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リアクション
●遺跡〜内部
そのころ、リーレン・リーン(りーれん・りーん)は火村 加夜(ひむら・かや)とともに遺跡のなかを探索していた。
敵はあかりを必要としないのか、通路は最低限まで明度を落とされている。足りない分は、ノクトビジョンと超感覚で補って進む。それでも敵にいつ出くわすとも知れない緊張感に、2人の神経は限界近くまで張りつめていた。
2階に隠れている者たちから目をそらさせるため、わざと敵の前に飛び出したまではいいが、ここは隠れられる場所が少なかった。それでも居住区らしい2階はまだ身を隠す部屋がいくらかあってやりすごせたが、3階はほぼ開くドアがなかった。また、開いたとしても入りたくなるような場所ではなかったということもある。大きめのはめ殺しの窓――おそらくは内部の様子が見えるようにするためのもの――から見える内側には、あの銀髪の少年たちが入ったカプセルのような物がずらりと並んでいたからだ。
室内は暗くて通電しているように見えず、空っぽのカプセルやあきらかに壊れた石造のようにひび割れているものがほとんどだったが、どの部屋にも何人か無事な個体がある。もし部屋に入ったとして、何かの拍子に彼らが動き出しでもしたら窮地に陥るのは目に見えていた。
「……あれも、ドゥルジなのかしら…」
かつて見た少年の姿を思い浮かべる。ほおのマークさえなければうりふたつだ。用いる技もよく似ていた。
ドゥルジ1人でもあれだけ手こずったのに、それがあの人数…。
「涼司くん…」
加夜は山葉を思い、そっと携帯を胸に押しつけた。
きっと心配しているに違いない。彼と連絡をとりたい。だが外部の者と連絡をとっているのが知られたのか、あるときから急に携帯が一切通じなくなってしまった。
それでも外に出ることさえできれば、もしかしたら通じるかもしれない。
彼に、みんな無事だと伝えて安心させたい。そして自分もまた、安心させてほしかった。
大丈夫だと言ってほしい。きっとまた会えると。
彼の声が聞きたい。ほんの少しでいいから…!
一縷の望みをかけて加夜は上を目指した。4階の探索はあきらめ、5階へ向かう。階段をのぼりきったところで、リーレンが最上段につまずいた。
「あっ」
べちゃっとその場に両手足をつく。
「リーレンちゃんっ」
「…………ううーっ…」
「どこかけがしたの? 見せて――」
気遣ってくる加夜に、リーレンはぶんぶん首を振った。しかし歯を食いしばっているし、涙がみるみるうちに盛り上がっていく。
「リーレンちゃん」
「加夜さん、あたし……あたしっ、どうしよう? どうしたらいい!? あたしが行きたいって言ったの。タケシ、ほんとはゲーセン行きたがってたの。今、ハマってるの、あって……あ、あたし、たまにはあたしたちにつきあいなさいよ、って……なのに、あんな…。
来たがってなかったの、無理やり引っ張ってきたの! あ、あたしのせいなの! あたしが誘ったりしなかったら今ごろタケシは学園にいて、あんな……あんなっ!」
「リーレンちゃん!」
ぐいと引っ張り、加夜はリーレンを抱き締めた。
「落ち着いて。タケシくんは、来てよかったと思ってるんじゃないかしら? あなたを1人で行かせて、あんなめに合わせずにすんだって、彼なら思うんじゃない?」
加夜もまた、タケシの身に起きた惨事を目のあたりにしていた。彼のあげた苦鳴の声は今も耳について離れない。
「……でも、ほんとならあたしがっ!」
「どちらかがそうなるのなら、自分でよかったって言うわよ、タケシくんなら。あなたがあんなめにあって、自分じゃなくてよかった、なんて言う人じゃないでしょ?」
「…………うーっ……」
「だから、さあ、もう泣かないで」ぽんぽん、と背中をたたく。「タケシくんのためにも、捕まらないようにしましょう。そしてここを出るの」
(――これを持ち帰るためにも)
役に立つかどうかは分からない。けれど、何かのヒントになるかもしれない。
加夜はそれを持つ手をぎゅっと強めた。
陣やリネンたちと分かれて、エースたちは5階を走っていた。追手のほとんどは陣たちを追って階下へ降りて行ったみたいだが、それでも彼らを追う者たちもいる。
「追手は何人だ!?」
真空波が乱れ飛ぶなか、エースは声を張り上げた。
「3人のようです」
肩越しにちら見してエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が答える。
エースは算段した。
リーレンたちの元へこのまま敵を引き連れて行くわけにはいかない。振り切れない以上、撃退するしかない。
だが不安があった。彼に悟られまいとしているようだったが、どう見てもパートナー3人の様子がおかしいのだ。メシエなど、集中力が保てないのかテレパシーもままならないようだった。そのことにメシエ自身いらついているようなので、あえて訊いたりはしないが。
3人ともいきなり不調になるなんて、おかしい。何かが起こっている。
(けど、今そんなこと悠長に考えている時間はないか)
走るのがやっとの様子の3人と、ドゥルジ3体を相手にできるか?
「ええい、ままよ!」
やけ半分、目についた左手のドアを蹴り開けた。特に何の障害物もない通路で戦うよりは、動きが限定される室内の方がまだいける気がしたのだ。
「こっちだ!」
3人を先導して飛び込む。暗闇のなかへエースが踏み込んだ直後、そういうシステムになっているのか、天井部のあかりが一斉に点灯した。突然の強い光に目をかばった彼らは、次の瞬間あっと声を上げる。そこは意外にも、エースの予想をはるかに上回る広大な空間だった。
「ここ、ワンフロアぶち抜きか? ――一部下の階とつながっている所もあるみたいだな」
「……こんな……ひどい…」
苦痛の声を発したのはリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)だった。口元をおおっていた手をはずし、こぶしを固める。
ここはおそらく室内庭園だったのだろう。ほんの少し外を歩けば密林という環境を思えばおかしな話だが、遊歩道のような通路があり、さまざまな形に区切られた区画には土があり、木々がある。
いや、かつて木々であったであろう物か。
それらは完全に立ち枯れていた。
世話をする者の手を失った木々たちが、それでもなんとかして光と水を得ようと根や枝を這わせたあとがいたるところにあった。道を割り、壁を伝い、天井を埋め尽くすように、生きる手段を求めて部屋じゅうをさまよったのに違いない。しかしそれがかなうことはなかった。ここは完璧に密室だったのだ。今では茶色く変色した糸のような根のようなものがぶら下がっているだけ…。
花妖精であるリリアには、ここは餓死者の墓場に等しい。
「……ああ…」
目の前の光景にはもはや言葉もなく。胸を押さえ、身を折ったリリア。彼女はこのとき、完全に追手のことを失念していた。
ドアを破壊する勢いで飛び込んできた銀髪の少年のバスタードソードがリリアの背を標的とする。
「しまっ――」
ソード・オブ・リリアを手に振り返ろうとするが、砂袋のような体は言うことをきいてくれない。
殺られる――そう思ったとき。
霧隠れの衣を用いたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)がリリアの前で実体化した。
振り切られたバスタードソードは盾としたライパースタッフを切り刻む。
「メシエ!?」
驚くリリアの前、メシエはパイロキネシスで燃え盛る炎の壁を作り出した。少年は素早く背後へ跳んで逃れようとしたが、炎の方が早い。竜巻と化した炎は易く少年を飲み込んだ。少年は距離をとった先で炎上し、くずおれる。
「メシエ、大丈夫なの!? あなた!」
ふらりと膝をついたメシエは、まるで砂浜を全力疾走したかのように荒い息を吐き出していた。
うなだれた顔の下、ぽたぽたと血のしずくが落ちる。
ライパースタッフだけでは防ぎきれていなかったのだ。
「けがをしたの!? ちょっと見せて! ほら、その手をどけて……もうっ、あなた、後衛でしょ!? どうして前に出てきたりするの!」
あわててヒールをかけようとするリリアの手を、メシエは突き飛ばした。
「――うるさい。黙って守られていろ…!」
それはリリアの初めて見るメシエだった。指の隙間から覗くいら立たしげな金の目がリリアを圧倒する。
驚きのあまり二の句が継げないでいるリリアの前、立ち上がったメシエはほかの2体を相手しているエースの補助に入るべく、そちらへふらふらと歩き出した。割られた額の傷は、手をはずしたあとにはもうほとんど消えかけている。
「も……もうっ……もうっ!」
「リリア……彼も今は普段の彼じゃないんです……気付いているでしょうが」
赤らんだ顔のまま、遠ざかっていく背中に向かってなんとかして悪態をつこうとするリリアにエオリアがフォローを入れる。
リリアとてそれは分かっている。ただ……ただ。
ただ、あまりにも普段の紳士然としたメシエらしくないから、それで……そう、それでびっくりして、動揺しているだけだ。顔が熱いのも、こんなに胸がどきどきいっているのも、体調不良のせいだ。きっと相当熱が出ているに違いない。
納得して、リリアは「うん」とうなずいたのだった。
「そこにいるの、エース…?」
探るような、そんな小さな声が戸口から聞こえてきたのは、最後の1体を3人がかりでどうにか仕留めてひと息ついていたころだった。
「その声、リーレンか?」
「エース!」
振り返った赤い髪の青年がたしかにエースだと確認できて、リーレンは両手を伸ばして駆け寄る。受け止めるように広げられた両腕のなかに飛び込んで、リーレンはわあわあと声を上げて泣いた。
「……それで、何があったんだい?」
泣きたいだけ泣かせて、自然に泣きやむのを待ってから、エースは優しく問いかけた。
「わ、分からない、の…。いきなり襲われて、理由も何も教えてくれなくて…。た、タケシが…」
「うん。タケシのことは聞いてる。だから、つらいなら話さなくていいよ」
その言葉に、またもリーレンの目からぶわっと涙があふれた。
「あたっ、あたしのせいなのっ、あいつら、最初、あたしを捕まえようとしてたのっ、あたしがドジだから、うまく逃げられなくてっ。そし……そしたら、タケシが、あたしをかばって、じ、自分が…っ」
「大丈夫。大丈夫だから」
えづいているリーレンをリリアが抱き寄せる。その体にしがみついたリーレンは、次の瞬間はっとなって面を上げた。
燃えるように熱い。
「リリア…」
「リリアの言うとおりですよ、リーレンさん」
ぽん、とエオリアが肩をたたいた。ほほ笑んでいるが、その手も同じくらい燃えている。
「タケシさんは死んではいません。もしそうなら、あなたが一番感じるはずでしょう?」
「そうよ。あなたは彼のパートナーなんだから」
自分たちの方こそつらいはずなのに、それを隠して力づけようとしてくる2人に、リーレンはぎゅっと目をつぶってうなだれた。
「……うん」
けれどあれは「タケシ」なのか? リーレンには疑問だった。
隠れていた部屋の窓から見下ろしたとき、普通に動いているタケシを見てうれしかった。たとえその目が以前の黒ではなくグレイで、人工の光を放っていたとしても。おそろしかったのは、そのグレイの目が自分たちを見上げても何の感情も映さなかったときだ。
『窓から離れろ、リーレン!』
健流の言葉は聞こえていたが、リーレンはあえて姿を隠さなかった。タケシは彼女と見つめ合ったまま、冷静にヘッドセットのマイクにつぶやいた。
声は聞こえなかったけれど、その唇ははっきりとこう言っていた。
『侵入者は2階にいる。排除しろ』
「………」
そっと目を開いたリーレンの視界に、白いヒナギクの花が映った。いつの間に差し出されていたのか……不思議に思って見つめる。差し出す手の先にいたのは当然ながらエースだった。
「エース…」
「いつもは赤いバラなんだけどね。リーレンはバラっていうより、こっちだと思って」
「……ん。ありがとう」
自分のことを考えて選んでくれた、その気持ちが心に沁みて、リーレンは素直にそれを受け取った。
「あれ? 加夜さん、何持っているんですか?」
「え?」
エオリアに問われて、加夜はそれを胸に抱き込んでいたことに気がついた。
「ああ、これ。彼らをやりすごすのに入った2階の部屋で見つけたの」
それはA5サイズほどの3Dホログラムだった。
横のスイッチを入れるとぼんやりと映像が浮かび上がる。この遺跡の前での集合写真だ。今よりずっと新しい遺跡はどう見ても鋼鉄製の人工建造物で、開いた入り口を背に30人ほどの人間が立っていた。
屈託のない笑顔で思い思いのポーズをとる人々に取り巻かれるようにして中央に立つのは3人の人物。
何の変哲もない、ただの記念撮影だ。だが壮年の男と並んで立つ2人の男女にエースたちの目は釘づけになった。
親しげに互いに腕を回し合って写っている銀髪の青年と白金の髪をした美しい女性。それは、あの少年少女より歳をとっていたが、あきらかにあの2人が歳を重ねた姿そのものだったからだ。
「……ドクター・ザリ、と……ドクター・タルウィ」
刻まれた小さな文字を、指でなぞるように読む。
「それともう1つ」
加夜はもう1枚のスイッチを入れる。こちらに写っているのは2人だけ。大木を背景に、先の壮年の男と10〜12歳くらいの少女が立っていた。七色に光をはじく銀色の髪をして、先のタルウィという女性に少し似ていたが、彼女よりもはるかに穏やかな表情を浮かべていて美しい。この少女がこのまま大きくなったとしたら、さぞ匂い立つ美貌の持ち主として見る者を魅了したことだろう。
「名前はないの。ただ『女神2歳の誕生日の記念に』とあるだけ」
「女神?」
「2歳? 12歳の入力間違いかしら?」
「この男性は?」
「ええと……こちらのホロでは、ドクター・アンリとあります」
そのとき、少し離れた所でうずくまっていたメシエが起き上がった。
「女神……ここは、その少女のためだけに造られた箱庭だ」
ふらりと揺れた体を、立ち枯れた木の幹に手をついて支える。
サイコメトリをした彼には、遊歩道を歩く可憐な少女の姿が見えていた。やがて、目を瞠るほどに美しく成長した少女の姿も。
幸せそうに声を上げて笑う、無邪気な少女…。
「ここで一体何があったんだ。どうしてだれもいなくなった?」
――すべては女神のために。
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