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リアクション
●オープニング
そっと、4本の指の甲が額に触れた。
ひんやりとした指。軽く押しつけられたその心地よさに、シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)はうっとりとなって思わず目を閉じる。
だが残念ながら指はすぐに彼女の熱と同化して、そうなると、本当にそこにあるかどうかも分からなくなってしまった。
指はしばらく留まったのち、離れていく。
「熱が高いな」
枕元に腰かけたアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)がつぶやいた。
「今日はこのままベッドで寝ているといい。向こうには私だけが行ってくるとしよう」
「ごめんね……アルくん」
はふ、と息をつく。それを吐き出すのどまでが熱い。
彼女の言葉を聞いて、アルクラントは軽く口端を引いて笑みをつくった。
「どうした? いつものきみらしくないじゃないか。ずい分しおらしいな。鬼の霍乱というやつか?」
「そんなこと――」
「気にしなくていい。きみはただ、いつものきみに戻ることだけに集中して」
アルクラントは解熱剤を取り出し、ヘッドボードにもたれたままのシルフィアに水の入ったコップとともに差し出した。
コップの方は、しっかり彼女が掴んだと確認するまで放さない。コップを伝って、彼女の力入れが感じられた。弱々しい。かなり具合が悪そうだ。しかし何の病気かも分からないまま、これ以上薬は飲ませられなかった。
本人は時期はずれの風邪だろうと言っていたし、アルクラントもそうだとは思うが…。
それが、彼女を心配するあまりの「そうであってほしい」という願望である可能性は否めなかった。
「あとで医者が訪問診療に来てくれることになっている。ただ、今日はどうやらかなり忙しいらしくて、午後になるそうだが…。それまでひと眠りするといい」
「うん……そうする…。
あ、アルくん」
ごそごそと上掛けの下へもぐり込んでいるうちに腰を上げて出て行こうとしたアルクラントを、あわてて呼び止めた。
「それ、持っていって」
「え?」
シルフィアが指差したのは、机上のお守りだった。冷静に行動しているようで、ときに想像もしないようなポカをする、彼を案じていつか渡したいと用意していた物だった。
今回のように、いつもひとのことを考えて、ひとのために動こうとする彼に、同じように彼のことを考えている者もいるのだと、思い出してもらうための物。
ひと目で手作りと分かる品だった。
「禁猟区……かけてるから…」
手のなかのお守りに見入るアルクラントに、こほ、と空咳をして恥ずかしさをごまかす。
「――ああ。これは素敵だ。ありがとう」
静かな、彼女への感謝にあふれた笑み。少しだけ、照れているような…。
あきらかに無自覚な彼のその表情に目を奪われている間にアルクラントはドアへ向かい、引き開けた。
「じゃあ、もう行くから。きみをこれ以上疲れさせたくない」
外から差し込む強い光が、熱に弱ったシルフィアの目をまぶしく差す。まるで半分光に溶けたようなアルクラントに、どうしようもなく胸騒ぎを感じてシルフィアは思わずとび起きてしまった。
「アルくん!!」
「うん?」
彼女の尋常でない剣幕に、廊下へ出していた足を引っ込めて、どうした? と小首を傾げる彼の姿に、シルフィアのなかからすうっと先に感じたあせりが消えていく。
「う、ううん……なんでもないの……なんでも…」
「おかしなやつだな」
苦笑しつつ枕元へ戻ったアルクラントは、床に落ちたクッション枕をたたいてふくらませると、彼女をやさしく押し戻し、上掛けを掛け直してやった。そうして今度こそ、部屋を出ていく。
ドアが閉じて、再びうす暗くなった室内で、シルフィアは目を閉じた。
「きっと、何かの間違いよ。アルくんとはこれっきり、もう二度と会えないような気がした、なんて…」
ああでも、それならこの胸の動悸は何? 指先から血の気が引いて、まだしびれているようなこの感覚は。
先まではなかった、決して病気のせいなんかじゃない、この取り返しのつかないことをしてしまったような思い。
でも、言えるはずがない。今日だけはどこにも行かないでそばにいてほしい、なんて。
自分よりずっと、彼の助けを必要としているひとがいるのに…。
――本当に? 今の自分よりも彼を必要としているひとがいるの?
「アルくん……アルくん、アルくん、アルくん…っ。
どうかもう一度、あなたに会えますように…」
込み上げた嗚咽に震えながら、シルフィアは胸の前で指を組み、祈った。
神様、お願いします。
いつか。どこかで彼ともう一度会えたとして、私に彼が分かりますように……。
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