リアクション
アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)の遠距離からの援護射撃は、意外とうまくいっていた。 * * * 「……なんか、ぜーんぜん殺しがいのない相手だよね」 かぶった超霊の面の下、アルハズラット著 『アル・アジフ』(あるはずらっとちょ・あるあじふ)はぼそっと言葉をこぼした。 座った岩の上から投げ出した足をプラプラさせている。 「殺すために来たのではないわ」 その下に立った、どこか純白の鎧を装着した女騎士が応える。 全身をおおうタイプの鎧であるため発せられる声は内にこもっており、瞳の色さえ外からは判断がつかないが、彼女は天貴 彩羽(あまむち・あやは)である。 彼女の返答に、アル・アジフは大げさに驚いて見せる。 「ええ? じゃあなんでここにいるのさ?」 「………」 彩羽は意味ありげな沈黙を返すのみで、確たることは口にしない。 禍々しい気配を発する鎧ベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)もまた、何も意見を発することはなかった。彼女は彩羽に装着され、彩羽を護り、常に彩羽とともにある――ただそれだけ。 答えるかわりに、彼女は密林に向かって歩き出した。 「さあ、私たちも行きましょう」 「あ、どぞどそ。ボクここにいるねー」 ごろん。アルは岩のベッドで横になる。 思いもよらない返事が返ってきたのに驚いて、彩羽は振り向いた。 「アル?」 「だーって。どーせボク、今回は回復役でしょー? あんなの相手にやられると思えないしー。 ま、必要になったら呼んでよ。命のうねりでも何でもかけてあげるからさ」 その言葉を不審に思わなかったといえば嘘になる。妙にひっかかる、違和感のようなもの。 しかしこのとき、彩羽は無意識的に自分の意図を優先させた。 「分かったわ」 たしかにアルの言うとおり、今回彼女はサポートがメインだ。彩羽自身、己の命にかえてまで戦うとか、そんなことを考えているわけではない。もちろん全力で戦うが、危なくなったら執着せずさっさと退けばいいだけの話。 「ばいばーい。いってらっしゃーーい」 アルは気軽に振っていた手を、彩羽がもうこちらを振り返らないと確信した途端、ぱたりと下ろした。 超霊の面の下から流れ出た、尋常でない量の汗が岩に染みて色を変える。 「……なん、なん……だろ……これ。ボク……どうなっ……たの。わけ……分かんない、よ…。 …………彩羽ぁ……」 だらりと力なく垂れた手足。 その後どれだけの時間が流れ、過ぎ去っても、アルはぴくりとも動かなかった。 密林のなかを走り抜ける猿人。これほどぴったりしっくりくる映像はないだろう。 倒木も岩もものともせず、彼らは疾駆する。躍動する手足、筋肉の流れ。荒々しい息吹までが限りなく自然だ。 しかし見る者だれもをうっとりさせる、とはいかなかった。その目に浮かぶ恐怖、緊迫感は、まぎれもなく彼らが敵に追跡されていることを物語っている。 姿は見えない。 しかしそれは不自然に葉を揺らし、枝をしならせ、彼らのすぐそばまで迫っていた。 「きたきた。キタよー、彩羽!」 不自然に開かれた空地――彼アルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)が乱撃ソニックブレードで木を破壊して人工的に作ったもの――の真ん中で、アルラナは軽快に声を上げた。 彼の横を、おとりに使った超人猿が駆け抜ける。わき目もふらず、まっすぐに。 アルラナの前に、木上を渡ってきた少年3人が現れた。全員同じ銀髪で赤い目、同じようにうなじで髪をまとめ、同じ服装をしている。ほおに傷のようなDのマークがあるところまでそっくりだ。――量産型兵器ということか。 「ふっふふ。まずはミーの技をくらうといいネッ!!」 ケンカは出会い頭の一撃が一番大事、とばかりにウルフアヴァターラ・ソードを大上段から振り切る。剣を核とし、導かれた雷電が地を裂き走った。 三方に跳躍して避けたうちの1人を目標と定めたアルラナは、一気に距離を詰め一刀両断しようとする。しかしこれを不可視の力場、バリアが阻んだ。 剣とバリアの間で火花がはじける。 地に下り立ってからも彼の猛攻は止まらなかった。バリアを突き崩すといわんばかりに真っ向から斬りかかる。スタンクラッシュ、乱撃ソニックブレード。彼の剣が触れるたび、バリアは燃えるような白光と空振を周囲に放った。 そんな彼を、二方に散った2人がエネルギー弾で襲撃する。 大型の両手銃、魔導銃サンダーボルトをかまえた後衛の彩羽がこれを冷静に撃ち砕いた。 2人の注意がアルラナの背後の彩羽へと向く。 「あなたたちのお相手は私」 そのつぶやきに応じるように、右の1人が彩羽に向かってきた。その後ろから援護の真空波が飛来する。刃そのものは見えないが、ゆがんだ空気に太陽の光がわずかに反射しているのを見て、彩羽はカタクリズムを発動させた。 彼女を中心に力の風が吹き荒れて、真空波を相殺する。しかし生身の少年には効かなかった。 バリアを展開させた少年は風の壁を突き抜け、彩羽に肉薄する。 彩羽はすばやく銃舞に切り替えた。高速でくるこぶしや蹴りをできる限り防ぎ、近距離でエネルギー弾を撃たれそうなときはアクセルギアを用いて一拍の距離をとる。しかし2人がかりでこられては彩羽の手にはあまった。攻撃よりも防御主体となり、受け手に回らざるを得ない。ナノ治療装置や超人的肉体で少しは回復できたが、それもすぐ追いつかなくなってしまう。 (アルがいなければ、やはり無理、か) テレパシーでアルに呼びかけたが、応答はなしだった。 何をしているのだろう? そう思いめぐらせる暇もない。 かわし損ねた少年の上段蹴りが肩に決まり、腕を骨までしびれさせた。 「……動けるうちに撤退するしかないわね」 アクセルギアで作り出した一拍の間で距離をあけると、彩羽はパイロキネシスで炎の壁を張った。 何の前触れもなく燃え上がった炎への驚きに2人が動きを止めている間に、前もって仕掛けてあった機晶爆弾の元へ行く。そして炎を越えて現れた2人が左右から同時攻撃を仕掛けてくるのを見て、バッと背後に跳躍した。 彼らが爆弾の真上にくると同時にテクノパシーで爆発させる。 それは同時に撤退の合図でもあった。 「行くわよ、アルラナ」 「おっけー」 少年を闇術で敵をおおい、目をくらませる。 アルラナは攻防の末、少年の片腕を斬り落としていたが、そこに執着を見せることはなかった。彩羽の指示は絶対だ。 2人が離脱したあとには、爆弾の上げる黒煙と体の各部位を破損したドルグワント3体が残っていた。彼らは周囲をサーチし、2人がどこにもいないと確認すると、新たな敵を求めて木々の間に姿を消していったのだった。 |
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