクの調べたところによると、薔薇の学舎からの参加者はボクひとり……このままじゃダメなんだ」
ブルタはそう言うと、周りに目を向けた。
「一番多いのは、蒼空学園の生徒かな。ボクの計算だと、蒼空学園と空京大学の生徒に消えてもらえば、ある程度まではいけるはずだ」
その視線が狙っているのは、彼が口にした学校の制服を着た者たちであった。
「それはそうなのですが、懐柔が成功するかどうか……」
「理由付けなんて、何でもいいんだよ。少数派同士結束しようとか、そんなことで」
ステンノーラの言葉にブルタはそう返すと、自分のイクカをすっと取り出した。
1000ポイントがここに入っており、一駅通過する度に300ポイントが失われる。そのカードを、ブルタはそっとステンノーラに渡した。
「どこまで行けるか、楽しみだよ」
彼らを乗せた電車の速度が上がり、後ろに小さく見えていた始発駅はあっという間にその姿を消した。
【残り 80名】
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