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リアクション
●遺跡〜地上
ふらり、大きく揺れた原田 左之助(はらだ・さのすけ)の背中を見て。
「兄さんっ!」
と椎名 真(しいな・まこと)は思わず声をかけてしまった。
直後、あっと思って唇を噛む。
だが左之助は何の反応も示さなかった。耳に入っても、意識にまで届いていなかったのかもしれない。あるいはもはや反応するだけの余裕もなくなってきているのか。
(息が、できねぇ…!)
ぜいぜいと真夏時の犬のような、浅い、きれぎれの息を吐き出して、左之助は地に突き立てた忘却の槍を支えに立っていた。足が震えている。かっこ悪いと思うが、こうでもしなければ立っていられそうにない。
早鐘のように鳴り響く鼓動。それに合わせてズキン、ズキンと頭が痛む。
「……っだよ、こりゃあ…」
かすんだ視界は一向に良くならなかった。目の前にかかったもやを振り切ろうとするように、ぎゅっと目を閉じて頭を振る。
この感覚には覚えがあった。あのときよりはるかにタチの悪い状態ではあるが、それでも似ている。――思い出したくもない、あの夢。
蒼空学園でドゥルジに石を打ち込まれ、陥った悪夢のなかと同じだ。いくらもがいても抜け出せない。
夢のなか、ほおにDを入れた自分が、ほかの大勢の同じような者たちと一緒に人々を惨殺していた。彼らに何の罪もないのは知っていた。しかしそのことに何の感情もなく、立ち向かってくる男や悲鳴を上げて逃げ惑う女子どもの区別なく、ただひたすらに剣をふるった。背後で愉悦の笑みを浮かべた少年のような男に指示されるまま…。
いや、悪夢か?
ほおにDのマークを入れたやつらが暴れている――掲示板に貼られたあの写真を見たときから、左之助にはよく分からなくなった。あれは現実か、悪夢か。
ただ1つ分かるのは「あんなのは俺じゃねぇ」ということだけだ。
いや、それもまた、彼が必死にしがみついている幻想なのかもしれなかったが。
「兄さん」
と、今度は普通に聞こえるよう注意しつつ、真は慎重に言葉を発した。
気軽に。左之助の具合が悪そうなのは知っているけれど、たいしたことではないと考えているよう聞こえるように。
「そろそろ移動しようか。仲間、呼ばれてると大変だし」
左之助は足元で仰向けに転がる少年を見た。両腕をなくし、胸部を槍に貫かれて動かなくなった少年。かといって、こうしたのは左之助たちではない。彼らの前に現れたとき、この少年はすでに片腕をなくしていた。彼らはとどめをさしただけだ。逃げる最中に仲間に連絡をとっていた可能性は高い…。
『連絡なんてとる必要はない。彼らは起動した瞬間から同一の精神ネットワークに組み込まれる。一心同体だからね』
――ああ、くそッ。
「兄さん?」
「……移動、だな」
意識をはっきり保とうと頭を振り、左之助は歩き出す。少し休んだおかげか、体力が回復していた。ほんの1〜2メモリ程度。
「あ、僕が先に立つよ。兄さんは後方をお願い」
それから2人は前後に立って進んだ。ここは未踏の密林で、道はないので進むのに邪魔な枝葉は切り払わなければならない。場所を選べば掻き分けて進むだけでもよかったのだが、こうすれば自然と進行速度が落ちて左之助に気取られることなく彼を気遣えるという算段だった。
霜橋を鉈のように扱い、進みつつ、真はちらちらと後ろの左之助に気を配る。間違いなくこれが前方不注意になったのだろう、彼はもう少しで前を横切った御宮 裕樹(おみや・ゆうき)に切りつけてしまうところだった。
「うわ! ごめん、大丈夫だった!?」
あわてて霜橋を持つ手を引っ込める。
裕樹はどこか判然としない表情で、目をぱちぱちとさせた。疲れすぎて現状認識に脳がついていっていない、そんな感じだ。
しかしそんな彼の顔つきが、次の瞬間一変した。
バッと来た方向を振り返り、処刑人の剣を盾のように掲げる。ほぼ同時に、稲妻の速さで現れた少年の持つバスタードソードがこれと激突した。
あまりの衝撃に空振が走り、彼らを中心としてしげみが海原のようにうねる。
「くうっ…!」
びりびりと腕を伝った衝撃に裕樹の面がゆがむ。しかし彼はどうにか少年を撥ね飛ばした。
少年はくるくると宙で回転すると両手を地につき、後転跳びでやすやすと地に下り立つ。
距離が生まれた。ここで初めて裕樹は真たちを振り返り、真剣な目をして怒鳴った。
「早く逃げろ!!」
しかし高速で動く少年を相手に、この程度の距離はほとんど意味がなかった。一度の跳躍で彼は再び裕樹の目前へ迫り、バスタードソードを振り切ろうとする。それをまたも裕樹は処刑人の剣で受け、どうにかしのいだ。
逃げろと言われて、逃げる真と左之助ではない。2人はそれぞれ武器をかまえた。
3人は自然と扇型になる。
「真、ここぁ足場が悪い」
「そうだね」
「あそこだ」
裕樹が少し先に開けた場所があるのを見つけた。緑の天蓋が開いて、太陽の光が大きく差し込んでいる。3人は少年が真空波を打ち込んでくるなか、そこへ向かって駆けた。
木々の間から飛び出すと同時に、裕樹は少年の体当たりを受けてはじき飛ばされる。痛みに耐える間もなく、彼と切り結んだ。
この剣。これは彼の武器ではない。彼のパートナー麻奈 海月(あさな・みつき)の物だ。
はじめ、彼は3人のパートナーと密林に入った。3人がおとり役を務め、裕樹の武器70口径対戦艦狙撃銃の射程範囲へ敵をおびき寄せる手筈となっていた。
この武器、ライフルでありながら戦艦をも貫くという凶悪なまでの破壊力を誇るが、その分取り回しに難があった。全長約2メートル、重量15キロ。当然といえば当然だが、巨大で重い。到底振り回して戦ったり気軽に持ち運べるものではない。
しかし事は彼らの考えたようには運ばなかった。
トゥマス・ウォルフガング(とぅます・うぉるふがんぐ)とガルフォード・マーナガルム(がるふぉーど・まーながるむ)はあまりの体調のひどさから思うように動けない状態だった。精神力、体力でどうにか踏ん張っていたが、少年の高速攻撃にとてもついていけなかった。
せめて万全の体調であれば、ここまで苦戦しなかったかもしれない。だがこのとき、これといって反撃もできないまま、彼らは倒されていった。
唯一、なぜか強化人間の海月だけがまともに動けていたものの、やはり彼女1人では敵の速度についていけない。歴戦の防御術や奈落の鉄鎖によってしのいでいたが、動きを完全にとらえきることはできず、長くもたないのは海月が一番よく分かっていた。
だから奈落の鉄鎖が破砕したとき、叫んだのだ。
「兄さん、どうかこれを…! 兄さんの武器では、不利です!」
己の唯一の武器を、彼のひそむ場所へ向かって投擲した。せめてもと。
そして少しでも彼が逃げるための時間稼ぎができるようにと、懸命に少年にテレキネシスや奈落の鉄鎖をぶつけた。
(トゥマス、ガルフォード、海月…)
裕樹は順々に彼らを思い浮かべ、ぎりりと歯を食いしばる。
だが彼もまた、少年の反射速度にはとてもついていけなかった。
人の姿はしているが、人間にはあり得ないその動き。真と左之助がカバーに入るが、真の体術も霜橋による斬りつけもバリアで封じられて少年の体を掴むに至らない。そして左之助はもともとほぼ体力が底をついている状態だった。無理をして動いたせいでめまいを感じる。
ふらついた彼を少年は見逃さなかった。
少年の蹴りをまともにくらってしまった左之助は吹っ飛んで、木に激突する。
「……がはッ…!!」
蹴りは完全にみぞおちに入っていた。しびれるような痛みが全身を襲う。
「兄さん!」
駆けつけようとする真の横を抜けて、少年が左之助にとどめをさそうと跳躍した。
このとき。
またもあの声が聞こえた。
『ここだ』
もう腕1本持ち上げられないと思っていた左之助の腕が上がり、槍を投擲する。
槍は、完全に的外れの位置に飛んだとだれもが思った。左之助自身ですら。なのに、まるで吸い寄せたように次の瞬間少年がその位置に踏み込んできた。
槍が足を貫いて縫い止める。
「兄さん、どうして分かったの?」
「……さぁな」
『パターンが当たっただけだ』
(うるせェ。俺のなかから消えろ)
彼らの前、少年は難なく足から槍を抜いて放り捨てる。
その様子を見て、裕樹は決意した。
「……うおおおおおおーーーーーーっ!!」
2人にエネルギー弾を撃とうとしている姿を見て、猛然とタックルをかける。
「こいつは俺の獲物だ!!」
勢いよく転がり込んだ先は、思いがけず傾斜地だった。少年ともつれ合って転がり落ちた裕樹は、落ちた先でまたも少年と戦いながら森のなかへ消えて行った。
これは追えない。
真は覗き込むため前傾していた体を引き戻す。彼に、木の下に座り込んだまま左之助は言った。
「真。さっさとあいつら助けてここを離れようや……かなりやばいことになりそうだ」
と。
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