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リアクション
彼らは思い思いの移動手段で、密林の入り口の草原に集結していた。
鬱蒼と茂る濃い緑の奥はまだ午前中だというのに暗く、見通せない。この先にはだれも踏み込まないため、道らしい道といえば獣道しかないということだった。
「どうしてだれも入らなかったの? ここって、さっきの村からわりと近いよね?」
秋月 葵(あきづき・あおい)はここへ来る際に上空から見た獣人の村を思い浮かべる。そこのほかにも、距離をとってはいたがいくつか村がこの近辺には点在していた。
答えたのは皇 彼方(はなぶさ・かなた)だった。
「聞き込みを行った者によると、どうやらここは禁足の地と代々伝えられてきたらしいんだ。一種の忌地だな。ここで何かしようとすると悪いことしか起きない。開墾しても作物は枯れ、育たず、味は悪い。それだけでなく、斧をふるったその者には災いがふりかかる。
ま、どこにでもある言い伝えだよ。実際過去にそんな事実があったのかというと、ただそう聞かされて育ってきただけだっていう。ある村なんか、ここには銀色の毛を持つ猿のようなモンスターがいて、目につく者を片端から千切ってむさぼり食うとかいう伝説まであった。だから入っちゃだめだって、子どもがそれを寝物語に聞いて育つんだぜ? めっちゃこえーと思わね?」
「ふーん。
でも、言い伝えになるっていうことは、やっぱりここで昔何かあったってことだよね?」
ここには決して入ってはいけないと代々孫子に伝えていかねばならないと固く決意した何か。
それが何かまでは分からないが…。
思わずぶるると身を震わせるのを見て、フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)――通称黒子――がにやりと笑った。
「なんだ、主。怖いのか? まだ始まってもないのだぞ」
「そっ、そんなこと! ないよっ!」
顔を真っ赤にして葵が叫ぶ。
「だ、大体黒子ちゃんだって、なんか顔色冴えないよ! ほんとは怖いんじゃないっ?」
「なっ…! そ、そんなことは全然ないぞ!」
まさかそんな切り返しをされるとは思わなかったとひるむ黒子を、葵はまじまじと見た。
さっきは勢いでああ言ったものの、本当に黒子の顔色は悪そうだ。
「黒子ちゃん、調子悪そうだけど、大丈夫?」
その声と表情から先までと違う心配と不安を感じ取って、黒子は笑んだ。
「少々頭痛があるが……この程度ならば問題ない」
「本当?」
「ああ」
その力強くはっきりとした声に、葵はほっと胸をなで下ろした。
実際のところ、体調を崩していたのは黒子だけではなかった。
「もう! なんで具合が悪いなら悪いって最初に言わないの!」
腰に手をあて、高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)はラブ・リトル(らぶ・りとる)を叱りつけた。
「う、うう…」
「こういうことは隠しても仕方ないってことぐらい知っている歳でしょう! 無視してたら治った、なんてあり得ないの! 悪化するだけなのよ!」
「ま、まぁまぁ。ラブも悪気があって黙っていたわけじゃなし。そう頭ごなしに言わなくても――」
脇からコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)がとりなそうとしたのだが。
「あなたは黙っていてちょうだい!」
ぴしゃりと一喝されてしまった。
「いいこと? ここへは物見遊山で来ているわけでも、静養に来ているわけでもないの、襲撃を受けた人たちを救出に来ているのよ? なのにあなたが自身が救出されることになったらどうするの!」
「そ、そんなことないもん……ちゃんと歌だって歌えるし、ハーティオンの肩に、乗っけてもらっていくから…」
鈿女の視線から逃れるようにこそこそと、ラブはコアの後ろへ回り込む。
「んね? ハーティオン。いいでしょ?」
「あー……まぁ」
ハーティオンはラブに甘い。とことん甘い。鈿女の目が眼鏡の奥で吊り上がった。
「あなたはこっちよ」
と、肩に乗ろうとしたラブを引っ張り寄せる。
「そんな状態で戦闘について行ったりしたら2人してとも倒れよ!」
そしてくるっとほかの者たちの方がいる方へ振り向いた。
「あなたたちもよ! もし体調がおかしくて戦闘に不安な者がいるなら残りなさい!」
「鈿女?」
突然何を言い出すのか。覗き込んだコアは、鈿女の額にぽつぽつと浮かんだ汗の玉に気付いてはっとなった。よく見れば、何かに耐えているように表情がこわばっている。
「鈿女、まさかおまえもなのか?」
「――ハーティオン。これは多分、今回のことと無関係じゃないと思うわ」
鈿女の言葉にざわついている者のなかには、どうするべきか思案しているような者もいる。
「正直、今の私とラブはあなたの足手まといにしかならないと思う。だから私はここに残って、できる限りデータを取って学園に送るつもりよ。向こうにはヘイリーさんがいて、情報収集されているようだしね」
バッグから蒼空学園の医務室から受け取ってきた薬のキットを取り出して、コアの手のひらに落とす。
「先生から聞いたのだけど、発作を起こしているのだとしたら薬は一時しのぎにしかならないそうよ。前のときもそうだったって。
地上のあなたが1つ、空のリネンさんが1つ。どちらかが駄目でも、どちらかがたどり着ければ周臣くんの時間が稼げるわ。
あなたはみんなとともに行って、存分に戦って、きっと彼らを連れ戻してきてちょうだい」
「……おう! 任せろ!!」
誓いのように、力強くこぶしを固めて見せる。
今、彼のハートはこれ以上ないほど熱く燃えたぎっていた。
「ちょうどいい。マークス、おまえもここに残ったらどうだ?」
離れた草地から鈿女の方を見ながら、ミハイル・プロッキオ(みはいる・ぷろっきお)はパートナーのマークス・バッドランド(まーくす・ばっどらんど)に告げた。カチ、と音を立て、ジッポの蓋を親指で押し開ける。
「おまえ、隠しちゃいるが、本当はヤバいんだろ」
紫煙がひとすじ立ちのぼって宙に溶けた。
ミハイルからの突然の言葉に、マークスはそれまで装っていた瞑想を解いて彼の方を見上げる。
「あ? な、何言ってんだよ、ミハイル。俺ぁべつになんとも…」
元来『いいひと』のマークスは、うそが口になじまないのか、語尾をごにょごにょとごまかした。
「そうか」
ミハイルは追究しようとしない。素っ気ない声でそう言ったきり、煙草をふかす。振り返りもしない彼の背中をちらと見て、すぐマークスは手元に視線を落とした。
フューチャー・アーティファクトを握った手が少しかすんで見える。今朝からの頭痛の影響か。だがそんなこと、自分にだって認めたくないのにミハイルに言うなど論外だ。
そんなマークスの姿に、ガルシア・マカリスタ(がるしあ・まかりすた)は内心あきれる。
(やれやれ。あきれるくらいヘタクソなやつだ)
救出隊に参加して調査隊を助けに行きたいと申し出た時点で、2人は彼の体調が万全でないことに気付いていた。救出というものはただ撃ち合いをするのとはわけが違う。よほど難しい。その上マークスは実戦経験が決定的に足りなかった。
ミイラとりがミイラになりかねない。
それはガルシアのみならず、ミハイルも思ったことだろう。だがマークスは2人が何と言おうが関係ない、といった様子だった。ただ知らせておいただけだ、と言わんばかりの決意の目に危なかしさを感じて、ガルシアは同行することに応じた。
だが、と思う。
ミハイルが何を考えているかは皆目見当がつかなかった。今、密林を前にして黙々と煙草をふかすその内心は全く読めない。マーカスの身を案じる思いも少しはあるだろう。しかしこのミハイルのこと、そればかりとも思えなかったが…。
(ま、いいさ。俺ぁやつに戦えと言われりゃ戦うだけだ)
そのとき、彼方が声を張った。
「これより突入を開始する!」
と。
* * *
緑の木々生い茂る森のなかを、タケシは一直線に進む。
倒れた木が前をふさぎ、ぬかるんだ地面が続いても、その進みはいささかも衰えない。
一見、彼は1人であるかに見えた。彼の周囲にはだれの姿も見えず、足音はおろか気配もしない。
しかし気配がないのは人だけではなかった。
彼の周囲数十メートルに渡って、獣はおろか鳥の鳴き声すらしない。
無音。
それは自然の静寂というよりも、穴ぐら深く潜って災禍が通りすぎるのをひたすら息をひそめて待つ堅忍の静けさだった。
この森は知っている。彼らの正体を。
何千年経ようとも、忘れることはない。決して。
そのことに、知らず、タケシの口元には笑みが浮かぶ。
彼に、斥候役を務めるドルグワントからの連絡が入った。――前方に人の形をした数十の熱源あり。あきらかに意図的な動きにより接近中。約2分40秒後に接触。
「あくまでもわたしの邪魔をしようというのだな、人間よ。ならばこちらとて容赦はしない」
バイザーのなかのマップに散った光点を見ながら、タケシは静かに宣言した。
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