リアクション
* * * 「ね。なんで4階はだめなのかしらね?」 階段を駆け下りながら、ユピリアは訊いた。 ちょうど4階に差しかかったときで、好奇心から横目でフロアを覗き見る。ただのひと気のない通路に見えるが…? 「やめとけ。好奇心は猫も殺すって言うぞ」 陣はすでに3階へ通じる階段の踊り場に立っていたが、それでもユピリアが何をしようとしているかはお見通しだ。ぎくりとして、ユピリアは踏み出していた足の下ろし場所を90度変えた。 「でも、なーんか私のトレジャーセンスにひっかかるものがあるのよねー」 「いいからあとにしろ」 おまえの役に立つかどうかも分からねぇトレジャーセンスなんかアテにしてるヒマねーんだよ、というのがありありと分かる視線で一顧だにしない。 「それより先頭に立て」 「はぁーい」 素直に返事をして、ユピリアは陣を追い越して行く。 2人が気付きもせずとおり過ぎた踊り場の石くれの前に、ティエンは立った。 崩れたアリ塚か何かのような塊。長く緑に埋もれていた遺跡らしく、いたる所から緑のつるが入り込んでいることもあって、一見これもただの土の塊にしか見えない。ただ……ドゥルジや、その身を構成していた石のことを思い出すと、これもまた、そういうモノではないかと思えてくる。 (触れてみるべき? でも……もしこれがあの石と同じ物で、操られることになったら? そうなったら僕、お兄ちゃんたちを襲うことになっちゃうの?) 「ティエンー? どうした?」 立ち止まったまま、いつまでも降りてこないのを不審に思った陣が呼ぶ。 「あ、はーーい」 「どうした?」 あわてて駆け寄った自分を心配げに見下ろす陣に、ティエンは笑顔で首を振って見せた。 「ううん。なんでもない」 「そうか? 何かあったらすぐ大声で呼ぶんだぞ? ここはかなりヤバそうだからな」 「うん。ありがとう、お兄ちゃん」 そうして見た2階の通路にも、やはり点々とあのアリ塚のような石山があった。まるで、壁に背をつけてうずくまっているかのようにも見える石たち…。 (ここで何があったの? たとえ操られることになっても……触れてみたら、分かる…?) ごくりと唾を飲んで、おそるおそる石山の1つに手を伸ばす。しかしそれは、ただの石でしかなかった。ちょっとつまんだ指先に力を入れただけで簡単に崩れて砂へと変わる。何も、自分を操ろうとするものが流入してくるような感覚はない。耳をすましてみたが、誘惑の幻聴も聞こえなかった。 気負っていた分反動の脱力が大きくて、ティエンはへなへなとその場にしゃがみ込む。 「やっぱり……死んじゃってるのかなぁ…」 石に向かって「死んでいる」というのはおかしな話だけど。 「立たなくちゃ……お兄ちゃん、また心配させちゃう…」 (ああでも、ずっと走りとおしで……なんか、すごく疲れちゃったな…) ちょっとだけ。ちょっとだけ休んだら、すぐ立つから。 そう思って、目を閉じようとしたとき。石山がエネルギー弾の直撃を受けて吹き飛んだ。 直後、風とともに黒い翼がティエンをかすめ、床を転がっていく。腕の反動ですぐさま跳び起きたのは、しんがりを務めていたフェイミィだった。 「くそったれが!!」 怒声を上げ、切れた口元をぬぐう間もあらばこそ。一気に距離を詰めた銀髪の少年の繰り出すこぶしを両腕でガードする。2人はすぐにまた高速の打ち合いへ入った。 「フェイミィ、無事!?」 同じくしんがりを務めていたリネンが声を張り上げた。こぶしはまともにフェイミィの顔に入った。自分の目でけがの程度を確認したいが、敵と切り結んでいる今の彼女には振り返る余裕もない。 写真には写っていなかった白金の髪の少女。ほおに刻まれた「D」の縦のラインに沿って小さく「H00087」という数字が入っている。まるで箸より重い物は持ったことありません、というような気品ある容姿で、彼女はバスタードソードを片手剣のように軽々と振り回していた。しかも速い。リネンの剣技をことごとく受け止め、さらに攻撃の隙をついて反撃をかけてくる。 「……くっ!」 のど目がけて突き込まれた剣を紙一重で避けたリネンの首に、赤い血の筋が垂れる。 彼女の横をフェイミィと戦っていた少年がはじき飛ばされて、通路を滑って止まった。 「リネン、そこをどけ!!」 剣を振り切り、少女が距離をとるのに合わせてパッと跳び退いた直後。リネンがいた場所から赤い溶岩が噴き上がる。 「てめーらしつけぇんだよ!!」 恵みの雨をたたきつけると、思ったとおり高温の蒸気がカーテンのように通路を覆った。 「これでしばらくは稼げるはずだぜ。 今のうちだ!」 きびすを返すリネン。 「おまえもさっさと来い!」 床にへたり込んだままのティエンの腕をぐいと引っ張って、その腕の熱さにフェイミィははっとなった。 「おまえもか?」 「……おねえちゃんも?」 高熱で少し潤んだ目がフェイミィを見上げる。 「お願い……お兄ちゃんとお姉ちゃんには、内緒にして…」 心配かけたくないの。 「……分かった。だが、それならしゃんとしろ。いつも以上に気張れ。ここは敵地なんだからな。 さあ来い!」 「うんっ」 フェイミィに引っ張ってもらうかたちで、ティエンは走り出した。 |
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