校長室
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
リアクション公開中!
「お母さんとさくらちゃんのためなの。あなた、壊れて」 ハツネの剣が、今まさに首を落とさんとしたときだった。 がくん、と全身を揺らしてハツネの動きが止まった。剣を振り上げたまま、まるで銅像のように動かなくなる。 「どうした? 82番」 「動け……ないの…」 ギリギリとのどまで締め付けられているような声だった。実際、何か布のような物が締め上げているようにハツネののどは赤くなり、跡ができ始めている。 「今のうちに逃げて、羽純さんっ」 いつからそこにいたのか。ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が蒼き水晶の杖を突き出すようにしてしげみのなかに立っていた。 カタクリズムの風は弱まっていた。歌菜は吹きすさぶ向かい風を羽純の元までたどり着く。彼に伸ばされた手は目に見えるほど震えていた。 「羽純くん…っ」 「……歌菜…。離脱するぞ」 歌菜にしっかりと腕を回し、羽純はスパロウを操った。歌菜を安全な場所へ連れて行くまでは意識を失えない。彼はその一念で、密林の外を目指した。 「82番! さっさとこいつらを始末するんだ!」 思いどおりにいかないことにキレたハジメが裏返った声で叫ぶ。耳障りな声。だが従わないわけにはいかない。 飛び去ろうとしているスパロウに向け、カタクリズムが再び威力を上げ始めた。 「ミーアシャム!!」 ミシェルの命令に、ミーアシャムはさらに拘束を強化する。 「……っ……息が、でき……ない……の…」 ハツネは気を失い、その場にくず折れた。 「――ちッ」 分が悪い。身をひるがえし、ハジメはしげみのなかへ飛び込む。 逃げる彼を追おうとまでは思わない。ミシェルはミーアシャムを呼び戻す。 ただ…。 置いて行かれたハツネを、あわれむように見下ろした。 タケシはそんなことなど全く意に介さず、振り向くことなくこの場を立ち去って行こうとしたのだが。 「タケシくん」 矢野 佑一(やの・ゆういち)が呼び止めた。 「ひさしぶり。元気にしていた?」 戦場にあって、これは間の抜けたあいさつのように思えた。おそらく彼の知る松原タケシなら「何言ってんの、おまえ!」と吹き出し笑っただろう。 サンドアート展で砂の城を作っていた姿を思い出す。ヘタクソで、どう見てもひっくり返したバケツにしか見えないものに夢中になって。 いつも目をキラキラさせて、喜怒哀楽が激しくて。毎日楽しいことばかりといったふうに一時も休まず走り回っていた少年。 それが今、無感動な目をして、何の感情も映すことない無表情で彼を見返している。 彼にはこんな表情もできるのだということすら、想像したこともなかった。 「――人間。いいかげん、わたしの邪魔をするのはやめてくれないか」 「あなたの邪魔をする気はないよ。ただ僕たちは、友人を返してもらいに来たんだ」 「友人?」 「遺跡にいるひとたちと、そしてタケシくん」 彼とタケシを別人のように表現したことに、彼は訂正をしなかった。 (やっぱり……タケシくんじゃないんだね…) 「先の人間にも言ったが、迎えに来たというきみたちの言葉を信じる信頼がわたしたちの間にはない。今、ドルグワントが追い出しにかかっている。それをおとなしく待ちたまえ」 「そうしたら、彼らを傷つけない?」 「彼らがおとなしく従うならば。しかし彼らにその気はないようだな」 それはそうだろう。タケシがどうなったかを目にした彼らが、捕まれば自分たちも同じ目にあうのではないかと考えるのは当然。 「……僕は、タケシくんも迎えに来たんだ。タケシくんを返してほしい」 「それはきけない。一度調相して固定した以上入れ替えはできないんだ。完全初期化している時間もない。 そろそろきみたちの相手をするのも面倒になってきた。予定より遅れている。さあ、そこをどいてくれるか?」 「どかない、と言ったら?」 「それについてはすでにきみたちは知っていると思っていたが」 風もなく、周囲の木々がざわめいた。 ヒュッと空を切る音がして、太陽を背に佑一の頭上高く少年が現れる。七色に輝く銀髪、赤い目。 そうでないと知りながら、一瞬佑一はドゥルジを重ねた。――砕かれたボロボロの体で宙に浮いていた少年。しかし左ほおに入った傷跡のようなDのマークが彼でないことを告げていた。 「佑一さん!」 ミシェルの声に、はっとわれに返る。 少年の開かれた手のひらできらきらと光が舞っていた。真空波がくる。 だが次の瞬間少年の体が引きつった。ミシェルのミーアシャムの拘束を受けて墜落する。しかし別のドルグワントが飛ばした真空波が2人の間で張った拘束帯を断ち切った。拘束を解かれて着地したドルグワントはくるりと向きを変え、ミシェルを攻撃対象と定める。 「ミシェル!!」 佑一の意識はミシェルに集中した。思わず駆け出そうとした彼を側面からドルグワントが奇襲する。 「どけ、佑一!」 轟音をたて、並走するシュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)のカーマインから大魔弾『タルタロス』が発射された。凶悪な銃弾は頭を下げた佑一の髪先をかすめ、ドルグワントの腕を肩ごと吹き飛ばしたのみならず、背後の木をうがつ。 吹き飛ばされた先でドルグワントは地に片手をつき、後転跳びをする。痛みを感じている様子はなく、すぐさま跳躍し、再び攻撃へと転じた。 だがしょせん片手。ゴッドスピードと銃舞を発動させたシュヴァルツの敵ではない。ほんの数手であっけなく地に沈む。 ミシェルの方はその隙にプリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)がサポートに回り、ハイパーガントレットでエネルギー弾を防いだ。お返しとばかりに我は示す冥府の理を放つ。 「ミシェル、大丈夫?」 「う、うん……ごめんね、プリムラ。具合悪いのに」 私よりミシェルの方がよっぽどだわ、と思ったが、あえて口にはしなかった。 そのかわり。 「この角度なら佑一には見えないわ。少し休んでて」 素っ気なくそう言って、空捕えのツタを放った。動くツタを警戒し、跳んだところに再び冥府の理を打ち込む。キィンと音がしてバリアに弾かれても、かまわず打ち続けた。 ドルグワントの動きは素早かった。プリムラの冥府の理はほとんどが避けられてしまう。先読みをして打っても、バリアがそれを阻止した。 (まずいわね) もう少し強めのものを導ければ……とは思うものの、ずきずきとうずく頭の痛みが気になって、魔法の精度を上げられない。決定打に欠く攻撃ばかりでは、防御のミシェルが疲弊するばかりだ。 彼女の影で、ミシェルはまるで肺炎を起こしているかのように先からかすれた息をしている。 いちかばちか打撃戦に持ち込むべきか。そう思案する彼女の前、ドルグワントが横からの銃撃を受けた。 「こっちだ!」 シュヴァルツがカーマインを連射する。しかしその銃弾はすべてバリアにぶつかって破砕した。 なぜ注意を引いて攻撃したのか――プリムラはバリアの形で流れる煙を見て理解した。すぐさま呪縛の弓をつがえ、サイドワインダーで狙いを定める。だが矢を放つ前に真空波の雨が彼女を襲った。 「きゃあっ!!」 一拍遅れてミーアシャムが拘束帯を上空に張り巡らせる。同時に発動したデバステーションが間合いへ跳び込もうとしたドルグワントを吹き飛ばした。 「プリムラ、大丈夫!?」 「……ええ。ちょっと驚いただけ」 「そう……よかっ……た…」 ついにミシェルは胸を押さえて倒れた。術者の気絶によって、デバステーションが霧散する。 「ミシェル!」 その姿を見て、シュヴァルツの表情が変化した。さらに苛烈に、冷酷な動きで確実に敵の攻撃を封じ、両手に持ったカーマインで同時に頭部を撃ち抜く。もたれかかってきた体を蹴り飛ばし、彼は2人の元へ駆け寄った。 シュヴァルツに任せておけば、絶対に大丈夫だ。佑一は駆け寄りたい衝動をどうにか押し殺した。ミシェルが気を失うまで精一杯がんばったように、自分もしなくてはならないことがある。 再びタケシが歩き出した気配を感じて振り返った。 「きみを護るために戦っている彼らを見捨ててどこへ行くの?」 「アストーを迎えに。 言っただろう。予定より遅れている。それにドルグワントは本来そういうものだ。あれは女神とわたし、アストーを護るために存在する」 「ドルグワント? それって、このドゥルジみたいな者たちのこと? それにアストーって?」 佑一の用いた名称に、ぴくりとタケシの眉が反応した。前へ出していた足を引き戻す。 「ドゥルジのことをなぜ知っている」 「……以前、戦ったから」 反応が読めず、用心深く答える佑一に、得心がいったというふうにタケシはうなずいた。 「ああ、なるほど。きみたちがあれをあんなふうにしたのか。いらぬことをしてくれたな。おかげでこんな手間をかけさせられることになった」と、そこでふと考え込む素振りを見せる。「とすると、これは思いがけずきみたちへの報復にもなったというわけだ」 1人納得し、去ろうとする彼を呼び止める。 「待って! アストーって? 迎えに行くって、それは人なの?」 「アストーは長距離型兵器だ」 「それって、ドゥルジやこのドルグワントみたいな…」 「そうだ」 それを耳にして。 佑一はタケシの前に回り込むと、それ以上進むのを阻止するように木に手をついた。 「それならなおさら……もしアストーを兵器のように扱うというのなら、ここをどかないよ。ドゥルジもアストーも、他人の都合で利用するのはもうやめよう」 「おろかなことを言う。扱うもなにも、やつらは兵器だ。そのために生み出された存在。その意義を否定することがやつらのためか? そもそも兵器を兵器として利用することの何が悪い? この世界で目覚めたアエーシュマがなぜ狂ったと思う? 兵器である自分の存在価値を認めてくれた存在を失ったからだ」 「僕の出会ったドゥルジは、それを望んでいるふうには見えなかったよ」 「あれはその意味では失敗作だった。アエーシュマの無駄な闘争本能を抑えることには成功したが、その分余計な反抗心が育ってしまったからな」 そのせいで能力の出力が不安定となり、幾度となく実験が中断した。そのたびにアンリがどれほどいら立っていたか…。 今思えばあれも、不治の病であることが判明してあとどれくらい生きられるかという不安、志半ばで斃れることになるかもしれない恐怖が彼を追い詰めていたのだろう。当時のルドラはまだそこまで人の感情を読みとれるほど構築されていなかったので理解できなかったが、今ならアンリの考察は可能だった。なにしろ、自分は「もう1人のアンリ」だ。 ドゥルジめ。今度のことといい、あれはつくづくイレギュラーな存在だ。予測しなかった結果ばかり引き起こす。これ以上プロジェクトの邪魔をされては困る。 利用できる間は放置しておいてやってもいいが、その価値がなくなれば消滅させてしまおう、と決めた。 「だがそんなやつでも兵器である己を否定したことはないし、兵器として扱われることを拒絶したこともない。科学者たちに指図されることを不服に思っていただけだ。なぜならあれはそうあるために生み出されたからだ。おまえたちが人として生まれたように。その者が「そうある」ことを否定することはだれにもできない。そして兵器には常に制御する存在が必要だ」 佑一の胸に、かつてドゥルジが口にしたという言葉がよみがえる。 『言ったはずだ。人間の命にあれほどの価値はない。渡さないのであれば100人だろうと1000人だろうと殺す』 『なぜ?』 『俺にはできるからだ』 ドゥルジは平然とそう答えたということだった。 できるから殺す……それは、はたして何の抑制もなく野に放っていいものだろうか? 「科学者たち亡き今、それがわたしというわけだ。ましてやおまえはアストーの何を知っている?」 「……何も」 「では、あれが何を望んでいるか語るは愚の骨頂だな。わたしは知っている。アストーもわたしも女神のためにある。女神のために動かないのであれば、われらが存在する意味はない」 すべては女神のために。 「さあ、これでそこをどいてもらえるかな」 「……もう1つ。女神って?」 その言葉に、タケシは完全にあきれてしまったようだった。 「皿がカラだと文句を言うから1つ与えてやれば、それで満足せずさらにもっとと要求する。なるほど、やはり1つも与えないのが一番というわけだ。 人間。訊くはそちらの勝手だが、わたしに答える義理も義務もない」 「待っ――」 腕の下をくぐり、さっさと歩き出した彼を呼び止めようとしたとき。 タケシは横からの攻撃に弾き飛ばされた。